第84話 勝っても負けても悪の所業

 夜の明けきらない駐屯所の広場で、松明の明かりに照らされた台の上にスカーレットが立っていた。


「諸君! ではこれより我々はサキュバス討伐へと向かう! 繰り返すがこの作戦は速度が命だ、諸君らの日頃の訓練の成果を発揮しろ!

 そして! 何より! 渡したこの『お守り』をなくしたら死ぬと思え! 以上! 出発!」


 居並ぶ部下達からははい! と完璧にタイミングが揃った返事が返り、駆け足で女騎士達が馬に乗る。

 スカーレットを入れて総勢50騎のサキュバス討伐隊を一目見ようと、街の城壁近くには夜中から多くの住民がスタンバイし、声援を飛ばしていた。


「今頃、街は盛り上がってるでしょうね」

「だな。俺たちがバレてなきゃ良いが」

「……隠密の魔法を使ってやろうか?」

「マサラ、お前そんなことできたの?」

「良いぞ、信用できぬなら別に……」

「そんなわけ無いじゃないですか、お願いしましょ? ね、ヴェノムさん」

「ああ、頼むよ」

「……【闇雲】」


 マサラがそう呟くと、夜の森を走る馬車が黒い雲に包まれ、音と気配が大幅に消えた。


「助かるよ、ありがとうマサラ」

「……ふん」


 礼を言ったヴェノムに背を向けて、ごろりと転がるマサラ。

 それを見て、馬車の隅でサレナがエイルアースに耳打ちした。


「あの悪魔……どうかしたのですか? もともとはコロラドさんに取り憑いていたと聞きましたが」

「最近あの様子なのじゃよ、儂も気にはしているが肝心のコロラドとヴェノムがああではな」

「ああ……と言いますと?」

「……信用しきっておる」

「あ、悪魔をですか?」

「お人好しすぎんかとは言っておるんじゃがな……なんぞ裏切らない確信があるのかも知れんが、儂には言わん」


 チラリとサレナがヴェノムとコロラドを見たが、馬車の後ろで仲良く並んで外を見ていて声をかけ辛い。


「……」


 しかし何故か、寝転がるマサラ――悪魔を見ても、何故かサレナにも不安感は感じなかった。

 マサラから感じるのは恐怖ではなく、まるで悩みを抱えた子供がそこにいるような庇護欲。

 しかしなぜそんな物を感じるのか分からないまま、サレナは窓から顔を出して朝焼けの風を浴びたのだった。


 ――そして一方で、森のサキュバスの拠点。


「カキョムを騎士団が出発したって!」

「え〜、もうすぐ朝なのに〜」

「ちょっと、まだ配信中なんだから入ってこないでよ! あ、違います、今のはウチのお母さん! ごめんね〜。え、カキョム? そんな事言われてないよ〜? じゃーねバイバーイ……もー! したらどーすんのよバカー!」


 見張りからもたらされた情報がそれなりに混乱を生みながらも、サキュバス達の対応は早かった。


「襲撃に備えなさい! 女ばっかりなのはつまらないけど、その代わり捕らえた奴らは好きにして良いわ!」


 マーラのその言葉に、フォーク型の槍を持ったサキュバス達が色めき立つ。


「え〜どうしよ、好きにして良いんだって! 捕まえたらどうするー?」

「私は椅子にした〜い」

「あたしはペットにする! イヌもネコも欲しかったし、ペットにするの!」


 攻めてくる敵の末路を想像して身体を火照らせながら、小さな集落を囲う木の柵の門の前にぞろぞろと集う。

 それはまるで訓練されていない寄せ集めの軍隊だったが、それでも彼女達はもれなく全員が悪魔。


、あなたが連れてきたの?」

「うん、おねーちゃんがね、アンタにはまだ早いからペットにしなさいって!」


 当然その能力は、全員が悪魔の領域だった。

 ジャラジャラと鎖を引いて幼い悪魔が連れているのは二足歩行する豚の魔物、通称オーク。その眼は桃色に染まり、ヨダレを流して猛るが周りのサキュバスには目もくれない。


「フゴッ、フゴ……」

「もー、まだおあずけだよー」

「【調教テイム】、できたの?」

「うん、わたしのとくいわざだよ!」

「ふぅん……? ねぇお嬢ちゃん、後で好きなだけお菓子あげるから、今度お姉ちゃんと一緒に配信しない?」

「えっいいの!? するする! ママが私の配信は『ぜったいにきせーされる』って言うから出来なかったの……」

「ふふっ、そうなの!? 興奮してきた……こんな村正直どうでも良かったけど、だんだん勿体なくなってきたわ!」


 悪魔の集団がその士気を高め、そして朝日がほぼ登り切る頃。


「来たよ!」


 朝の森の空気の中に、馬蹄が土を蹴る音が響く。

 村の前の一本道を疾走する騎士団を見ながら、サキュバス隊の隊長、メーガは笑みをこらえていた。


(まだよ……まだ笑っちゃダメ、耐えるのよ私……)


 騎馬は確かにサキュバスからしても厄介な突進力を持っているが、悪魔とてその弱点くらいは知っている。


(騎馬の弱点は足元……落し穴なんてめんどくさいモノは作らないけど、縄さえあれば馬の脚は止まるのよ♡)


 一本道に仕掛けられたロープは、左右のサキュバスが合図一つで引っぱり上げ、馬の脚を絡める手はずになっている。

 あとは落馬した女騎士達を好きにするだけ、というあまりにもシンプルな罠は、その発動の合図を待っていた。


「行くぞーっ!!」

「来たわね……」


 スカーレットの号令にメーガは笑みを濃くして、罠を発動させようとした次の瞬間。


「!?」


 サキュバスの目に映ったのは、口布マスクをつけた騎士団。

 そこへ白い煙が、突然サキュバス達を包んだ。


「な、なにこれ……げほっ、麻痺毒!? しまった、マスクはこの為の……!」


 舌に痺れを感じて、殆どのサキュバスが空へ逃げる。

 足元でもだえ苦しむペット達を見ながら、


「敵は崩れたぞ! 一気に叩け!」

「しまっ……!」


 スカーレットの指示が飛んで、騎馬隊の先頭が強く輝いた。


「食らうが良い!【宵闇を照らす天星の双剣スターライトバスター!】」


 双剣から朝日より強い光が輝いて、絨毯爆撃のように光が降り注ぐ。

 跡には仕掛けられた罠の残骸と目を回したサキュバスが残って、騎士団はそのまま集落へ突撃していく。


「隊長、オークが!」

「任せろ!」


 叫んだスカーレットが、馬から跳躍し、真正面からオークに肉薄し横一線に剣を振るうと、その巨体から首が飛んでくるくると舞う。


「あーっ! くーちゃんが!」

「敵は逃げたぞ! 悪魔の集落を蹂躙してやれ!」

「くっ、調子に乗って……!」


 眼下で好き勝手に暴れる騎士たちは、馬から飛び降りて自分たちの寝床を破壊していく。


「もう許さない……っ!?」

「許さない!? それはこちらのセリフだ悪魔どもめ! 貴様らの罠など私はとっくに見破っていたぞ! そして!」


 大剣が輝きを増して、再び双剣へと変化する。


「その高さは射程範囲内だ! もう一度この名をその身に刻め!【宵闇を照らす天星の双剣スターライトバスター】アアアアアアアアア!!」

「ちょ、待っ――!!」


 降り注ぐ光の矢から逃れることなく、空へ逃げたサキュバス達は墜落した。

 そこへ槍を構えた騎馬隊が駆け寄り、


「動けば刺す! 降参しろ!」

「はい……命だけは助けてください……」


 村を守る悪魔達は、あっさりと降伏したのだった。

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