第72話 誰も座らない玉座の前で

 帝都が誇る王宮の、玉座の間。

 本来はありとあらゆる金銀財宝をちりばめた芸術品に囲まれ、床から窓枠、天井に至るまで帝国の繁栄はんえいたたえる絵が描かれ、彫刻がほどこされていたはずのその部屋は、今やあちこちに枯れ木の根が這うだけの暗い部屋だった。


 そこへ扉が開いて、三つの影が現れる。


「――来たカ」


 部屋の中央でそれを認識し、振り返ったのはかつてこの国を治めた男……カイゼル四世だった。


「初めまして、かな。帝王様」

「良く来タ……などと歓待かんたいするつもりはなイ」


 服装こそ帝王らしかったがその体は枯れ木で出来ており、うつろに空いたただの暗い『穴』となった口から幽霊のような声を発する。そして同じく瞳の無い『穴』となった眼が、存在しないはずの眼球でヴェノム達を視ていた。


「貴様ラ……何故真人わたしを止めル……真人はこの大陸の皇帝、頂点に立つ者……何故この『世界樹』と同化し、永遠の幸福を得ようとせヌ……」

「言わされてる感、凄いですね」

「永遠の幸福と来たか。里のスケベジジイどもすら引っかからんぞ」

「……愚かナ!」


 ベリベリと壁の根が剥がれ、その隙間からイビルアイが這い出して来る。


「今更ザコの数頼みか?」

「戦いの相性を数がくつがすこともあル……貴様らはこの『コア』に辿り着いたのではない、誘い込まれたのダ」

「ちっ!」


 カラフルなイビルアイの軍団が、おそらくはあえてゆっくりと部屋を埋め尽くしていく。


「……わらわの出番か」

「ほウ? 悪魔憑き……八尾の白猫カ。文献で読んだナ……確か」

「悪魔違いであろ、死ね!」


 マサラがそう叫ぶと、輪を描くように展開した無数の炎が周りのイビルアイに炸裂する。群れを成したイビルアイ達はそれを合図に列を成して、突撃を開始した。


「『コア』を探せ、ヴェノム! この量のモンスターを生産したからには、絶対にこの近くにある!」

「はい!」


 叫びながらエイルアースが煙玉を投げ、そこに突撃したイビルアイ達はそのほとんどが仰向けに倒れて動きを止めた。


「半端者めが」

「やかましい!」


 その討ち漏らしを正確に炎が射抜いて、部屋中にびしゃびしゃと粘液や血が飛び散る。


「どれ、私も相手をしよウ」

「木の幽霊と戦う趣味はねえよ」

「そう言うな、実を言えば……直に敵を斬ってみたかったのダッ!」


 ボウ、と皇帝――カイゼルを模した化け物の腕が光り、木の剣を作る。しかし膨大な魔力を圧縮したそれは、禍々しい赤黒さをまとった魔剣の腕へと変化した。


「くそ、剣は苦手なんだよ!」


 言いながら、ヴェノムは腰のナイフで剣を防いだ。

 しかし毒を塗ったはずのナイフと赤黒い魔力の剣は触れた場所から泡と化して、互いに溶けたのを見て同時に下がった。


「木を溶かすほどの毒カ。剣は苦手などと、なかなかの詐話師さわし……ククク、王宮には腐る程いたが、命を賭けた此時までとは感心するゾ」

「鋼に勝つとか最強の木の剣じゃねえか、ふざけんなよ」


 猛毒を塗っていなければ今の攻防でナイフを破壊されて終わっていた。

 しかし木の身体である以上、少なからず毒は通じるという希望もある。


(しかしコアが見つからねぇ)


 しょせん目の前の木の亡霊は人形、おそらくはこの枯れ木の意志を代弁させられているマリオネットに過ぎない。

 しかしだとしても、一切見えないのは理由が分からなかった。


(ここにあるのは玉座と絨毯じゅうたんくらい……? いや、あの位置だけそう言えば……!)


 部屋に注意を払うと、ヴェノムはあることに気づく。

 そしてその表情の変化に気づいたのか、木の亡霊が再度切りかかってきた。


「死ネ、混ざりものヨ」

「ここへきて差別か? お里が知れるな皇帝陛下!」


 振るわれる剣をかわしながら、ヴェノムは円を描くような動きで亡霊との位置関係を入れ替える。


「クッ……!」

「どうした? 来いよ皇帝!」


 皇帝の玉座を背にして、ヴェノムが挑発する。


「不心得者ガ! そこは真人の椅子であるゾッ!」


 ガキン、とヴェノム頭のあった位置を赤黒い剣が掠めて、玉座に埋まる。


「く……」

(勝っタッ!!)


 亡霊が読んだのは、ヴェノムが逃げる一手。あえてこれまで腕のみだった剣を全身から生やし、串刺しにする――つもりが、


「……なんてなあ!」

「何ィ!?」


 煙が、一瞬で充満した。

 これまでにあらゆる毒を用いていた男の自爆戦法に、慌てて亡霊は思考する。


(解毒……解析を!! ならコアに取り込み、耐性付与が間に合う!)

「やっぱそこか!」

「なアア!?」


 亡霊の身体が、逆さまになった。


「マサラ、腹だ!」

「指図するな!」


 言いながらも的確に蒼い炎が亡霊の腹に当たり、その身体はに激突する。


「アッ……アア゛……ッ!!」


 そして類まれなる切れ味を持つ魔力の剣は、


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」


 ――玉座の後ろの壁、その『中』にあった赤いコアに、深々と突き刺さっていた。


「動くな!」

「ヴェノム下がれ、ダメ押し、じゃ!」


 そして先程のとは色の違う煙が2色広がり、処理できない毒素が亡霊と割れたコアをむしばむ。逆流した毒素は根を通じて行き渡り、急速に木々を溶かしていく。


「おお、木が崩れるぞ!」

「ドロドロになっていくぞ、何が起きた!?」

「目玉の化け物も瓦礫がれきももう来ないぞ、助かった!!」


 そしてすぐに街の民や祭りの参加者もそれに気づき、暗雲が晴れて差し込む陽の光の中、後に残ったのは、


「……さて、どうするのかねコレ……」

「助かったんだから喜びましょう、ヴェノムさん!」

「気は抜くなよ、まだ魔物がいないとも限らん」


 ……ボロボロになった、帝都の誇る要塞と王宮。そして、


「ギュ……チ……」


 ――彼らを陰から狙う、一匹の魔物だった。


「……あっ」


 気づいたのはコロラドで、そこに背を向けていたエイルアースとヴェノムは、へたり込んで動けない。

 イビルアイの目が怪しく光り、闇の球体が今まさに放たれようとしている。


「ヴェノムさ」


 ……聞こえたのは、そこまでだった。


「……コロラド?」


 コロラドの身体が、床を転がる。

 ヴェノムの身体を突き飛ばして、何かの身代わりになったコロラドは、仰向けに倒れてピクリとも動かなかった。


「コロラド!?」

「がはっ!」

「良かった、生きて……おいコロラド!?」

「あ、ああ、熱い……熱いいい!」


 何を食らった、と思考するより早く、彼女の体毛が白黒関係なく一気に伸びた。

 そして爆発的な魔力が放出されて、目を焼くような白い光が満ちる。


「コロラド……」

「げほっ、げほっ……あーびっくりしました、大丈夫ですか、ヴェノムさ……きゃあ!」


 ヴェノムがコロラドに抱きついて、耳元で涙を流した。


「良かった……すまん、助かったよコロラド……でもお前が無事で良かった、死ぬようなマネするなよ馬鹿野郎……」

「あ、はは……マサラの部分なら大丈夫かなって……」

「はーん、そういうことか巫山戯ふざけおって」

「えっ?」


 その声は、別の場所から。


「おい、大丈夫かコロラド?」

「あ、エイルアースさんもすいません……」

「い、いやそれは良いんじゃが、お主後ろ見ろ、後ろ」

「後ろ?」


 イビルアイにナイフを突き立てながら、エイルアースが言う。


「……まさかこんな日が来るとはな」


 そこに裸で立っていたのは、誰がどう見てもマサラだった。

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