第85話 敗戦の悪魔は逃げられない

「嘘でしょ、すごいあっさり負けたんだけど!?」

「マーラ様、集落が襲われてます! 配信に使ってた部屋もボロボロに!」

「分かってるわよもー。はいはい、逃げたきゃ逃げて」

「ありがとうございます!」


 悪魔らしくあっさりと防衛を諦め、逃げていく部下達を見ながらマーラは思った。


(正直あの切り替えが羨ましいわ……ああ、私も帰れるなら帰りたい……)


 今更逆転の芽などなく、あの部下達のようにダンジョンまで逃げ帰れば一応は無事で済むだろう。

 多少はダンジョンの連中にバカにされたり罰としてこき使われたりするかも知れないが、悪魔的に考えればここで勇敢に戦う方がなんの意味もなくて愚かなので、判断としては当たり前なのだ。


「ほんっと、上司って辛いわー」


 マーラとてもしも仲間が逃げ帰ってきたら全力でバカにするし、罰に怯えるその姿を眺めながら酒の一杯でも飲みたい。

 しかしだからこそ、今ここで何の成果も挙げられなければ自分がそういう目に遭うことは手に取るように理解できてしまう。


「残された道はあと一つ……か。ほーんと、勘弁して欲しいわよ」


 手ぶらで帰れない悪魔は、地面から銀色の戦斧バトルアックスを引きずり出して軽く振る。


 ――その風圧だけで粗末な小屋が吹き飛ぶ程度には、彼女は十分に悪魔だった。


「何だ!?」

「集落の奥からです! 向かいますか!?」

「いや待て罠かもしれん! 近づくな!」


 小屋の残骸がバラバラと降り注いで、サキュバス達を捕まえては馬車へ連行していた女騎士達が手を止めた。


「あらあら、本当に好き放題やってくれちゃって……貴女が大将?」

「そうだ、コロラド・スカーレっ、ぐはあ!」


 現われた煽情的せんじょうてきな格好の女性に、スカーレットは名乗ろうとして蹴り飛ばされ、ボロ小屋に突っ込む。

 それは戦いの作法も何もない攻撃だったが、周りの女兵士たちを怒らせるのには十分だった。


「何すんのよこの卑怯者!」

「卑怯? 悪魔に言うセリフじゃないわね!」

「きゃあああああ!」


 バトルアックスを振り回せば周りの女騎士たちも近づけず、また軽く振っているだけに見えるその威力は、地面を軽々とえぐり、暴風を起こす。

 ガレキの中から体を起こしたスカーレットは、果敢にも突っ込んでいく部下達を見てすぐに身体を起こし、剣を構えた。


「あらあら、生きてたのね」

「ふん、この程度で手足を止めるような奴はここにはいない!」


 斧と剣を構え、人間と悪魔が戦いを再開した。

 ――そして一方で、ヴェノム達は村の隅々まで駆け回り、捕らえられたカキョムの民がいないかを大急ぎで探す。そしてもう残ったのはあの女悪魔だけと認識した段階で、スカーレットと女悪魔は互いに一歩も引かず、戦い続けていた。


「人間のくせにやるじゃない!」

「褒め言葉か、嬉しくないぞ!」


 ギイン! とひときわ大きな金属音がして、スカーレットがマーラと距離を取らされた。


「にしても、もう飽きちゃった」


 悪魔がポケットから取り出したのは、赤い魔珠。

 それだけでスカーレットに悪寒が奔るが、何かリアクションをするより早く、女悪魔はそれを飲み込んだ。するとビキビキと音を立ててその体が変化して、その姿は下半身が蛇の化け物に変わり果てる。


「それが貴様の本気か!」

「ええそうよ。じゃ、そう言うわけで死になさい」

「な……」


 ムチのように蛇の部分がしなり、横からスカーレットを弾き飛ばす。

 再度別の小屋に突っ込むかに思われたその体は、大剣を突き立てることでブレーキがかかって耐えた。


「距離を取れ! 絶対に近づくな!」

「ふん、魔術師が少ないのは調べが……何っ!?」


 その瞬間だった。

 魔物と化したマーラの周りから植物が生え、その巨大な体を囲うように伸びていく。それを魔法と見抜き蛇の尾を振るおうとするが、そこへ飛んで来た煙玉と蒼い炎が動くことを許さなかった。


「く……こ、これは……新手!?」


 もしもマーラが入り口で起きた戦いを見ていれば、この状況に対応できたのかもしれない。しかしそうではなかったからこそ、マーラには決定的な情報が一つ足りなかった。


 ――それは、騎士団以外の存在。


 最初に煙玉を投げ込まれた時点で、この集落が二手によって襲われていることを、彼女は理解すべきだった。

 しかしそれを怠った悪魔は最悪のタイミングで二手目の加勢をまともに食らってしまい、煙玉と炎の弾丸を振り払おうとしてバトルアックスを振り回す。

 激しい破壊音とともに彼女を囲んでいた木と炎が消えたものの、彼女の周りには既に戦力がそろっていた。


「もう一回行きますよマサラ!」

「だから指図するなと言っておろうが!」

「ヴェノム、合わせろ!」

「はい!」


 炎の弾丸が、地面から生えた木の根が、悪魔を貫く。


「ぎゃああああああ!!」

「最大威力……【光の奔流】!!」


 そしてさらに天から降り注ぐ光が悪魔を焼いて、


「トドメだ! 【不思議で無敵で不殺の剣ソードオブワンダー!】ーッ!!」


 赤い炎が、鳥の形を作って炸裂した。


「ア……ア……ッ」


 黒焦げになった悪魔が、煙を上げて動きを止め、ばたりと倒れる。

 黒い粒子が霧散むさんして蛇の巨体は消え、もとの悪魔の姿に戻った。


「勝ったぞ! 我々の完全勝利だ!」


 スカーレットが叫び、周りからは部下たちの歓声が轟く。

 それは森全体に響き渡り、周りで縛られていた悪魔たちもうなだれて自分たちの負けを噛みしめていた。


「スカーレット様ー!」

「流石です! 凄いです!」


 森から悪魔は駆逐くちくされ、平和が戻った。

 これでひとまずは安心――誰もがそう思った時、


 ……りん、と、鈴の音が響く。


「……?」

「何の音?」

「今、何か変な音が……」


 再度、りん、と鈴の音。

 それはうつぶせに倒れた悪魔の上から聞こえ、


「ひ、ひいいいいい!」


 倒れたと思われていたマーラが、体を起こして後ずさろうと震えていた。


「あ、アイツまだ……」

「動くな!」


 それを捕らえようとした一人の女騎士を、スカーレットが制する。

 同時に、音のした空間がぐにゃりと歪み、赤紫色の闇がそこから生まれた。

 まるで朝日をかき消すようなその闇は球体を作り、それが爆発的に巨大化して、村全体を包む。


「……やってくれたなぁ、貴様ら♪」


 その声がした瞬間、全員が悟った。

 悪魔たちは全滅した。最後の悪魔も倒した。けれど――


 ――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る