第80話 悪魔の組織にありがちなこと

 結論から言って、ジャックの感知した読みは全て当たっていた。

 カキョムの南に現れた新しい、未だ名前のないダンジョンの最奥部で、新しく出来た玉座に悪魔が座っている。


「申し訳ありません、コクリ様……!」

「やってくれたなぁ、エイン?」


 黒い着物を着崩した九尾のキツネの悪魔、リリス・コクリは、細い目を笑みの形に変えて笑っている……ように見える。


「わざわざ『枠』を一つくれてやったのにこのていたらく……貴様に魔力の無駄遣いを許した覚えは毛ほどもないが?」


 ん? と笑みのままでコクリは問う。

 対するエインは、顔も上げずに土下座のまま震えていた。


「お許しください、どうか、どうかもう一度チャンスを私めに!」

「くくく、どうしようかのう……?」


 そしてその様子を、横から見る悪魔がいた。


(……どうなると思う?)

(さぁ……? 全てはコクリ様のお心次第ですから♪)


 楽しそうにテレパシーを返したマーラに、トラソルテオトルは楽しそうだな、と心中で愚痴った。


(逆に、貴女からしたら面白くないでしょう? 大事な部下が枠を一つ潰しちゃって♪ 今や大事なチャンネルなのにねぇ〜)

(……)


 実際、その通りだった。

 あらゆるサキュバスが魔珠を利用した配信を利用して、これまでに得た魔力は莫大なものになる。

 だからこうしてたやすく『ダンジョンの転移』という荒業をやり遂げ、今や先攻隊が建築したダンジョンはそれまでのクオリティとは比較にならない。

 しかし今、そのに、エインが添えるはずだった『余興』が無いどころか、今や貴重なサキュバスの配信枠を一つ失ったという。

『あの男』をエインが倒しそこねたことで、期待させるだけさせられていた大陸の視聴者であるサキュバス達はテンションが下がり、もはや少々のことでは人気も戻らないだろう。


「まぁ、恥をそそぐ方法は無くもない。しばらくはどこかのチャンネルの下働き……あるいは『エサ共の拉致要員』として使う……ううむ、迷うのう」

「そ、それでは!」

「ああ、廃棄などするわけなかろう? お主は私の大切な所有物で、トラソルテオトルの眷属じゃ♪ そんな存在をなぶり、はずかしめ、ボロ切れのように捨てるなどと……あるわけがなかろう♪」


 べちゃり。


「あ」


 トラソルテオトルが、声を漏らした。

 いつの間にか蜂蜜のような液体にまみれていたコクリの手が、エインの肩に触れたのだ。


「あ、あふっ、あ、コクリ、ひゃま……? あ、ひぁ、ひゃ……」


 ねちょりとアゴを掴まれたエインが、媚薬に脳を震わせながら顔を上げる。

 至近距離でその顔と震える呼吸を味わうように弄びながら、悪魔の女王は言った。


「おおそうじゃ、良いことを考えたぞ? 恥を雪ぐと言うのなら、新しいチャンネルで登録者を集めれば良い。そうじゃな……『感度三百倍、特性媚薬にカラスの悪魔は何日耐えられるか耐久実験』と言うのはどうであろう? なぁトラソルテオトル!」

「……御心のままに」

(ま、そうよね。もう壊れちゃってるし)


 あの蜂蜜のような媚薬が肩と頬に触れた量だけで、既に下級の悪魔だったら脳が焼けて死んでいる。

 九尾の尻尾の根本に手を入れたコクリは取り出した魔珠を怪しく光らせると、エインの後ろに丸く深い穴を開けた。


「あぅ、や、あっ、ひ、ひにたく……」

「大丈夫じゃ♪ お主がみっともない姿を晒さなければ良いだけの話……もちろんアカウント凍結なぞされればそこまでじゃが、お主なら耐えられる筈よな?」


 変わらない笑みがそこにあって、ゆっくりとこじ開けられた口の中にさらにドロドロと媚薬が流し込まれる。


「あぐっ、ごぽっ、おぷぇ……」

「さーて、配信開始じゃ♪」


 とん、という軽い音とともに、羽ばたき一つすること無く、カラスの悪魔は落下した。

 少し遅れて穴の奥から叫び声が聞こえたような気はしたが、面倒そうに腕を振るったコクリは穴を閉じると、自分の腕を拭くマーラを玉座の横に跪かせ、その頭を撫でる。


「すまんなあ、トラソルテオトル。お主の眷属じゃが、けじめと言うやつじゃ。許してくれ」

「……もったいないお言葉。恥ずかしながら今回の件は部下の不徳です。お手をわずらわせました」

「くく、なあに、退屈凌ぎよ……さぁて、良い楽器も手に入ったことじゃ、何か次なる手を考えねばのう?」


 そう言って新たな魔珠を取り出して、開いたのはエインが出演している生配信。

 悪魔以外には聞くに堪えないBGMの中、ひざまずいた2体の悪魔は、正直言えばこんなタイミングで働きたくなかった。


(コレ、オレがミスったら完全に死ぬやつじゃん……マーラがどうにかしてくれねぇかなあ、同じ『四天魔』なんだし)

(トラソルテオトルのバカ……! なんでよりによって私がコクリ様といる時に失敗の報告なんか寄こすのよ!)


「コクリ様」

「ん、どうした? トラソルテオトル」


 失望させるなよ、という無言の圧力に屈すること無く、トラソルテオトルが口を開く。


「エインが調べてきたカキョムという王都の情報がございます。それを仲間に共有した上で、記念すべき大陸侵略の第一歩とする計画の立案、お任せ頂けませんでしょうか?」

「ほほう? しかし落成式はどうする?」

「もとよりまだ我々は、有り余る魔力でダンジョンごと大陸を渡っただけ……第一歩とは到着ではなく、侵略のくさびを打った時だと思います。捕らえた民を侍らせ、全世界に我々の覇道を知らしめてこそでは?」

「ほほう♡ それは唆るな!」

(このクソ貧乳野生児何言い出すのよ!? アンタそんなキャラだったの!?)


 どう見ても頭や口が回らないおバカキャラだと思っていたトラソルテオトルの口の上手さに驚愕きょうがくするマーラだったが、既にもう遅い。


「確かに少々の冒険者では宴に足らぬな……しかしそれでも前祝いは欲しい。マーラよ、頼まれてくれるかのう?」

「わかりました、それではマーラの仕事は後半に回した上で、本格的なプランはこちらで考えておきます。それで問題ないよな、マーラ」

「も、もちろんですわコクリ様、そしてトラソルテオトル……」

(決めた、全部終わった後で殺してやるわ)


 しれっと話を進めた同僚に殺意を抱きながら、マーラはその身体を変質させた。


 ――ドレスのような服の背を破り、ぞわ、と現れたのは蜘蛛クモの腕。


「では行って参ります」


 必死で怒りを隠したその後ろ姿を見ながらトラソルテオトルは、


(……どーせオレが来なきゃマーラお前がオレら任せにする気だっただろ。抜け駆けしやがって)


 心の中でピースサインをして、今も喘ぎ声を上げるエインのことは全部忘れた。

 そんな弱肉強食ならぬ、出し抜かれる方が食われる世界。


 ――それが悪魔たちの、日常だった。

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