第70話 帝都最大の戦いの前に

 ――帝都が、謎の大樹に破壊された。


 なんの前触れもなく発生したその情報は、大陸のあらゆる映像魔珠からもたらされた。


「帝都が謎の木に襲われているだと!? あそこは今、配信者ナントカとかいう祭りの最中だろう! 何があった!?」

「わかりません! しかしあらゆる魔珠が勝手に起動し、帝都の様子を放映しています!」


 帝国から最も近い王都・ナリトの軍務局大臣、ユリウノ・ソレウニナは部下からのその報告を受け、顔色を怒りに変えた。


「だからあんなものを信用するなと私はいつも女王陛下に……くそ、今更か! ん? 待て、今と言ったか?」

「はい、兵士個人の魔珠も勝手に帝国の映像を映し、操作を受け付けません!」


 ソレウニナはその報告を耳にした瞬間、顔色を今度は焦りに変えた。


「すぐに破壊しろ! 兵を集め、隊に1つを残して今すぐにだ!」

「な、何故です!?」

「わからんか! ! そんな動きをしているのは、帝都に魔力を集めるために決まっている! 今すぐに街の兵を使って私の名前で触れを出せ! 反抗するものは帝都のスパイとして捕らえても良い! 王宮の兵は広場に集めろ!」

「しょ、承知しました!」


 部屋を飛び出した部下を見送り、急いでソレウニナはよろいまとう。

 これで少しでも危機感をあおれればな、と考えながら着換え終わると、廊下では足早に兵士達が駆け回り、王族を安全な部屋に戻していた。


「大臣!」

「慌てるな、しかし急ぐ。兵は?」

「既に集合しております!」

「よし」


 日頃の訓練が実ってか、緊急時の動きとしては十全だった。

 そして鎧姿で広場に出ると明らかに異常な暗雲が帝都の方から湧き上がっており、城壁を見張る兵士が食い入るように見つめ続けている。


「破壊命令は出したが、アレを気にするなという方が無理だな……くそ、誰の目論見か知らんがやってくれたわ」


 否が応にも注目を集める帝都の映像が、注目されることによって今も帝都に魔力が注がれ続けている。

 というその事実に、ソレウニナは苛立ちを隠さなかった。


 ――一方、帝都の王宮にて。


「うわあああ! 魔物が!」

「くそっ、キリが無い!」


 要塞の中は、内部からの侵入という大打撃に混乱していた。

 木から発生したイビルアイはあちこちで兵士王族の区別なく誰かを襲い、殺し、あるいは返り討ちに遭う。

しかもあちこちに枯れ木の根が伸び、床や壁を容赦なく掘り進んでいた。


「群れが出たぞ!」


 そして間の悪いことに、イビルアイの個体が『戦術』を思いついてしまった。


「く、来るな! 【火球】!」

「盾が、盾がない!」

「くそ、当たったのに!」

「撤退だ、撤退……あああ!」


 それは自然界では最も単純な、『群れでの突撃』という基本戦術。

 しかしその効果は抜群で、魔物の濁流が飲み込んだ兵は例外なく喰われて骨も残らない。そんな中で一人の兵士が、今まさに扉を背にイビルアイに剣を向けている。


「ったく、誰だよこんなの呼んだのは……!」


 ついさっき倉庫番を交代したばかりのその兵士は、2体のイビルアイを斬り殺した直後。残った1体のイビルアイが警戒して、お互いににらみ合っている状態だった。


「……お友達が来たほうが勝ちか。こんなことなら職場の連中ともう少し愛想よくしとくべきだったかな……」


 戦いの高揚の中、見張りの兵士は冗談めかして笑う。

 地震のような揺れが断続的にして、何かが近づく気配。廊下の角を曲がって現れたのは、大量のイビルアイだった。


「テメェ人望あるじゃねぇかよ……!」


 半ば自分の冗談に怒りながら、男は一瞬だけ死を覚悟した。

 しかしこの扉を守らなければならない以上、逃げる選択肢はない。


(くそっ――)


「息を止めろそこの誰か!」

「!?」

「スカーレット、爆風で流せ!」


 廊下の奥に白煙が上がって、続く爆発に押されて白煙が廊下を満たす。


(麻痺毒!?)


 言われた通り息を止め、その数秒で迫っていたイビルアイが動きを止め、死にかけの虫のようにピクピクと動くだけになる。

 そしてすぐに白煙が晴れ、現れたのは知っている顔。


「アンタ……ヴェノムか。アンタの配信見たことあるよ」

「そりゃどうも。ところでその倉庫の奥の武器が欲しいんだが……」

「あー良いよ、ほら鍵」


 鍵を投げて渡し、男は壁に背を預ける。


「しかしアンタら、よくここが分かったな……もしかしてスパイか?」

「いや、さっきアンタの同僚に聞いただけだよ。アンタを心配してた」

「……そっか、そりゃあ良かった」


 男はわずかな血の跡を残して腰を下ろし、


「武器庫へようこそお客様。このクソ目玉を倒すためなら、何でも好きなだけ持って行ってくれ」


 手を広げて、そう笑った。

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