第94話 下剋上は終わらない

「わはははは、愉快愉快!」


 空の檻が並ぶ、トラソルテオトルの管理する区画。

 笑い声の響く中、ヴェノムとコロラドが木箱を手に現れた。


「マサラ、おつかれさーん……って、また随分と……まぁ良いけどさぁ」

「もー、やっぱり調子に乗って……知りませんよ、ざまぁ返しされても」

(ざまぁ返しって何?)

「うるさい黙れ。今、妾は悪魔としての生き甲斐を噛み締めておるところだぞ」


 そこに木箱や赤い布を組んで、仮の玉座を作ったマサラが君臨していた。


「マサラ様♡ お酒はいかがですか? ボクが隠してた秘蔵の品です♡」

「おいこんな時に酒なんて勧めるなよヴィルデ、こういう時は良く焼いたステーキだろ♡ マサラ様、お召し上がりください♡」

「みんな愚かデス♡ マサラ様には、私のゴモちゃん達のフカフカをお届けするデス♡」


 あれからあらゆる方法で心を折って、すっかり下僕と化したサキュバスたち。

 マサラが指先に塗った蜂蜜色の媚薬で悪魔たちの頬を撫でてやると、悪魔達の瞳はさらに強く桃色に輝いて、表情を恍惚こうこつとさせていた。


「お主もやるか? ヴェノム」

「やらん! ったく、まだ何も終わってないんだぞ」


 箱に薬品を入れた瓶や煙玉、あるいはあちこちからかき集めた武器を整理して、基地と化したこの場所はもはやヴェノム達の領土となった。

 しかしそれもコクリの隙を突いたから出来たことであって、今この場所は安全でも何でも無いのだ。


「そう怯えるなヴェノム、昔からアレは酒が入るとなかなか起きん。数少ないあやつの弱点だからな、忘れはせんよ」

「……」

「起きてすぐ飲む水がないとそれを責め、何度も殴られるがな……もうとうに忘れたと思っていたが、案外覚えているものよ」

「マサラ……」


 少し影の差す自虐的なその笑みに、ヴェノムとコロラドは同情してしまう。

 こう見えてかつてコクリに虐げられたという記憶は、未だにマサラをむしばんでいるのだ。


「……しかしヴェノム、お主本当に良いのか? 種族が違うとは言えメスだぞメス、お主のくらい欲望を思うまま吐き出しても、妾は構わんが?」

「はぁ? いやお前……」

「心配せずとも妾とお主、そして依代の立場は教えてあるぞ? 妾が今こうしているのと同じように、お主も好き放題じゃ♡」

「マサラ!!」

「おー怖い、冗談冗談♪」

「もう!」


 コロラドが諌めて、ひらひらと手を振るマサラ。


「……ちなみに、妾とお主が合わさった時の命令が最優先ゆえな、妾とお主が命じればヴェノムを手籠めにできるぞ?」

「――え゜っ?」


 ――数秒、沈黙が流れた。


「わはは、想像しておるぞこやつ!」

「なっ、ち、ちがっ、違います! 別にちょっとそういうのもアリかなとか悪くないかなとか、いっそ既成事実作っちゃおうかなとかなんて考えてません!」

「コロラド!?」

「ぎゃーはははは!」

「考えて……ませんってばぁ……!」


 その後顔を真っ赤にして否定するコロラドが泣き止む頃には、悪魔たちを一旦外の部屋に待たせ、コクリから隠し終わっていた。


「悪かった依代、泣くな泣くな」

「知りません! 泣いてません!」


 木箱に3名が腰掛け、ぷい、とコロラドがマサラから視線を逸らす。


「遊んでないで真面目に考えるぞ。で、この先どうするかなんだよな」

「? あの悪魔どもにざまぁもしたし、あとはコクリを倒すだけではないのか?」

「作戦ってもんがあるだろ、本当は外と連絡したかったけど、それは無理そうだし」

「エイルアースさんたち、無事に戻れたでしょうか……」

「師匠達なら大丈夫だろ、気にしたって仕方ないし、ここまで来たらやるしかねぇ」

「……ですね」

「というわけで今あるものを確認しよう。とりあえずさっき引っ込めた悪魔たち、アレ使うのはナシな」

「ええ゛っ! あ奴らに突撃させてあとは楽しようと思っていたのに!」

「お前らホントそういうところだぞ!? 何で悪魔に侵略されないか良くわかったよ、お前らやたらチョロいんだよ!」

「チョロいとは不敬な奴め、我々悪魔というのはちょっと我慢とか信頼とか信用とかが苦手なだけだぞ。

 それに特攻戦法の何が悪い。お主らとてダンジョン攻略は、先に少人数を行かせて危険度を計るではないか」

「あれは手当てとか出るんだよ、嫌な言い回ししやがって……何で駄目かって言うなら、またアイツらがころっと裏切ったら今度こそ終わるからだよ」

「おおそうか、なるほど確かに」

「本当、命知らずですよね悪魔って……」

「んふふふ、強いからな」


 なまじ強い肉体を持つとこうなるのだろうか、と思いながらヴェノムは今いるダンジョンの地図を広げる。

 悪魔たちに持ってこさせたこの地図には、今いるトラソルテオトルの区画からあと3つ下れば最下層となっている。


「あ、最下層はゴミ捨て場な。日光に弱い触手系モンスターの群れしかおらん。

 さっき使ったエインはそこにいたのを拾ったのだぞ。何でも媚薬漬けにして捨てられたらしい」


 その言葉にぞっとしながらも、それで位置関係はわかった。


「てことは最下層の一つ上が玉座の間か」

「ああ、間違いない。ついでに言えば玉座の裏が寝所よな」

「なんで分かるんです?」

「……玉座で昂ぶった時、そのまま連れ込むからな」

「へぇ……」


 サキュバスにしてみれば今更だろうが、色々な性癖があるのだな、と関心すらしてしまう。


「あの悪魔どもも中々特異な性癖をしておったがな、どうにかこちらのペースで調教できた。……が、忘れるなよ。それで妾はあやつに百年以上……」

「……」


 見た目は順調な圧勝でも、その実一回でも逆転を許していればその場で終わっていた、今回の逆転劇。

 このままの勢いで最後まで行けるかという不安が、ヴェノム達を包む。


「……話しすぎたな。武器を選ぶか」

「ああ、行こう、コロラド」

「はい」


 持てるだけの武器を選び、集められるだけの魔珠を集め、やれるだけのことはやった。


 ――悪魔は神に祈らない。


 ヴェノム達は全力を尽くし、今ようやくここまで到達し、次の一歩を踏み出す。

 その進む先では、


「……ちっ、嫌な予感に目覚めてみればこれか」


 世界最強のサキュバスが、布団から身を起こして待っていた。

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