第2話
「ねー、夢鬼さんって知ってる?」
この一言からすべてが始まった。今にして思えばやめていればあんなことにはならなかったはずだ。だが、いまさら後悔したところで変わらない。
「夢鬼さんって…あの怖い話のやつだろ」
「みんな、知っているよ。絵本でよくお母さんに聞かされていたから。悪いことをしたら夢鬼さんが来るぞって怒られたもん」
「そうそう、だから悪い事なんてできやしない。久賀田さんなんてそれで暗い場所に閉じ込められたっていうし」
久賀田さん――オカルトクラブのメンバーにして同じクラスメイト。ちょっと乱暴なところもあって友人は少ない。
「その夢鬼さんがどうかしたの?」
喜緑さんが熱海さんに質問をする。
黄緑さん――オカルトクラブのメンバーにして隣のクラスメイト。とても頼りになるがお化けが苦手。
「夢鬼さんがなんなのか分かったんだ」
熱海さんはそういうと得意げに、一冊の本と緑色の苔にうっすらと文字が書かれた刃物、写真をみんなの前に出した。
「それ本物?」
緑色の苔に覆われた不気味な刃物に向かって永田さんは熱海さんに聞いた。
「多分偽物。これが本物だったら図書館になんて置いてないし、何よりも職員さんが気づくはずでしょ」
「たしかに…」
永田さんは妙に納得してしまったかのようでそれ以上答えなかった。
永田さん――オカルトクラブのメンバーにして同じクラスメイト。ズバリと言えるが押しに弱い。
「その本と写真はなんなの?」
ぼくの問いに熱海さんは説明する。
「これは”夢鬼さん”についてなんなのかを書いている本。前に図書館に行ったときに、本の間に挟まってたんだ。この写真と刃物と一緒にね」
熱海さんはその本と写真、刃物を図書館で見つけたらしい。なぜ刃物と写真が本に挟まれているのかは謎だ。刃物なんて本に忍び込ませるなんてページが明らかに浮くし、何よりも職員が気づくはずだ。それを気づかれることなく簡単に持ち出せるなんて、あまりにもオカシイ。
「まず”夢鬼さん”っていうのは夢の中で鬼ごっこすることなんだって」
「うん、それはみんな知っているよ」
「鬼は最初から夢の中にいて、その鬼に捕まらないようにみんなで逃げる。そして捕まった人が次の鬼になる」
「それを最後のひとりになるまで続ける…という話でしょ」
熱海さんに同意した後、喜緑さん、永田さんと続けていった。熱海さんは頷く。
「ただの都市伝説だろ? みんなで夢の中で鬼ごっこしたっていう話は聞いたこともない」
久賀田は鼻で笑った。
「そもそも怖い話としては定番だけど、それはいくら何でも創作だろ」
永田も鼻で笑った。喜緑も口をおさえて笑っていた。
「夢は一人でしか見れない。ゲームじゃあるまいし、そんなことはできないはずだ」
ぼくもみんなのように笑うわけじゃないが、そんなことはありえないと断言する。たとえば仮想世界のゲームで似たようなゲームがあって、そのゲームの世界でこういうのがあったというのであれば、”夢鬼さん”というジャンルで絞らなくてもいい話となる。
予想していた反応とあまりにも違っていたため熱海さんは困惑していた。みんなしばらくの間、笑いが止まらなかった。ぼくもみんなに釣られて笑わずにはいられなかった。
「この本にちゃんと載っているんだよ! やり方だって、ほら、ここ!」
本を開いて、やり方が書いてあるページに指さす。その説明文には本格的なことが書かれているが妙に信ぴょう性が乏しい。なぜならカラーペンで明らかにごく最近に書かれたばかりのようで、昔流行った私語もなければ流行語もない。最近はやったばかりの文字で書かれている。これは明らかに騙すようにして作られたとしか思えない代物だった。
「それで、ぼくたちはどうしろと?」
急にかしこまるかのように永田は苦笑いを浮かべながら熱海に向かって聞く。
「いいから実際にやってみようよ」
熱海は少し怒った口調で言った。
「やるって言ったってさ、どうやるんだよ。みんなで同じ夢なんて科学的にできないだろ」
久賀田が口を挟んだが、そんなことは関係ないといわんばかりに熱海が説明を続けた。
「ちゃんと最後まで話しを聞いて。ちゃんとした手順を行えばできるんだよ。ほら、このページに書いてあるでしょ」
そう言ってやり方のページを開き一同に見せる。そこもやはりカラーペンで書かれていた。これに思わず永田と久賀田が噴き出した。
「ちょっと!!」
熱海が真剣になってやってみようといっていた。それを見ていた久賀田と永田は腹を抱えて笑っていた。ぼくも笑いそうになったけど星野が隣にいたから少し堪えた。
星野さん――オカルトクラブのメンバーにして同じクラスメイト。怖がりで口数が少ない。どうしてオカルトクラブに入ったのかは熱海さんの熱愛な説得らしいが…。
「順に説明するね!」
二人を無視して説明を続ける。
「1,鬼ごっこをする場所を決める。みんなの思い出深い場所を選ぶことでより一層みんなと遊ぶことができる。
2,決めた場所を特定できるものを用意すること。写真などイメージしやすい場所が好ましい。
3,決めた場所の写真や絵を参加できる人に配ること。持っていないと、参加することはできない。
4,配られた写真や絵の裏に自分の名前を書くこと。フルネームで書くこと。書かないと、参加することはできない。
5,深夜12時までに眠ること。眠っていないと参加することはできない。
6,夢の中でみんなに合流できたら、成功です
だそうです」
書かれていた文章を読み上げる熱海は熱心だった。このことに久賀田と永田は笑えなくなり4を過ぎるころにはみんな一同に本と熱海を見つめるほど空気が張りつめていた。
「へー意外に簡単なんだな。もっと複雑で難しいことをするんだと思っていた」
喜緑が興味を持ったように口を挟んだ。
「でしょ、簡単でしょ。これなら私たちにも出来そうじゃない」
熱海が笑顔で言う。
「この本が本物であるのならね」と付け加える。
「でもさ、みんなでやるんだろ? 時間大丈夫なのかよ? 久賀田は門限があって9時までには眠らないといけないし、永田と喜緑に関しては今週テストがあるっていうし」
みんな予定がすでに埋まっている。そのうえで実行できるのか甚だ疑問だ。
「だから私に考えがあるの」
と、熱海が提案する。
「来月隣町でお泊り会の行事があるでしょ。それに乗じてみんなでやれば…ね」
これに納得してか久賀田は手を叩いた。
「あーなるほどねー」
それに同意しつつもせっかくの修学旅行が中止になったことに文句を垂らす永田が
「しかーし、やだよなーせっかく修学旅行で京都へいくはずだったのに、大人の事情で中止になって隣町で寝泊まりなんて」
と不満げだった。それにぼくたちも同情した。
「じゃあ決まりだね。場所はこの学校でいいよね」
「その写真、使わないの?」
久賀田は写真に指さした。
「残念だけど、この写真はすでにぼやけているし、随分と古いみたいだから」
「なら、この学校の写真を撮れば…」
喜緑の案に熱海は無理だと答えた。
「この学校はすでにgoogleをみるからに14年前で止まっているし、その場所は空き地になっていた。だから、みんなにイメージしやすいよう私たちの学校にしたの」
「そうかー残念だなー」
「まあでも、みんなのためにも写真を撮って送るね」
熱海は笑顔で準備係を買って出た。
そのとき今まで口を出さなかった星野が口を出した。
「ぼやけている写真って、どっかで見たことがあるような気がする。どこだったか…」
うっすらとぼやけてしまっている写真を見て、なにかを知っているようだった。たまたま下から覗いていた永田が気なるものを見つけた。
「あ、名前が書いてある」
その写真の裏には名前が書かれていた。ただ、うっすらとしていて文字がなんなのか分かることはできなかった。
「ということはこの写真の持ち主は、以前に夢鬼さんをやったことがあるということか」
「これは楽しみになって来たよ。ちょうど見て回るだけの観光が、こんなにもドキドキハラハラとするなんてゲーム以外考えたこともなかった」
久賀田がニヤニヤしながら熱海にいう。
「お楽しみは夜よ。みんなが寝静まった日、私は先生に”オカルトクラブ専用の教室”を借りれるか交渉するから、その日までとっといてよね」
熱海は自信満々に答えた。
それからのこと、早く修学旅行が来ないかと待ちわびていた。
――当日。
先生の点呼で不思議なことが起こった。隣クラスだった喜緑たちがなぜか同じ班になっていた。それだけじゃなく、他の班も同じような現象が起きていた。
ニコニコとしながらやってくる熱海にこっそりと聞くと
「なんか、したのか?」
「クラブのメンバーで班分けしてって、先生に言ったらOKくれた」
「すげーな、やるな!」
熱海を褒めまくった。
「これで、みんなで遊べるね」
熱海は本を大事そうに抱えながら夜の楽しみを今か今かと待ちわびていた様子だった。その姿を見て、ふと男ながら気になることがあった。
同じ部屋で男女一緒でいいのだろうか? と。普通なら、部屋ごとに分かれるはずだ。それを同じ部屋にしてくれるなんて裏があるはずだ。
「なあ、男と一緒の部屋で大丈夫なのか?」
「はへ?」
熱海は一瞬固まった。そして本をぎゅっと締め付けていた力が弱まり、一気に顔が赤くなった。
「ば、ばか! 男と女と別々に決まっているじゃない! 同じ班でもさすがに分かれるわよ!」
なんだなんだと、永田たちが寄ってくる。ぼくは顔をやや赤くなりながらも
「だ、だって”夢鬼さん”やるにも同じ部屋でやらないといけないだろ。つまり一緒に寝るっていうことじゃ…」
「写真を枕の下に置ければいいのよ。やり方を教える分に近い方がいいって考えただけよ。このばか」
熱海は気分を悪くしたかのように班のリーダー役として先生の方へ走っていった。後を追うように喜緑も走っていった。
「なんか、いったのか?」
「いや、なんでもなあい」
顔をやや赤くなりながらも永田たちにはこれ以上なにもいえなかった。いや、これ以上誤解を招くような気がして口を裂けても言えなかった。
それから隣町の観光名所を回り、先生と地元の人たちが用意したミステリーゲームを解いたり、お風呂を入ったり、一緒に食事をしたりと楽しんだ。
そして寝る時間になり、0時前にぼくたちは先生にバレないように寝たふりをしてやり過ごし、熱海から託された説明書と共に儀式の準備に取り掛かる。
――2時間前。
「これから夢鬼さんをやります。まず写真の裏に自分の名前を書きます」
ぼくたちは熱海に言われたとおり、自分の名前を油性マジックで写真の裏に書いた。
「枕もとの下にひきます」
熱海は実践してみせる。
「そして0時になる数分前に、目を閉じて『夢鬼さん、夢鬼さん、私と鬼ごっこをしてください。』を繰り返して唱える」
いたってシンプルだ。
「これで、成功したら写真に写った学校にいるはずよ」
熱海は説明を終えた。なにか質問がありそうな雰囲気で星野が手を挙げようとしたとき、カツカツとスリッパで廊下を歩く音が聞こえ、一同は跳ね上がった。すぐ解散し、一同は自分の寝床に隠れた。もし、先生にバレたら”夢鬼さん”は中止。きっと、チャンスは二度とやってこない。先生が見張りに来ていた。
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