第77話 最後の旅へ

「なんじゃ、サクラも誘ったのか」

「ええ、せっかくチケット貰えるチャンスだったんで」

「相変わらず気前の良い商人じゃのう。お主、つくづく配信者として運が良かったな」

「それは本当にそうですね……」


 三つ星酒場【悠久の実りと恵み亭】は会員制の個室を多く持ち、その中の一つに専属バーテンダー付きの広い個室がある。

 赤絨毯の広い部屋にはカウンターとテーブルの両方があり、10名程度の会合に適した部屋として利用されていた。


「ヴェノムさん、お招きありがとうございます!」


 するとそこへ扉が開いて、聞き覚えのある声がした。


「久しぶりだなジャック。どうだい、この街は」

「食べ物が美味しいですね、水が良いのかな? ウチのみんなも驚いてましたよ」

「そりゃ良かった。でもあの二人は本当に良かったのか?」

「モックスは、あいつ酒の匂いで酔うんですよ。別に酒乱じゃないんですけど、その後3日は拳がブレるって1回も飲みに来たこと無いです。マリンさんは買った本を読み尽くすまで部屋を出ませんし」

「へー……」


 ストイックだなあ、とヴェノムが感心した時、残りのゲストもやってきた。


「ジャック、遅くなりました。ついこちらの方と話し込んでしまって……」

「サレナさん。いえいえ、女性の支度を待つのも楽しみですよ」

「上手だねぇ、はじめまして。騎士団駐屯所所長のサクラです」

「『勧善懲悪ノブレス・オブリージュ』リーダー、ジャックです。治安維持局の本部を駐屯所……って言うんですねこの街は」

「ああ、実は本部は王宮にあるんですよ。騎士団の本部長は軍事顧問と兼任なんですが、辞任まで名前を出さないしきたりなんです。癒着ゆちゃく賄賂わいろを防ぐためにね」

「へぇー……色々あるんですね」


 言いながら握手を交わすジャックとサクラ。そしてエイルアースとも握手を交わして、今部屋にいるのはヴェノム、ジャック、エイルアース、サクラ、サレナの5名。

 見当たらないコロラドとマサラを、ヴェノムがキョロキョロと探した。


「誰かコロラドとマサラ見てません?」

「ああ、彼女達なら……」


 その時、再度扉が開いた。


「待たせたな」

「お、おまたせしました……」

「ほう、なかなか良い服じゃのう」


 現れたのはコロラドで、着ていたのは赤いドレス。

 あちこちに花飾りをあしらったその服は、ブリージに勧められて買ったものだった。雑貨屋の仕入れだし、とロクに見もしていなかったヴェノムは不意打ちのように衝撃を受けて、つい普段とは違う衣装のコロラドに魅入ってしまう。


「……ど、どうですか? 似合いますか? ヴェノムさん」

「あ、あぁ……すごく似合ってる。キレイだよ、コロラド」


 それしか言えないヴェノムに呆れて、


「ヴェノム、その感想は50点じゃな」


 エイルアースが呟く。


「うーんギリギリ60かなぁ」

「あら、70くらいでは? 初心なのも味わいですよ」

「服……まぁ要らんとは言わぬが、良いものなのか? よくわからんが0点」

「いやいや、言葉を失うくらい良いってことですよ! 素直に言うのが100点です、ね、コロラドさん!」

「え、と、はい……」

「はー、じれったい奴らめ……まぁ良い、飲むぞお主ら」


 そんなわけで、酒宴が始まった。


「――で、最近どうなん? そっちは」

「いやぁ変わらないですよ、復興しても復興しても汚職汚職、キリが無いです。調べるのだって楽じゃないですし」

「だよな? 動画じゃポンポン捕まえてるけどさ、あれ絶対下調べ大変だろ?」

「そりゃあそうですよ、まず疑惑から調べて予定組んで、確実に悪いことやるぞってタイミングで討ち入りですからねぇ」


 男女に分かれて、カウンター席とテーブル席。


「聖職者ってお酒大丈夫なんですか?」

「はい、悪いのは美味な酒ではなく、酒に負ける我々の側ですから」

「ほう、面白いの〜」

「所長としては身に沁みる言葉だね」

「ちっ、やはり聖職者か……なーにが聖なる力だ面白くない」


 ワインをラッパ飲みするマサラは、苛立ちを隠そうともせずにそう言った。

 八又の猫の尾がわらわらと揺れていかにも悪魔らしい彼女に、


「あらあら悪魔さん、神様が嫌いですか?」

「うん?」


 笑みを浮かべて、サレナが尋ねる。


「……好かぬ。特にそれを口にするものはな」

「同じですよ」

「ん?」

「私も神様は嫌いです。事故を正当化する、ただの言い訳。貴女を害したのもそういう間違ったの言葉でしょう」

「……聖職者ではないのか? なら聞くが、神とはなんじゃ」

「救い、導く者です。善き者の支えとなり、善き者を救う。それだけが神です」

「……それを探すが見つからぬ、か?」

「はい。誰の心にも居るはずなのですが、それを言葉にしたものはどこにも……」

「ふん」


 がっ、と新しい酒瓶を手にして、マサラがそれを押し付けるようにサレナに見せつけた。


「お前が理解すべきはコレだ、甘えた聖職者め」

「コレ……とは?」

「酒だ。だが妾が手にしているのはだ。ならばなぜ皆、妾が掴んだのをだと思う?」

「それは……瓶の中にお酒があるからで……」

「そうだ。お前はそっちを求めている。酒瓶の中の酒を求めて酒瓶に訊ねている。だがそれは間違いだ。酒を語るのは」


 ポン、と栓を抜いて酒をグラスに注ぐ。


「こうして、酒を出して口にしてからだ。。お前が信じる神をな」

「……私が信じる、神をあらわにしろと?」

「言葉もなしに、本当に神が伝わるか? 語られる神がどれだけ醜悪でも、お前が信じる神はお前が言葉にするしか無い……それだけよ」

「ふっ、悪魔の問答じゃ。なかなか面白いのう、サクラ」

「冷や冷やしますって。ちゃんと悪魔なんですねぇ、貴女」

「も〜、変な道に誘っちゃダメですよ。ごめんなさいねサレナさん」

「……いえ……そうか、そうだったんですね。私も、甘えていたのかもしれません、いつか見つかるはずの信じる神様に……」


 と、そこへ扉が開いた。


「よう、久しぶりだなヴェノム!」

「お邪魔するぞ……おおサレナ! 久しぶりだな、帝都にいると思ってた!」


 現れたのは、ガンビットとスカーレット。


「ジャックの誘いで旅に来たんです。でもここは、貴女から聞かされている以上に良い街のようですね」

「そうなのか? そう思ってくれたら嬉しいぞ、私は!」

「ガンビット、お前仕しすぎだろ。たまには休めよな」

「ハハハ、そう言うな。さっき例のダンジョンの最深部のボスが分かったんだ! 三ツ首のミノタウロスだったぞ! 救援と援護にウチのを行かせた!」

「はーん、そりゃ今日は眠れねぇな、おめでとう」

「なんだつれないなあ、『北の大洞窟』はお前がミノタウロスを倒したダンジョンだろう?」

「今更興味ねぇよ、行った連中の無事以外はな」

「え゛っ、ヴェノムさんの過去話カコバナ!? ガンビット様、ぜひ僕、聞きたいです!」

「おおジャック君。酒の勢いであるだけ聞かせるのも悪くないな。なぁヴェノム、構わないだろ?」

「構わないわけがないだろもう酔ってんのか」


 かくして料理と酒で夜は更けて、


「本当にごちそうさまでした、ヴェノムさん……」


 ふらふらに酔ったジャックが、頭を下げて帰ろうとしていた。


「ジャック、私はもう少しこの方々と話をして帰りますね」

「わかったよ〜」

「ヴェノムさん、私もエイルアースさんたちと一緒に帰ります」

「ん、危なかったらどこか泊まれよ」


 どうやら女性陣はまだ話し足りないようだった。


「それじゃあありがとうございましたヴェノムさん……ひっく」

「送ろうか? 俺もガンビットも寝床くらいのアテはあるぞ」

「いーえいえ、大丈夫です大丈夫……」

「あ……あーあ、行っちまった」

「大丈夫かね……」


 心配するヴェノムとガンビットをよそに、路地裏へと消えるジャック。

 さらにそこから角を2度曲がって、気持ち悪そうに建物の壁に手をついた。が、


「……そろそろ、出て来たらどうです?」


 まだ夜は、終わらない。


「おやおや、バレてました。でも……気づいたのは、貴方だけ」


 コッ、と音がして、暗闇の中から現れたのはカラスの羽を持つ悪魔。

 その魔力と迫力だけで酔いは冷めて、向けられた殺意で――


「だからまだ、ここで殺せば問題ない」


 ――戦いの、ゴングが鳴った。

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