第81話 魔の手が迫る都
「号外! 号外でーす! サキュバス注意報! サキュバス注意報だよ!」
騎士団の動きは早かった。
危険度Aのダンジョンが現れたと確定してすぐ、サクラの指示を受けて王宮から出版社に手を回して号外を刷らせると、その日の夜の街には鎧姿の警備兵が歩き回って、ビラを配っていた。
「うへー、サキュバスだってよ」
「夜の街もうかうか歩けねぇな」
「それよりウチの息子が心配だよ」
「いくつだっけ?」
「今年14」
「あちゃ〜、そりゃあ危ないわ」
そんな会話の聞こえる中、
「でもさ、ビラ配ってんの女兵士なんだよな、それは正直悪くねぇと俺は……」
「あなた達! こんなところでくだらない話してないでさっさと帰りなさい!」
一組の男労働者が、怒鳴られてびくりと跳ねた。
「バカ、お前この野郎」
「んだよお前だって笑ってたろ」
「あら? もしかして貴方……」
「は、はい!」
責任をなすりつける二人を、じろりと睨みながら女兵士が近寄る。
「あれ!? やっぱり! 昔近所に住んでたカモネーくん!? 私よ私、エマよ!」
「え? エマちゃん? 2件隣の?」
「そう! えー久しぶり〜。こんなところで会うなんて!」
そしてその片方を見て、驚いたように目を見開いた。
「ねぇもうすぐ仕事終わりだからさ、ちょっとそこで待っててくれない? 一緒にお酒でもアイタタタ!」
しかし男たちの声をかけられなかった片方が手にしたお守りを押し付けると、肉の焼ける音がして女の『鎧』が煙を上げる。
「テメェこの野郎サキュバスだな! 兵士さーん! こいつサキュバスですー!」
「やっぱりか、舐めるなよ悪魔め!」
「くそっ、好みの顔だったのに!」
ぼうん、と白い煙とともに露出の多い悪魔の姿に変わって、女が逃げる。
黒革で隠すべき部分を隠しただけの服装に蝙蝠の翼、ヤギに似た紫のツノは一般的なサキュバスの姿だ。
「ったく、2件隣はパン屋の婆さんだぞ」
「騎士団に化ける奴とかいるんだな」
「きゃっ!」
今度は曲がり角でぶつかった女性が倒れ、
「アイタタ……ちょっとどこ見てんのよ!」
と、怒っている。
すると男たちは無言でお守りを投げつけ、
「
またしてもサキュバスだと見破り、そしてサキュバスは蝙蝠の翼で飛んで逃げていく。
「兵士さーん!? もうコイツでサキュバス釣れば良いんじゃないかな!?」
「お前ふざけんなよ!?」
「うるせぇ無駄にモテやがってこのイケメンがよぉ!!」
――などという光景もある中、
「やはりサキュバス達は南に逃げていきますね。蝙蝠に化けられると小さすぎて見えませんが、騎士団の報告から見ても逃げる方角は一致しています」
駐屯所の窓から、遠眼鏡で飛び去るサキュバスを見る鎧姿の男がそう言った。
胸には『副所長・バテン』と書かれた名札がかかり、長い白髭は仙人のような印象を与えている。
「やっぱりそうか。よし、ではその新しいダンジョンを正式に危険度Aに指定し、このまま討伐隊を組織しよう」
「討伐隊……ですか。早すぎるのでは?」
「いや、サキュバス達の数からしても、ダンジョンがあまりにもこの街に近すぎる。サキュバス達が飛んで来る距離に拠点が……おそらく南の森にあると思う」
「ま、まさかそこまで侵略が? 申し訳ありません、南の森の先には海峡と大浅瀬しかないからと、油断しておりました」
バテンは頭を下げ、サクラに自身の油断を恥じる。
「仕方ないさ、南は安全というのがこの王都の常識だったよ。さて討伐隊なんだが、各ギルドの反応は?」
「あまり芳しいとは……つい先日、腕自慢は三つ首のミノタウロスの討伐に向かったばかりで」
「うーん、それも仕方ないか……くそう、タイミングが悪いなあ」
「討伐は森だけにして、ダンジョンは牽制に留めるという手はどうでしょう。悪魔とはいえ所詮はサキュバスです、いくら魔力があろうと、エサがなければ悪魔とて逃げ帰るしかありません」
「それはそうなんだよね……」
サキュバスは精気を吸って生きる悪魔のため、誰も来ないダンジョンになってしまえばそれでいつか片付く存在ではある。
そういう意味ではいつかゴブリンが溢れるゴブリンダンジョンや、周囲の生態系を激変させる上にゴーレムの遠隔操作でしか攻略出来ない蟲系ダンジョンの方がよほど厄介ではある。
サクラは言葉に出来ない不安を抱えながらも、
「……じゃあその手しかないか。ウチの女性騎士団には幸い、スカーレットもいるしね。士気も悪くないし片付けちゃおう。そして改めてギルドに討伐依頼だ」
という結論しか、出せなかった。
――そして、次の日。
「なんだ、あのサクラとかいうエルフは頭が悪かったのか?」
ヴェノムの家にやって来たスカーレットから騎士団の方針を聞いたマサラが、そう言った。
「おい失礼だろう、別に所長だって討伐しないとは言って無いんだぞ。今は森の方だけ片付けて、準備が整ったら本格的にだな……」
「だからそれが頭が悪いと言ってるんだ、それで片付くと本当に思っているのか?」
「……お、思っていない! 所長の見通しがいくら何でも甘すぎる。不安だからここに来たんだ……ヴェノム、できればウチの連中のサポートをしてくれないか?」
「……サポート?」
ソファに寝ていたヴェノムが身体を起こして、机の上の武器を片付けながら言った。
「私とお前の仲だろう、たのっ」
スコン、とあまりにも軽い音がして、スカーレットの額にナイフが刺さった。
「なあんだ……バレてたのか」
「本物はさっき『何も心配しなくて良いぞ!』って言ってたからな」
「えっ」
そしてそのまま、鎧を服に変質させて悪魔の正体をあらわにする。
「私の姿になるとはなめたマネを! だが思考までは真似できなかったようだな、自分で言ってて悲しいが!」
「こりゃ騙された……のかな? ま、まぁとにかく帰るよ」
「帰すと思うか?」
「帰れるさ、魔力さえあればね!」
魔珠を掲げ、爆炎が窓を破壊して悪魔が飛び出す。
しかしすぐに外に飛び出たスカーレットが、難なく悪魔を撃ち落とした。
「……なぁヴェノム」
「うん?」
「私はもう少し……頭を使うべきなのかな……」
その後悪魔は捕まえたものの、しばらく落ち込むスカーレットを励ますのにかなりの時間を要したのだった。
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