第83話 サキュバスのアジト攻略作戦

 悪魔・アリスをスカーレットの部下たちに任せて所長室に場所を移したヴェノム達は、これからの作戦を練っていた。


「さて、敵のアジトの場所もわかったわけだが、ただ無策で攻め込むってわけにもいかない。キミ達の知恵を借りたくてこの場を用意したんだけど……エイルアースさん、森にいるサキュバスに対して何か戦略ってありますか?」


 言いながらサクラは、白紙にサラサラと文章を書いてはハンコを打つ。

 そうして生まれていく書類がなんのためのものかは不明だったが、戦略の相談と書類作成を同時にできる生命体を目の当たりにして、全員が若干引いていた。


「戦略か……こちらでも色々話しておったのじゃがな、儂もサキュバスに関しては伝聞でしか知らん。エルフとサキュバスが同じ森で暮らすはずもないしのう」

『ウチのギルドとしてもサキュバス相手はあまり経験が無くてな。単体でなら大体の冒険者が経験してるんだが、サキュバスのダンジョンとなると……申し訳ない』

「サキュバスのダンジョンなんて激レアだしね、仕方ないさ。あ、食料はパンで良いよね? 作戦は3日として……こんなもんかな」


 作戦会議に追加されたのはエイルアースと、魔珠越しに参加するガンビット。

 どちらも知恵を借りるには申し分ない存在なのだが、サキュバスのダンジョンは彼らですら情報を持たない程に希少だった。


「でもさっきのヴェノムさん、すごくサキュバスに詳しかったじゃないですか。それってエイルアースさんから習ったとかじゃないんですか?」

「いやアレは別に……」

「エルフの森に、ちょっと情報が多いだけじゃよ。さっきも言ったが、同じ森で暮らせる仲ではない以上は敵同士として敵の情報は多少入るのじゃ」

「あ、なるほど……エルフの方々って、どうやってサキュバスを倒してるんです?」

「黙って矢を打ち込む」

「え?」

「あいつらが森に勝手に作った寝床に香を焚いたり、毎晩黙って矢を射掛ける。そんなエサ場でサキュバスが精気を吸えるわけが無いからな、あとは逃げるまで繰り返すだけじゃ」

「な、なんか思ったよりシンプルなんですね」


 まるで立ち退きの嫌がらせみたいだな、とヴェノムは思ったが、黙っておくことにした。


「でも効果的ならそれしかないね、その作戦で行こうか。スカーレット、これ特別手当ての書類ね」

「あっはい」

『おっとすまない、言い忘れてたが、ウチからそちらに回したい人材がいてな。手当ての手配を頼みたい』

「回したい人材? 良いよ、もう一枚書くけど冒険者かな?」

『ちょっと色々根回しに時間がかかったが、使える人材には違いない。そろそろ着くはずなんだが……』


 すると扉がノックされ、


『お、着いたようだな』

「所長、失礼致します」


 女性騎士に連れられてそこにいたのは、修道服を着た長身の女性――『勧善懲悪ノブレス・オブリージュ』の一員、サレナだった。


「サレナさん!」

『手の空いた女性で冒険者で聖職者となるとなかなかアテがなくてな、彼女一人しか都合がつかなかったが……』

「百人力、というやつじゃよ」

「でもサレナさん、ジャックさん達は大丈夫なんですか?」


 そう訪ねたコロラドに、サレナは穏やかな笑みを返す。


「むしろリーダーがあの状態で帝都には帰せませんし、護衛はあの二人で大丈夫ですよ。それに……カタキも討たずに帰るなんて『勧善懲悪ノブレス・オブリージュ』の名において許しません」


 ――そう告げた彼女の全身からは、敵意がみなぎっていた。

 それからしばらく順調に話は進み、書類の生産が止まったところでサクラが全員を見渡す。


「じゃあ最終確認だね。明朝、まずスカーレットの隊が奇襲を仕掛けて、その後ろからエイルアースさん率いるこの『精鋭部隊』でボスを倒す、と。ちょっと単純すぎる気もするけどね」

「奇をてらうほどの兵力も無かろう。男をあまり使えない以上仕方ないのじゃ。

 ……ヴェノム、お主がサキュバスにコロッと騙されたらその時は分かっておろうな」

「分かってますよ、気をつけます。……ところでマサラ、お前さっきから静かだけど、何か考え事か?」

「いや、気にするな。……妾も上手く言えんが……この件、妾が本気を出したほうが良い気がしてな。悪魔の勘とでも思えば良い」

「よくわからんけど……まあ、本気を出してくれるならありがたいよ」

「よろしくお願いしますね、マサラ」

「……ふん」


 ――そんな風に話がまとまった、まさに同時刻。


「えっ? カキョムに行かせた子たちが戻って来ない?」


 カキョムの森の一角、小さな家が並ぶ『村』で、悪魔・マーラは跪いた部下にそう言った。


「はい、いくらか『釣れた』報告はありましたが、帰るという報告がありません」

「……私達が対策されてる、ってコト?」

「おそらくは。普通ならそう簡単にバレませんし」

「ちっ、やっぱりあのバカのせいでいい迷惑だわ……」


 どこかのアホが先走って失敗して、挙句の果てに自分に仕事を押し付けたからだと理解したマーラは額を指で押さえる。


「あのバカ?」

「気にしないで。じゃあ仕方ないわね、今晩は配信だけにして、明日からもう少し別のやり方を考えましょう」

「かしこまりました。あの、それでは……」

「はいはい、報告ご苦労さま。ご褒美ね」


 そう言うとマーラは気だるげに赤色の魔珠を取りだし、ふぅ、と息をかけると、桃色の魔力が煙のようにたなびいて部下の身体を包む。


「んぁ……ありがと、ございま、」

「あら、まだ足りない? もっとあげるわよ、エンリョなんてしないで?」

「あふっ! も、もういっぱいれひゅう! あ、あひ……」


 過剰な魔力を与えられ、倒れた部下はピクピクと痙攣しているが、その表情は恍惚としていた。

 そしてそれを羨ましそうに指を咥えて見ていたサキュバス達に、玉座のマーラは声をかける。


「てことは誰か裏切ったのね。ま……それならそれで良いか」


 悪魔の組織に信用などというモノは無い。出し抜かれたり失敗したらそこで負け、というのは身をもって理解している。

 だからここで取るべき行動は、見返りも何もない上司からの指示などではなく――


「……ふふ、エサが来てくれるなら話は早いわ。あの街の女騎士……まとめて配信デビューさせてあげる。お前たちどう思う? 楽しみでしょう!? だったらほら……働きなさい?」


 ――悪魔の脳をとろかす、甘い誘い。

 それを聞いた手下のサキュバス達は、頬を赤らめて敵に備えるのだった。

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