第71話 エルフ直伝、世界樹の枯らし方
「師匠、ありました!」
「でかしたヴェノム、場所はどこでも良い、まずはとにかく煙を起こせ!」
「はい!」
武器庫の中でヴェノム達が探し当てたのは、松明や火矢に用いる油だった。
それを全員で小分けにして持ち出し、カーテンや床に撒いて火をつける。
イビルアイの死骸ごと燃える火は、悪臭を放ちながら大量の黒煙を発生させた。
「仕方無いと分かってはいるが勿体無いな、職人たちが丁寧に作ったのだろうに」
「また復興するしか無いさ、どうせ放っておけば俺たちまで木の養分だよ」
「ひぇぇ……本当に何なんですかねこの木……」
『世界樹の一種だ』
唐突に声がして、コロラドの胸元の魔珠からガンビットの声だけがする。
「お、ガンビット。そっちは良いのか?」
『ああ、闘技場は一旦落ち着いた。これからはしばらく怪我人と避難民の受け入れ先にするがな……そっちは?』
「師匠の指示でこのやたらデカい木を内側から焼いてるよ」
もくもくと広がる煙は廊下の天井を這うように広がり、上階へと広がっていく。
その煙を浴びた木の根は明らかに成長を遅らせ、その効果が出ていた。
『そうか。ところで説明を続けよう。世界樹というのは……』
「単なる巨大な木の総称じゃ。と言っても、これは魔力で育つ紛い物じゃがな」
「師匠、ガンビットが説明しようとしてたでしょ」
「あほう、こやつは今から避難民と怪我人の受け入れじゃろ、長話を聞くヒマなぞ無いわ。
とにかく今は有害な物質を吸わせて、少しでも成長を止める。そして世界樹であれば、まず間違いなくその不純物をろ過して集める『コア』がある。それを叩けば成長は止まる、そうすればこの要塞も崩壊せんで済むじゃろ。それだけじゃよ」
こくりとヴェノムだけが頷くが、スカーレットとコロラドはよく分かっていなかった。
「あの、ヴェノムさんやエイルアースさんの毒じゃダメなんですか?」
「それはトドメに使うよ。この次だな」
「次?」
「木だって黙って枯れるわけじゃない。木がこの煙に抵抗する物質を作るのを見計らって、さらに強い毒を注入するタイミングが重要なんだ」
「へー、なるほどです」
「ちょっと待て、抵抗? 木がか?」
戦士としての勘なのか、スカーレットが不安そうに尋ねる。
「そりゃあするだろ、さっき仕留めたイビルアイもそうだし」
「そうか。ということはもしかして、この先のイビルアイにも変な耐性がついたりとかしないよな?」
「逆に何でつかないと思ったんだよ」
ヴェノムがそう言った瞬間に天井が崩落して、色の違うイビルアイが降ってきた。
「グジュ……」
「このっ!」
慌ててスカーレットが切り刻み、蒼い炎が肉片を燃やす。
そしてヴェノムとエイルアースは、武器庫で手に入れた弓を構えて矢を放った。
「ギュジュッ!」
「ギュピッ」
すると矢の当たった二体が、泡立つようにして崩れる。
「何ですか今の!? 強い!」
「今のが新しい毒だよ。試してみたが問題ないな」
「ヴェノム、やるではないか。良い素材じゃがどこで拾った?」
「例の闘技場のキマイラです……よ!」
さらに矢を放つと、次々と溶けて消えていく新しいイビルアイ。
「後で貰うぞ、研究したい」
「わかりました、ところでコアの位置は分かります?」
「任せろ」
そう言うと片膝をつき、床に手を当てて目を閉じるエイルアース。
すると緑色の淡い光が床に溶け込むように輝いて、それまで建物をミシミシときしませていた植物の成長が止まった。
「……ガンビット、この上で一番大きい部屋は何じゃ?」
『一番……なら、玉座の間です! 一番太い通路を走れば着くはず!』
「よし分かった、行くぞ皆の者!」
――こうして走り出したヴェノム達を見ている、『目』があった。
(侵入者。成長が止まった原因)
ヴェノム達を襲わなかったそのイビルアイは、偵察用の魔物だった。その映像を送る先は、今まさに帝都の王宮を覆いつくすように伸びる、『枯れた世界樹』の『頭脳』――完全に樹と同化した、カイゼル四世。
(成長が完全に阻害。不純物、毒物ともに許容量オーバー)
(『コア』に転送して解毒及び解析、再利用)
(イレギュラー。コアの解毒能力低下)
脳まで完全に支配され、もはや人格すらなくしたただの意識が、判断を言語化して処理している。
(イビルアイ投入。帝都への攻撃、成長の優先度低下)
(成功。イビルアイを20体追加……エラー、イビルアイの個体数低下)
(イビルアイの投入、効果なし)
(街からの情報
(リソースさらに低下。『コア』による不純物処理、続行)
そしてこの状況で、世界樹の頭脳になり果てたカイゼル四世は焦っていた。
本来であればさらに成長を続け、この帝都全体を覆うほどに大きくなるはずだった世界樹。しかしイビルアイの投入や煙の処理で既に成長は止まり、問題が解決する気配がない。
(イビルアイの生産を終了)
(『
――新たなる敵が、生まれようとしていた。
「はぁ、流石に広いな……老体に堪えるのじゃ」
「でもあの目玉のモンスターは見えなくなりましたね」
「あらかた片付いたか?」
「だと良いけどな」
一直線に老化を走るヴェノム達は、そう言いながらも既に培った第六感で、絶対にこの後何かが来ると察していた。
そしてその予想に返答するようにガラガラと建物が崩れ、廊下の先の広い階段を塞ぐように二体の巨大なゴーレムが現れる。
その背丈はヴェノム達の倍はあり、根を編んで筋肉のようになったその体が溢れんばかりの力を誇示していた。
「……大きいな。流石に無視しては通れんのじゃ」
「問題ない! 今ここで焼き尽くす!」
スカーレットが前に出て、炎を放つ。
すると二体のゴーレムのうち片方が腕を前に突き出して、その先で渦を巻いた樹が盾になって炎を止めた。
「ちっ……」
「私も行きます!」
コロラドが続いて、二発の蒼い炎を発射する。
するともう片方のゴーレムが腕を剣の形にして、その炎を両断した。
「炎が効いてないんですか!?」
「いや、それはあり得んが……圧縮した樹に水分を多く混ぜた根で作ったゴーレムじゃな。見た感じあの硬さじゃと毒もすぐ通るか怪しい」
「迂回しますか?」
「追われたら逃げ切れる保証がない。今ここでアレを……スカーレット?」
「エイルアース様、私に強化魔法をかけられますか」
「構わんが、お主……」
「時間が無いのでしょう。だったら、ここで私がアレを引きつけます」
その言葉に反対意見は出なかった。しかし全員の表情が、スカーレットの身を案じている。
「そんな顔をするな。こういう時の為に鍛錬は積んできた」
「……ありがとう、スカーレット」
「絶対に無茶しないでくださいね!」
「恩に着る」
強化魔法をかけられたエイルアースが加速して、さらに炎を放つ。
二体のゴーレムは始めこそそれを防ぎながらヴェノム達を襲おうとしていたが、
「貴様らの相手は私だ!」
(脅威度更新。最優先であの個体を対処)
(コアの防御は『
ついに二体のゴーレムは通路を塞ぐのを止め、スカーレットに襲い掛かる。
その音を背中に受けながら、ヴェノム達は振り返らずにコアへと走った。
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