第92話 悪魔は悪魔であるが故に悪魔らしく
「ヴェノムさーん、マサラから『うまく行った』って連絡がありましたよー」
「よし! これでしばらくは安全が確保できたな」
「ですね。ほっとしました」
ヴィルデフラウの研究室をわが物顔で使いながら、ヴェノムはガッツポーズして喜びの声を上げた。
牢屋に閉じ込められた……というより洞窟内のサキュバス達から身を隠す為に牢屋に避難していたヴェノムが、酒宴から戻ったコロラドとマサラと合流して真っ先に向かったのは、ヴィルデフラウの研究室。
「ヴィルデフラウは研究者気取りの悪魔のようであった。研究と言っても実験と称していたぶる程度のモノだったがな。しかしごっこ遊びでも、集めた薬品や検体は本物……ヴェノム、お主が使える道具もきっとあるぞ。故にここを奪う」
「助かるよ、マサラ」
「礼など要らぬ。
「お、この匂い……やった! これだけあれば何でも作れるぞ!」
鉄扉を開き、
「研究室はあっちの……」
「いや、ここにビーカーもフラスコも分銅も
「えっ本当か? ならば……」
そう言って保管庫に飛び込んだマサラを、不審に思った近くのサキュバスが見つけて、こっそりと保管庫を覗いた。
「……? あいたっ」
するとそこへ小さな煙玉が飛び、桃色の粒子がもわもわと広がる。それを吸ってびくん! と震えたサキュバスの頭を、がっしりとマサラが掴む。
「あっ、はひっ、ふぁ……」
「妾はサキュバスではないからな、魅了魔法は使えぬ。しかしこうして媚薬を使えばサキュバスの耐性如き、紙切れよ」
ふふん、と得意げなマサラに対し、せっせと薬品を混ぜながらヴェノムは言った。
「なるほど、媚薬を足せばサキュバスには毒が通るのか……光明が見えたな」
「私も手伝います、ヴェノムさん!」
ずるりとコロラドがマサラから分離して、慣れた手付きで薬品を選ぶ。
「ならばヴェノム、煙玉に睡眠薬を混ぜたものを頼む。効き目は弱くても構わん。酒宴から戻ったあやつを無力化してやる、イイ考えが浮かんだぞ」
「ん、わかった……まぁ、ほどほどにな」
かくして、今。
「マサラ様♪ ヴィルデフラウ様をこてんぱんにしちゃいました♡ もちろん撮影もしてありまーす」
「ん、良くやったぞレイレイ。どうだ? 自分の上司を好きにしてやった感想は。ぜひともそこのクソザコよわよわ悪魔に聞かせてやれ」
「うっ、うっ……」
しくしくと涙を流すヴィルデフラウだったが、それに同情の眼差しはどこからも来ない。
「えっとぉー、普段ずーっと調子に乗ってたのにコロっとやられちゃってぇ、正直つまんなかったです♪」
「くかかかか、そうかそうか!」
ヴィルデフラウがいつも使っているであろう研究室の椅子に腰掛け、マサラはサキュバスに捕らえさせたヴィルデフラウで思う存分遊んでいた。
「そう泣くなよヴィルデフラウ……酒宴は楽しかったか? 妾という余興、楽しんでくれたか? ん?」
「お、お許し下さいマサラ様……ボクが間違ってました、どうか、どうかこれ以上は……」
「これ以上? ふーむ、妾は見てなかった故に言ってることが分からんのう。お、そう言えば撮影魔珠があったな!」
「やべで下さいい゛……もぅ許して……」
「だーめー……あ痛っ! 何をするヴェノム! まだ一割も気が済んでないぞ!」
「予想以上にこてんぱんにしててドン引きだよ! ほら、時間に余裕無いんだから次の作戦考えるぞ!」
「むー、つまらん奴め。ならばレイレイ、お主に任せるから全員で好きにせい。ただし声はあまり出させるなよ」
「はーい♡」
「それが一番やだああああ……」
研究所を全て奪われた挙げ句、元部下にずるずると引きずられて、去っていく悪魔。
一歩間違えばマサラやコロラドがああなっていたとヴェノムは怯えながら、次の悪魔に備えてあらゆる毒を練り始めた。
――そして場面は戻り、異変を察したソドムとトラソルテオトル。
「何で……ヴィルデの手下までどこにも居ないデスか?」
「……んぇ?」
そう言った瞬間、小さく光る何かが彼女たちの背後を通った。
「っ!」
「ゴモちゃん、狙撃モード!」
ぴょいん、と胸元からジャンプしたぬいぐるみが、がぱりと口を開けて魔法陣を展開する。そして放たれた光線と、トラソルテオトルが腕から撃ち出した龍のウロコが『それ』をガラス玉のように破壊した。
「これは……」
「ヴィルデの魔珠じゃねぇか。撮影してたのか……? やっべ、砕いちまった」
するとさらにもう一つ、魔珠が彼女達を盗み見るかのように壁の陰にいた。
「っ」
その気味の悪さに冷や汗を流しながらも、姿の見えない仲間とヴィルデフラウが気になって仕方がない。
しかもこの状況で彼女らは、迷っていた。
「……ヴィルデの奴、どっちだと思う?」
「私達の敵か味方か……くっそ、酒なんか飲むんじゃなかったデス! わかんねーデスよ!」
ヴィルデフラウの日頃の行いを思い出しても、
「え? ボクの作った薬が欲しい? ぷぷぷ〜、いいよ〜。でも一応みんなサキュバスなんだからさ〜、媚薬くらい作れなくて恥ずかしくないの〜?」
「あ、ごめんね〜、またトラソルの飼ってた魔物、使役しちゃった〜。わざとじゃないんだよ? たまたまボクの開発したエサを盗んだ誰かさんがいたからさ〜、ボクの下僕になるエサを作ったんだ〜」
ろくな思い出が無かった。
実は気まぐれに自分達を罠にはめようとしていたとしても、まるで驚かない。
「くそっ、ムカつく記憶しかねぇ!」
「あのドヤ顔しか思い出せないデス!」
そしてさらに悪いことに、2体の悪魔は思い至ってしまう。
――本当に、今背を預けているこいつを信用して良いのか? と。
(良く考えたら今コイツに裏切られたら詰みじゃねーか、冗談じゃねえ! こうなったら……)
(今はなんか味方ヅラしてるけど、コイツの手下や飼ってる魔物が何してるかわかんねーデス! こうなったら……)
「こ、こんなところにいられるか! オレは手下のところに行くからな!」
「の、望むトコロです!」
信用や信頼と言った言葉がサキュバスもとい悪魔たちにあるわけもなく、共闘は一瞬で崩壊した。
そして互いに廊下を走り、自分の預かる区画に逃げ込んでしばらく後。
「うわあぁああぁあーーっ!」
先に叫び声を上げたのは、トラソルテオトルだった。
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