第79話 とてつもなく厄介なダンジョン

「うう……ここは……」

「ジャック、目を覚ましたか!」


 カキョムの病院、その最上階の個室でジャックが目を覚ました時、そこには『勧善懲悪ノブレス・オブリージュ』の面々が揃っていた。


「モックス? なんで僕は病院に……ああそうか、僕はあの悪魔に逃げられて……」

「もう、何を言ってるんですか」

「逆転勝利。酔った帰りに悪魔に襲われて、生きてるだけで十分」


 果物の皮をナイフで剥きながら、サレナが微笑む。

 その隣には、本を手にしたマリンがいた。


「ありがとうみんな……あ、そうだ他の皆さんは!」

「すぐ来ますよ。現状確認と、これからの作戦を寝るために」


 ――そしてそれからしばらくして。


「ようやく詳しい話が聞けるな、病み上がりにすまないが……」

「いえいえ、なんでも聞いてください」


 部屋にはヴェノム、コロラド、マサラ、ガンビット、サクラ、エイルアースが入り、スカーレットが外で見張りをしている。

 枕元にサクラが寄って、ベッドの上で上体を起こしたジャックに尋ねる形だ。


「単刀直入に聞かせてもらおう、アレは何だった? 一応こちらとしては悪魔として認識しているが」

「間違いありません、アレは確かに悪魔でした。おそらくはカラスの血を引いた……」

「やはりそうか……サクラさん、『警戒レベル』はどれくらいになる?」

「『2』だね、既に襲われているから」

「あの……警戒レベルって何です?」


 ガンビットとサクラの会話に、申し訳なさそうにコロラドが尋ねる。


「モンスターがダンジョンの外に出た場合の脅威度だよ。簡単に言うと発見だけなら1、被害が出て2、出歩くのを規制する段階で3、町の崩壊の可能性が出て、即時対応が必要になれば4、避難命令が出るのが5だね」

「なるほど……」


 しかしそこで、ベッドに座ったままのジャックが言った。


「あれは、でした……『あの方々』と上に誰かがいることをしきりに口にしていましたし、あの力は悪魔以外にあり得ません。それがレベル2というのは低すぎませんか?」

「そうは言ってもね、流石に外に出るのを規制できるほどの状態じゃないんだ。今ちょうど話を振ってくれたからその話をするけど、今回ジャック君を襲ったのは『サキュバス』だね。しかも……配信者だった」

「サキュバスですか……そうか、配信やってるもんなサキュバス……」


 ――サキュバス。

 古来から伝わる、動物の『精』を吸い取って生きる悪魔。

 力は獣人並み、知恵は人間並み、寿命はエルフに近いという、全体的にバランスのいいステータスをしている。

 しかし今現在、明らかに表情を曇らせているのはガンビットとヴェノムだった。


「サキュバスか……いい思い出が無い」

「サキュバスにいい思い出があったらそれは絞りつくされて死ぬ寸前の被害者だろ」


 冒険者ギルドにとって、サキュバスは群を抜いた嫌われ者と言っていい。

 ダンジョンの攻略中にサキュバスに出会うということは、すなわちすぐに引き返して相手の話から逃れるという、非常に面倒な戦法を要求される状況なのだ。

 下手にそのまま残って襲われては危険、話術の悪魔にペースを握らせず、とにかく仲間を連れてこい、ソロなら攻略は諦めろ、となる、とにかく全てにおいて対処が面倒な悪魔が、今この街を歩いている。


「だよな……『男殺し』め。街を堂々と歩くとはえらく自信家だな」

「それで、どんなサキュバスだったんですか?」

「現場にはムチが落ちていたよ。謎の粘液がべったりついてたけどね。調べたところ……危険な媚薬だった。うっかり素手で触ろうものなら、まあその日の予定は全部キャンセルして寝込むしかないだろうね。それくらい、脳に来る劇薬だった。つまり街中でそんなものを駆使して人を襲う悪魔ってことさ」

「とんでもない通り魔じゃないですか」

「その通りだよ、ジャック君、良かったねえ無事で」

「はい……」

「なあ、少し良いか?」


 と、今度はそこでエイルアースが手を挙げた。


「何です?」

「どうも引っかかるんじゃが、なぜそのサキュバスはジャックを襲った? サキュバスの知能は高い。そんなものがあるならわざわざジャックを襲わずとも……」

「それは妾が答えよう。それは、あいつらの性格のせいよ」

「性格、じゃと?」


 首をかしげるエイルアースに、苦々しげにマサラが教える。


「……サキュバスは常に『強い男』を求める。それこそお主らが伴侶を探す熱意とは比較にならんほどにな。

 ゆえに、そんな面倒な媚薬を手にしたサキュバスが強い男を襲うのは何も不思議はない。妥協を知らんからなアイツらは……ちなみに言っておくと死ぬ心配はしなくていいぞ、年単位で毎日サキュバスの『巣』でだけよ」

「だけってレベルじゃないだろ」

「ん? オークでもゴブリンでも、モンスターに対する敗北は死と同じではないのか? であれば、まだ有情マシであろ?」

「……まあその通りなんだけど」


 そのマシ、と言うのは即死が良いか、飼い殺しにされて死ぬのが良いかの終わっている二択にすぎない。


「それでサクラさん、そちらとしてはどのような対処を? ウチのギルドとしては協力を惜しまない。なんでも言いつけて欲しいのだが」

「頼もしいね。今ウチで急ピッチでビラを作っているところだから、今晩には注意喚起ができる。そのビラ撒きに参加してもらえばいいかな。キミが参加するだけで効果は抜群だよ」

「そう言ってもらえるとありがたい。では一足先に私はギルドに戻って指示を出して来る。ビラの受け取りは駐屯所に向かえばよいかな?」

「ああ、お願いするよ」

「よし分かった。ではなヴェノム。頑張れよ」

「頑張れって、俺はまだ何も……」

「おいおい、わかってるんだろう? この流れだとお前の仕事はサキュバスの討伐だぞ。良かったな、魔物相手だし儲けは悪くない」

「うるさいな、それで今考えてんだよ」

「ワハハ、お互い頑張ろう! それではみなさん、お先に失礼する」


 そう言ってガンビットが去ると、はあ、とため息をついてヴェノムがサクラに顔を向ける。


「で、どうするんです? ここにいるメンツも混ぜて……まあジャックは動けるか微妙ですけど、みんなでサキュバス狩りでも行きますか? 例の『誰もまだ帰ってきていないダンジョン』の件は後回しになっちゃいますけど……」

「うーんまあそれしかないだろうね。最低でもペアを組ませて、討伐に参加してくれる冒険者を募るしかないかな」

「うん、そうだね、それで……」

「あの」


 と、そこでジャックが口をはさんだ。


「昨夜のサキュバスなんですけど、相当遠くに逃げたと思います。もしかしたら次は、そこからが来るかもしれない」

「え?」

「どういうことだジャック」

「モックス、僕の魔力感知能力は知ってるだろ? 最後にアレが消えた時、かなり遠くへ消えたがしたんだ。転移魔法だからね、用いられた魔力がとてつもなく多かった。その感覚を信じてくれるなら、あのサキュバス、どこか遠くのダンジョンから来てる。で、今ヴェノムさん、誰もまだ帰ってきていないダンジョンがあるって言いましたよね? 方角ってわかります?」

「おいおい、まさか……」


 この時点で全員が察したが、サクラはこのあたりの地図を広げ、赤い×のついた地点を指さした。


「ここなんだけど、昨日の路地との位置関係は……南か」

「あ、そうです。アイツが逃げたのはこの方角です!」

「凄いね、転移魔法の近くにいたとはいえそんなことまで」

「感じた魔力を読むのは得意なんです、使う方はイマイチですけど」

「……つまり、このダンジョンは……」

「『』。……すごく厄介」

「それは……困りましたね」


勧善懲悪ノブレス・オブリージュ』が、困惑して言った。


 悪魔がボスのダンジョン。それはつまり――


 ――間違いなく近くの都市を襲う、Aということだ。

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