第2話 ナタリーは冒険者を目指します!

 翌朝、ある程度荷物をまとめた私は早速実家を離れ、町に向かった。


「あぁ、やっと自由の身だわ! もうあんな窮屈な暮らしとおさらばよ!」


 歩きながら両手を広げ、思いっきり空気を吸い込んだ。こんな空気がおいしいと感じたことはないかもしれない。


 冒険者の夢がやっと叶う。もうドレスなんて着る必要ない、ハイヒールも履かなくていい、貴族の礼儀も忘れていい。自由に生きれるわ。


 でも、冒険者になると言った直後の両親の反応、案の定だったわ。



「冒険者になるだと!? お前は正気か?」

「ナタリー、考え直して。冒険者なんか常に危険と隣り合わせよ、リスクとリターンが合わなすぎるわ」


 昔から私を大事に育ててくれたから、その反応もわかる。だけど今更引き下がれない。


「お父様、お母様。私は決めたのです、もう二度としがらみに縛られたくないの。冒険者になって自由に生きたい、もっとこの世界のことを知りたいの」

「そんな理由で冒険者などと……仮にもお前は公爵令嬢なんだぞ?」

「公爵令嬢が冒険者になってはいけない、という決まりなんてございませんの」


 そんな法律はない。これまでにも公爵家の人々が冒険者になった例も少なからずあるから、私が特別というわけじゃないわ。


「私だってだてに武芸を極めていませんわ、一人でだって生きていけます」

「そんな……お前の武芸をそんな危険な」

「私はもう決めたのです。どうしてもと言うなら……力づくで止めたらどうです?」


 私は、一歩も引かない姿勢を見せる。一本の長い棒を右手に持った。


 父も母もそれを見て、思わずたじろぐ。私の強さを誰よりも知っているからだ。


「……わかった。もう何も言わん、どこへでも好きな所へ行け!」


 その後、居間のドアが開いて、妹のヘレンが入ってきた。ヘレンは笑いながら言った。


「大丈夫ですわよ、お姉様。私が第二王子と結婚いたしますから、バルハレビア家は何も心配いりません。あなたには冒険者という野蛮な道がお似合いですわ、おほほほほほ!」


 妹の性格の悪さは折り紙付きだけど、ここにきて本性を現した感じね。でも今更悔しいという気分も起きなかった。


 どうしてかって。だって冒険者になれるという喜びで、わくわくが止まらないもの。それにもう二度と、妹の嫌味な顔を見なくて済むから。



「はぁー、それにしても町まで意外と遠いわね」


 久しぶりに長い距離を歩いた。実家を離れてもう二十分くらい経ったと思うけど、まだギルドがある町が見えてこない。


 馬に乗っていくべきだったわ。調子こいてサンダルで来るんじゃなかった。


「ん? あれは……」


 はるか前方に馬に乗った人がこっちへ向かって歩いて来るのが見えた。後ろに荷台もある、もしかして乗っているのは商人かも。


「いいところに馬車が。ちょっとー!」


 大声を出して手を上げた。御者が速度を上げて向かってきた。身なりからしてやっぱり商人ね。


「おやおや、こんな場所で一体何をしていらっしゃるので?」

「町まで乗せてって欲しいの、駄目?」


 商人は後ろの荷台を見た。ちょっと戸惑っている様子だ。


「あいにくだが、荷台が一杯でな。座るスペースが」

「……ちょっと中身見せてもらっていい?」


 私は不躾を承知で、荷台の中を見せてもらった。確かに中には荷物で一杯だった。椅子の場所にも荷物が積まれてある。


 でも座れなくない感じだ。僅かだけど地面に座るスペースがある。


「ご覧の通りだよ。悪いがほかを当たってくれ、お嬢さん」

「構いませんわ。乗せて!」

「いや、ちょっとあんた!」


 強引だったけど、僅かに空いた部分に私は座った。かなりぎゅうぎゅうになっていたけど、今は贅沢を言っていられない。


「どう、ちゃんと座れたでしょ?」

「参ったな、あんたにはかなわねぇよ。言っておくが、何が起きても俺は責任は取らねぇぞ」

「あら、それはどういう意味かしら?」

「いや、すまねぇ。今のは気にしないでくれ」


 商人も渋々了承してくれた。そしてそのまま馬車は移動を始める。


 よく見たら積んである荷物は豪華な商品が多い。見たこともない装飾品もある。もしかして、かなり大物な商人さんかもしれない。


「あぁ、こんな狭苦しい場所でしかも地面に座るだなんてね。臭いもきつい」


 公爵令嬢の私にとっては正直想像もできない。いや、もう公爵令嬢じゃなかったわ。


 そう、私は冒険者になるんだから、これくらいの生活は受け入れなきゃ。最初の試練だと思わなきゃ駄目よ。


「なぁ、ちょっと聞いていいかな?」


 商人が話しかけてきた。


「あんた……見た感じ、けっこう上品な女性だと見えるが、なんでこんな場所を歩いている?」

「あら、どうしてそう思いますの?」

「その言葉遣いだよ。そして身に着けてる宝石類、着ている服、とても町民の身なりとは思えねぇ」

「それは……」


 うっかりしてた。今日をもって華やかな衣装から卒業して、身なりは結構軽装で普通さを意識していたのに、やっぱり庶民の感覚が遠ざかっていたのね。


 そして宝石類も身に着けていた。いや、これは特殊な魔法効果がある装備だから、簡単に外せない。


 あと言葉遣いね。これは、すぐに直さないと。


「ごほん。えぇと……そうね、私今日初めて冒険者を目指すため、町へ行く予定なのよ」

「冒険者? はは、冗談はよしてくれよ。とてもそんな格好とは思えねぇな。第一、ギルドの試験はどうするんだ?」

「試験……」

「おいおい、まさか適性検査があるって知らねぇのか? 冒険者の適性があるかどうか、簡単に実力を測るのさ。お前さん、見た感じ体は大きいが、剣や魔法の腕は……」

「ヒヒーン!」

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