第75話 悪の組織は地下で企む

 ヴェノム達にダンジョン攻略の話がもちかけられたその日の夜、大陸の片隅のどこかの地下へ、一羽のカラスが白い魔法陣の光の中から帰還した。


 赤い蝋燭ろうそくの灯りが妖しく灯る廊下を風を切るようにカラスは飛び、その先にある木の扉の前で黒煙とともに何者かへと姿を変えた。

 すると木の扉は勝手に開き、カラスの姿だった『彼女』の眼前に現れたのは大理石の円卓と、部屋の四隅を背にして椅子に座る影。

 極端に暗いその部屋に頭を下げて現れたのは、鳥の羽を持つ獣人――ではなく、鳥の血を引く悪魔だった。


「――只今戻りました、皆様」


 ハーピィと呼ばれる悪魔は、血の濃淡を調整し、変身能力を有している。

 そしてそれを、主人の為に用いるのが彼ら『使い魔』だ。


「お帰りエイン。みんな貴女を待っていたわ、さぁ聞かせて? 貴女の見てきたことを」


 よく響く女の声が、左奥から聞こえた。

 まるで歌劇オペラの開演を待ち望むような声色で、僅かに光った赤い魔珠に照らされて豊満な体つきをしたシルエットが浮かぶ長髪の女。


「おい」


 しかしそこへ、ボーイッシュな別の女の声がその対面から響いた。


「なんでテメェが仕切ってんだよマーラ。エインはオレの使い魔だろ」


 黄緑色の魔珠が僅かに光り、マーラとは対象的な、凹凸の少ない身体に短髪のシルエット。円卓に足を載せたまま、声と覇気で凄みを利かせる。


「あら、ねぎらうのが遅いのよ。アタシは一番乗りで声をかけた、だ・け♪ 悔しかったら次から気をつけなさいな、トラソル」

「んだテメ……!」

「やめるべきデス」


 そこへ伸びたのは、白いぬいぐるみの腕。

 張り詰めた空気を割り裂くように胴体の長い猫のぬいぐるみの腕が伸びて、その胴体を抱きしめるように抱えているのはゴシックロリータ服の少女。

 そしてその胸元で白く光る魔珠の魔力が、ぬいぐるみを変形させて元の長さに戻した。


「ソドの言うとおりだと思うよ〜」

「ヴィルデ……お前も止めるのかよ」

「そりゃ止めるよトラソル〜。お前ら何でもかんでもぶっ壊すじゃん」


 そして最後にソドと呼ばれた少女の対面に、ぐったりと円卓に上半身を預けたメガネに白衣の少女が現れる。


「久しぶりの定例会議なのデス、仲良くすべきなのデス」

「そーそー、あの方のとばっちりとか考えたくないもんボク〜」

「……そうですね」

「でしょ〜?」


 べぇ、と出した舌の先には、紫色に光る魔珠。蛇のようなというよりは、蛇より長く細い舌を引っ込めて笑った。


「それにしてもリ……」

「リ?」

「えっ」

「あ……」


 次の瞬間、彼女達は椅子から降りて片膝をつき、彼らの『王』を迎えた。

 一糸乱れぬその動きは容姿も性格もバラバラな彼女らが一つの組織の構成員なのだと見る者に分からせる。


「「「「大変失礼致しました!」」」」


「……良い。なかなか面白い掛け合いであったぞ」


 パチン、と扇子を閉じて、いつの間にか最も上座にいた、彼らの長。

 その姿を許しがない限り直視することすら出来ない彼女らは、目を閉じてひざまずいたままだった。


「コクリ様、お久しぶりでございます」

「ふむマーラや、そちから捧げられた魔珠、あの量を集めるとは見事であったぞ」

「勿体無いお言葉」

「コクリ様、オ……じゃなく私は……」

「おおトラソルテオトル、そちの捧げた『おーく』とやらの肉、美味であった」

「ありがとうございます!」

「コクリ様、私は……」

「おおソドム、そちの『』らはよく働いておる。実に愛らしいぞ。そしてヴィルデフラウ」

「はい……」

「お主の作ったこの服、『キルモノ』とか言ったか? 変わった名前じゃがとても肌に良い。流石じゃ」

「へへへ……」

「さて、ではおもてをあげよ」


 バッ、と扇子を開く音がして全員が顔を上げれば、そこには黒い着物を着崩した九尾を持つキツネの血を引いた悪魔――リリス・コクリがいた。


「まず皆の者に伝えよう。昨今の働き、実に見事であり大義である。

 今や『あの大陸』に魔珠は行き渡り、あの『ていと』とやらで十分に魔力は集まった……邪魔は入ったがな。しかしそれは些事さじ、覇道における小石に過ぎぬ」


 最後の部分にぴくりとマーラが反応し、それを見た悪魔、コクリは笑みを深くする。


「しかしこのような時期もいつまで続くか……大陸の連中とて愚か者ばかりではない。『配信』はもはや常に目をつけられる始末じゃ。

 一体いつまでこうして蜜月を楽しめるのか……気になるのう? トラソルテオトル?」

「は、はい、ですので使い魔のエインを飛ばしました! これから報告を受けます!」

「うむうむ、良い良い……では聞こうではないか、我らの邪魔をしたヴェノムとかいう毒使いの話を。……勿論、その後はわかっておるな?」


 どろりとした見下すような視線を投げれば、彼女の部下達は面白いように怯えて叫んだ。


「はい、必ずや御前に!」

「はい、必ずや四肢を砕いて!」

「はい、必ずや生かしたままデ……」

「心からの忠誠を捧げさせます〜。……ふひひ、その後はみんなで食べますけど」

「ククク、夢はふくらむのう。さあ待たせたな、語れエイン。じっくりとな……」

「……かしこまりました」


 かくして使い魔は、ここ半年調べた成果を全て語った。

 その合間合間に部下が挟むむごたらしい提案を満足げに耳にしながら、ヴェノム――否、達は、その計画を進めていたのだった。

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