最終章 最期にして最強の敵

第74話 駐屯所に行こう!

「ったく、カキョムに来たんならこっちに早く来てくれよ。キミたちから聞きたい事情がどれだけあったと思ってるんだい」


 王都カキョムの騎士団駐屯所所長・サクラは頬を膨らませて怒っていた。

 とはいえ案内された応接室にはサクラ・ヴェノム・コロラド・マサラ・エイルアースが集い、紅茶のカップも頭数あたまかずと同じ数だけ用意されている。


「すいません、手紙は出してましたし先にスカーレットだけ帰したんでどうにかなるかと……」

「あいつの報告は下手なんだよ、ちゃんと聞きなおすと新しい事実とか言うし」

「あーそれは……」

「しかも帰ってきたお祝いとかでさっき連れ去られていったよ。ありゃしばらくは終わらないな」

「……そうでしたか」


 確かに彼女は訊かれたことには答えるのだが、何を言えばいいのかあまり分かってタイプの人間であることは間違いない。やはりサボるわけにはいかないか、と手抜きを諦めて、ヴェノムは報告をすることにした。


「おっとごめん、先に必要な手続きだけちゃっちゃと済ませちゃおうか。ハイこれ、そこの……マサラちゃんだっけ。受け取ってくれ」

「マサラちゃんはやめろエルフ。……マサラでいい」

「そうかい。じゃあマサラの身分証明書ね」

「みぶん……?」

「この王都の民だって証だよ。駐屯所の保証なんて滅多にもらえないんだぞ」

「良かったですね、マサラ」


 微笑むヴェノムとコロラドだったが、当のマサラは渡された身分証明書――単なる一枚のカードを見ながら不思議そうにそれを見ているだけだ。


「ふむそうか。で、これは何に使える?」

「家も買えるし仕事も多少は楽に見つかるけど」

「いらん!」

「あと高い買い物もしやすいぞ」

「それは食い物もか!?」

「……ああ、そうだな。高い店でも断られなくなるぞ」

「それを早く言え、危うく捨てる所だったぞ」


 こいつめんどくさいな、と思いヴェノムはため息をついた。

 しかしよく見ればそのカードには『獣人』として登録されており、コロラドが口を開く。


「マサラって獣人扱いなんですか?」

「悪魔らしいけど、まさかそのまま書くわけにはいかないさ」

「お前はそれでいいのか?」

「別に気にしようとも思わん、妾は妾よ。それより早くこのカードで行ける店とやらに行きたいぞ!」

「……まあそれで良いなら良いか」


 というわけでこれで気兼ねなくマサラは街を歩けるようになったわけだが、もちろんそれだけで話は終わらない。


「さて、聞かせてもらおうか。あの時帝都で何があった? あ、もちろん正直にね。ここでの会話は外へ漏らさないし、手紙にも書けなかったような危ない情報はどんどん出してくれ」

「えっとまずですね……」


 それからまずヴェノムが説明を始めた。

 帝都を探りながら超☆会議に参加するにあたり、貴族を訪問し、街を歩き、奴隷を探し、その扱いを推理していたこと。そしてそちらにまるで関係なく、超☆会議の裏では貴族の八百長、帝都の王宮での魔珠による『枯れた世界樹』の暴走などがあり、今回はそれに巻き込まれたこと。そしてエイルアースの指示で樹を枯らし、樹に肉体と、おそらく精神まで乗っ取られた帝王を倒したこと。


 ――そして最後に、


 それらを、なるべく丁寧に説明し終わった。


「ふむ、ありがとう。捜査協力、本当に助かったよ」

「いえ……」

「それで報酬のことなんだけど、ブリージ氏に預けてあるからね。ハイこれ預かり証」

「ありがとうございます……あれっ」


 預かり証を見ると、

 帝都を探る件で契約した額の倍くらいあって、その段階で嫌な予感がしたヴェノムは、


「あの、この額……」

「それで頼みたいことがあるんだけどね」

「待ってください嫌ですよ!」

「ちっ」


 ギリギリのところで『もう報酬は振り込んでおいたからね』とされるのを回避した。


「どうかしたんですか?」

「危うく次の仕事が決まるところだった……」

「良いことじゃないんですか? ちゃんとした仕事相手が一番安全だと思うんですけど」

「額が良いからって話も聞かずに請ける、ダメ絶対、だ。それこそサクラさんはしれっと無茶言うぞ、10割無茶を言う師匠と友達なんだから甘く見るな」

「おいこらヴェノム」

「なるほどです」

「おいこらコロラド!」


 全く生意気になりおって、とぼやきながらエイルアースは紅茶に口をつけ、


「で、頼みって何なんですか?」

「キミ達、まだ冒険者は続けてるんだろう? だったら、ちょっと気になるダンジョンがあってね。見に行って欲しいんだ」

「気になる……ダンジョンですか」


 ダンジョンと言う言葉に、全員が考えを巡らせる。

 そしてそんな中、街の中を守る王都騎士団にしては珍しいな、とヴェノムは思った。普通なら騎士団が何かダンジョンの情報を掴んだとしても、ガンビットのようなギルド長に話を回して冒険者たちに対処させるのが普通。ということは、


「なんじゃ、盗賊団のアジトにでもされたか?」

「いや、そうじゃありません」

「じゃあ、魔物の氾濫ですか」

「いや、それも違う」

「ふっ、分かったぞ、そこに何か重要な宝があるのだな? そしてそれを他の王都に先んじて手にしたいと」

「ハズレだよ」

「あ、分かりました!」


 最後の回答者であるコロラドに目が向く中、コロラドは笑顔で、


「向かった冒険者が誰もまだ帰ってこないんですね?」


 そう言った。


「正解!」

「パスパスパスパスパスパスパスパスパスパスパスパス!!」

「なんだい、そんなに怯えなくても良いじゃないか」

「むしろこれにビビらなかったら何にビビるんですか!」

「帰還者0は確かにそうなるけど、でもまだ行ったのは二組だけだよ。ソロと四名のパーティで計五名だけどね」

「う、うーん……?」


 一度のミスで30名単位のパーティが全滅することすら珍しくないダンジョンにおいて、確かに5名と言うなら少ない数ではある。

 しかし帰還率0%は言うまでもなく恐ろしい数字であり、確かにこれ以上命を食わせれば、王都に『攻略禁止』の令を出させる意見も出てくるだろう。


「一応聞きますけどガンビットは」

「話は持って行ったけどほら……なんて言ったっけ、例のヴェノム君のミノタウロスの件のさ」

「『北の大洞窟』ですか」

「そうそこ。そっちの攻略にかかりきりだって」

「あそっか……」


 ミノタウロスを倒したヴェノムだったが、ダンジョンが生み出す魔力は中の罠や魔物を復活させる効果を持つ。

 あのミノタウロスも復活に時間はかかりそうだったものの、流石に半年も放置すればまた復活されてもおかしくない。その前に攻略してダンジョンのコアを破壊あるいは持ち帰って、復活や町への襲撃を防ぎたいと思うのは良くある話だった。


「……返事はいつまでに?」

「2日で頼むよ。細かいことはまた文章にしておくけど、悪い取引じゃないと思うけどね」

「考えときますよ。じゃあ帰ろうか」

「儂はもう少し残る。お疲れじゃったな、サクラも」

「酒が余りましたよ、後で飲みましょうか」

「ふふふ、今日はそれが目当てじゃよ」

「何だもう帰るのか?」


 かくしてこの場は解散となって、秘密の話し合いは終わったかに見えた。


「……」


 しかし一羽のカラスが、窓の外から一部始終をずっと見ている。

 そしてその瞳には赤い小さな魔珠が入っており、鳴き声一つ上げず、そのカラスは翼を広げて飛び去って行った。

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