第82話 悪魔なんだから〇〇にはだいたい忠実

「くっ、殺せ! 私は何も話さないぞ! 下劣な魔族以外どもめ!」


 ヴェノムの家で捕まったサキュバスは、駐屯所の地下にいた。

 取調室にぐるぐる巻きに縛られて座らされた悪魔は、最低限隠すべきところを隠した黒い革の服で、先端がハート形の尻尾をぴこぴこと動かしている。


「首尾よく捕まえてくれたわけだが……まさかここまで化けたサキュバスが侵攻してきているとはね。くそ、失敗したかな……」

「サクラさんが何か失敗したわけじゃありませんよ、とりあえずこいつから色々聞きだしましょう」

「ふん、何も話すことなどない!」


 恰好こそ煽情的せんじょうてきだが、その意志は固く見える。

 ちなみに今取調室にいるのはサクラ、ヴェノム、コロラド、スカーレット、マサラの五名。サキュバスの向かいに座るサクラは頭を抱えており、他の面々もあまり明るい表情はしていなかったが、ヴェノムだけは特に深刻な表情をしていない。


「……ちょっと俺にやらせてもらっていいですか?」

「え? 君が取り調べするのかい? 別にいいけど」

「【毒使いポイズンマスター】、ヴェノムか。誰が来ようと同じことだぞ!」

「まあ話くらい聞いてくれよ。お前らさ、どんな奴の指示でこの街に攻め込んでる?」

「攻め込んでなどいない、私達は狩りに来ているだけだ」


 当然、目論見もくろみを話すわけもない悪魔はぷいっと顔を逸らす。

 しかしヴェノムは平然と、


「正直に答えてくれたらなんかうまいもん食わせてやるからさ」


 と、言った。すると目を丸くしたサキュバスが、


「……良いのか?」

「良いよ。お前は正直に答える、俺はお前に『だけ』旨いものを食わせる、それで契約成立するならな」

「するする! 何でも答える!」


 その言葉に、ヴェノムとサキュバス以外がひっくり返った。


「何だこいつは! こんな簡単に釣れていいのか!?」


 スカーレットが叫ぶが、それはこの場の総意だ。

 しかしヴェノムはしれっとした顔で、


「そもそもコイツ悪魔なんだぞ、だろ。そんなに強い悪魔でもなさそうだしな」

「なさそうだしな、と言ってもここまで酷いのか? 限度があろう」


 マサラすら呆れたようにそう言ったが、


「だって私に『だけ』美味しいものを食べさせてくれるんでしょ?」

「……うん?」


 サキュバスの言い回しに首をかしげるマサラ。


「どういうことです? ヴェノムさん」

「こいつらサキュバスの欲望には傾向があって、まず間違いなく『』なんだよ。

 他の仲間より一足先に良い思いがしたい、自分だけ美味しいエサにありつきたいみたいな欲望には基本的に逆らえないから、あとは契約してやればいい。ま、それこそ下級のサキュバスにしか効かないし、約束を破ったらどうなるか知らないけどな」

「もー、言葉攻め? じらさないでよ~」


 それまでの頑固さが完全に消えて、すっかり従順そうな悪魔がそこにいる。

 しかしそれは危険な猛獣が今は従順なだけで、甘く見たら死にかねないというのは雰囲気で伝わった。


「でもあとは好きに聞けばいいかな。まずお前の名前から言ってくれ」

「アリス。マーラ様の部下をやってるよ」

「マーラ様? それがキミらのボスかい」

「ううん、マーラ様は幹部」

「じゃあボスの名前は知ってるかい?」

「名前しか知らないよ。リリス・コクリ様。ここから南にずっと言ったところのダンジョンのボスだよ」

「……リリス?」


 その名前に反応したのは、マサラだった。


「知ってるのかい?」

「……聞き覚えはあるが昔の話よ。大したことではない。すまぬ、続けてくれ」

「……キミからも後で話を聞く必要がありそうだね。それはそうとアリス。キミ以外にどれだけのサキュバスがこの街に入ってきている?」

「そこまでは知らない。でもマーラ様のことだし、それなりの数はこっちに寄越してると思うよ。マーラ様に限った話じゃないけどみんな面倒くさがりだしねー」

「面倒くさがり?」

「なんか、ヴェノム以外あんまりわかってないんだね。私達悪魔サキュバスだよ? 面倒くさいことはやりたくないし、そもそも私達みたいに集団にならなくても、エサなんて好きに狩りにくればいいんだよ。なのにじゃあどうして私達はこうやってと思う?」

「……そりゃ、その方が効率よく……あっ、でも君たちは抜け駆け上等なのか」

「そ。だから組まないの。普通はね。でもあの方々は違う。マーラ様も、マーラ様を従えるコクリ様も、。一応私も悪魔として生まれたから好き放題したいんだけどさ、あんな方々に逆らってソロで生きる気はしないかな」

「……」


 言い回しは気軽そうだが、その奥にあるのは力による完全な屈服だった。

 下級の悪魔ですら一撃でヴェノムの家を半壊させる実力があるにもかかわらず、しれっとそう言い切るのを目の当たりにして空気が少し冷えた。


「ところでアリス、一つ聞いていいかな」

「美味しいもの食べさせてくれるなら何でもいいよー」

「何でキミ達は今こうして攻めてきたんだい?」

「何でって……そりゃ、コクリ様の準備が整ったからだよ。配信のお陰で莫大な魔力を手に入れたわけだしね。それで侵略したくなったんじゃない?」

「やはりそうか……」


 サキュバスの配信は、その再生数が群を抜いているというのは周知の事実だ。

 今でこそ取り締まりも進んできたが、配信が流行り始めたころは一晩で何億と言う再生数を稼ぎ、ランキングを何日も埋め尽くしたため『サキュバスの動画は別格』としてジャンルごと隔離された時期もあった。

 そんな時代があったサキュバスが集めた魔力があるなら、このあまりにも早い進行もうなずける。


「……じゃあ最後に、そのマーラ様とやらのアジトを教えてくれるかい?」

「いいよいいよ! 最後ってことは……」

「ああ、答えてくれたら街で好きなもんを食わせてやる」

「いいのかい、ヴェノム君」

「ブリージ商会に話は通しておきますよ。こいつに一日、好きにに食わしてやってくれって言えば、どうにかなるはずです」

「わーい、食べ放題だ」


 かくして欲望に忠実な悪魔は、何のためらいもなく地図を指さして、サキュバスのアジトを教えたのだった。

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