第95話 『狐』独な玉座

 ――最強。


 コクリがこの世に産まれた時、最初に理解したのはそれだった。


「ギャッ、ギャッ」

「グル……」


 差し出される、森の果実。

 差し出される、仲間であるはずの者の肉。

 差し出される、子を差し置いて搾られた乳。

 世界に産まれ落ちた時から当たり前だったそんな状況に対して、疑問をいだいたのが彼女の生の始まりだった。


 ――何故、周りは自分に尽くすのか?


 その時初めて自我を手にした彼女は、まだ言語すら知らない頭でそれを思った。


「お、サキュバスのガキか……ふへへ、まだ趣味じゃねぇが良い魔力だ。しかし捨て子にしちゃ周りにかごも無いが、森で生きてたのか……? いや、流石にんなわけねぇか」


 そして軽度の魅了チャーム魔法をかけて、近くを歩いていた豚の魔物、オークに取り入った。


「ちょっとー、変なの拾わないでよ」

「おいおい分からねぇか? 売り物にするんだよ、なかなかの魔力だ、エサにしても良いし買っても良いんだぜ」


 魔物はオスで、妻がいた。

 子どもはいなかったが毎晩行われる『それ』を何度も見るうち、コクリは性というものを学んだ。


「ほらお食べー……ったくもう、結局私に世話を押し付けるんだから」

「あぅ〜」

「あら、可愛いところあるじゃない」


 そして引き続き、彼女は尽くされる側だった。しかしそれが崩れたのはしばらく後の事。


「戦死……!? そんな嘘よ! お願い、嘘だと言って!」

「嘘ではありません、奥さん……オヤクサさんは立派にオーク軍の兵として……」


 どうやら戦争というものがあって、それにより自分を拾ったオークは帰らなくなったらしいということをコクリは理解した。

 潮時か、と思って彼女はこの時久々に九つの尾を広げ、音もなく泣き崩れる『母親代わり』の横に立つ。


「貴女、立てたの!? ああオヤクサ……天国で喜」


 彼女のまともな一生を追い出してダンジョンの主となった。

 そしていつしか勢力を増やし、大陸の一角を制圧する頃には、彼女は魔物モンスターの女王として君臨していた。


「皆のもの見るがいい、ようやく捕まえたぞ、八尾はちびの猫をな!」

「ぎゃふん!」


 そしてそんな中、各地を放浪ほうろうしながら女王に忠誠ちゅうせいを誓わなかった猫の悪魔、マサラが捕獲され、投げ込まれた。

 わざと魅了の魔法を使わずに暴力で従わされた彼女はこの後、約100年後に大陸から逃げ出して、ヴィンダルフ大陸へと流れ着く。

 時を同じくして魔物の軍がコクリを封印し、マサラもまた現地の獣人達に封印され――そして今に至ったのだった。


「……ふん、つまらん記憶よな」


 黒い着物を脱ぎ、着替えたのは漆黒しっこくはかまと、紫色に染めた巫女の白衣。

 天蓋てんがい付きのベッドの周りには、かつて集めた黄金や金貨が壁に寄せて山となって積まれ、金色の輝きに満ちたその寝室はさながら金銀財宝で出来た海の底にあった。

 天井にある巨大な魔珠は白く輝き、その下でコクリは敵を待つ。


めるなよ……貴様らののどと涙が枯れるまではずかしめてくれるわ……うん?」


 しかしふと、別の気配が『上』から来た。


「ちっ、小賢しい……まぁ良い、バカ正直に道を空けてやることもないか」


 呟くと、コクリはその細い指から魔力を発して、魔珠に指令を送る。

 すると魔力によって階層を繋ぐ階段に隔壁が降りて、数階上をダンジョン入口から完全に遮断した。

 もちろん空気穴は別にあり、ごろりとベッドに転がったコクリは笑みを浮かべる。


「こうしておけば邪魔はされまい。ククク……なぶり尽くしたあやつらを見せてやる楽しみが増えたわ!」


 これでもう、邪魔は入らない。

 そうとは知らないまま、『上』にはヴェノム達を救うべく集まった精鋭がいた。


「はい皆さんこんばんわ、『勧善懲悪ノブレス・オブリージュ』、今夜はゲリラ配信でーす。今回やって来たのはですね、カキョムの南に現れた、サキュバスダンジョンでーす!」


 ジャックが慣れた言い回しで配信を開始し、宙に浮かぶ魔珠の前に『勧善懲悪ノブレス・オブリージュ』の面々が並んだ。


「皆さん反応すごいですねー、やっぱり激レアですからね、サキュバスダンジョン! しかし今夜はこれだけじゃありません、なんと今回はタイムアタック! ボス目指してノンストップの初見タイムアタックで〜す。さらにさらにぃ、今回は特別ゲストまでお呼びしちゃってます! それが、こちらの方!」

「どうも、アルフレッド・ガンビットです。今回は久々の冒険をですね、タイムアタック、しかも初見ということで……」


 紹介されたガンビットが、慣れた様子で台本通りのセリフを口にする。


「どうじゃサレナ、反応は」

「上々です、もういつもの倍くらい視聴者がいます……流石ガンビットさんですね。コメントも盛り上がってます」

「よし、悪くない立ち上がりじゃな」


 そしてその裏で、サレナとエイルアースが視聴者の様子を確認していた。


『ガンビットさん現役復帰ってマ!?』『もともと引退してない定期』

『約10年ダンジョン潜ってないのは実質引退定期』

『やべぇ、めっちゃ気になる!』

『サキュバス、ガンビットさん、勧善懲悪ノブレス・オブリージュ、そしてダンジョン、何も起きないはずもなく』

『サキュバスのダンジョンとか想像つかんないけど難しいのか?』

『女の冒険者なら楽に行けるんじゃね』

『ジャックがサキュバスに捕まる展開ありそう』

『それ目当てのやつ絶対いるだろ』


 コメントも盛り上がり、既に配信は始まっている。


 ――最後の戦いが、始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る