第69話 ある皇帝陛下の一生

 ――とある男が生まれた時、そこはその国の頂上だった。

 国を挙げてその誕生が歓迎され、民は歓声を上げてその生誕を祝った。


 男は、生まれた時から皇帝だった。

 だから自分が国の頂上に立つことを信じて疑わなかった。


 男は、生まれた時から皇帝だった。

 だから学べることは全て学び、幼い頃からあらゆる本を読破し、神童と呼ばれた。


 男は、生まれた時から皇帝だった。

 だから体を鍛えるのは最低限で、けれど日々の鍛錬は欠かさなかった。


 男は、生まれた時から皇帝だった。

 だから友人はおらず、父親を除いて全ての人間が彼に従った。


 男は、生まれた時から皇帝だった。

 だから恋人はおらず、子種を求める女にはくれてやっていたがそれにも飽きた。


 男は、生まれた時から皇帝だった。

 だから周りすべてが愚か者に見えたし、そしてそれは、彼を殺そうとした父親も同じだった。


 男は、生まれた時から皇帝だった。

 だから即位したときもなんら喜びはなく、諸国の王は彼に従い、逆らう者はいなかった。


 男は、生まれた時から皇帝だった。

 だから欲しいものは必ず手に入れた。


 男は、生まれた時から皇帝だった。

 そして彼がその『老い』に気づいた瞬間。


 ――初めてその男は、死ぬのが怖くなった。


 それからの皇帝は、日々の政務の裏で『不老不死』を追い求めた。

 怪しげな魔術師も何人か呼ばれたが、しかし皇帝は有能だったので、わずかな嘘はすぐに見抜かれ、皇帝を騙そうとした命知らずが何人か死んだ。

 仕方なく皇帝は、自分で調べることにした。


 しかしそうなると、『目』が足りない。

 この世のあらゆる知識を追い求めるのに、たった一つの体では動ける範囲にどうしても限界がある。そんな発想の元、皇帝は世界を知るための『目』を求めた。

 

 とりあえず皇帝は図書館や研究所など、『放っておけば勝手に知識を集め始める施設』を積極的に作ったが、皇帝の求める不老不死は、その手掛かりすら集まらなかった。


 そんなある日、枕元に『何か』が立った。


「……死神か?」


『何か』は何も言わずに、枕元に何かを落とす。

 それは真っ黒な種であり、それを指でつまんだ瞬間、皇帝はそれが何であるかを理解した。


「!」


 それからの行動は早かった。

 万が一の為に用意された避難路を改造し、その種を育てる場所を作る。

 日光も水もなく育ったその樹は、葉の無い枝に魔珠を実らせた。

 そして木に住む虫の代わりにどこからかイビルアイがやってきて、魔珠を収穫しては食っていた。

 しかしそんなことは気にも留めず、皇帝は部下に指示を出して、『自分が開発した』新しい映像魔珠を国内で大量生産させた。それは今や配信に欠かせない魔珠となり、


 ――皇帝の瞳には、それら全ての映像が頭に入るようになっていた。


 枝ではなく、に実った唯一の魔珠。

 それを最初から知っていたかのように目に当てれば、後は一瞬だった。

 全身を焼くような痛みに倒れ伏した皇帝が起き上がると、


 ……皇帝は、人間ではなくなっていた。


 食事ではなく魔珠からの魔力で生きる体へと変貌へんぼうした皇帝はそれをひた隠しにしたが、そもそもそれに気づく者はいなかった。

 病気と称して魔珠によって起きた変化を誤魔化し、食事が辛くなったフリをして、食事が要らない体であることを確かめた。

 そして百日の断食を達成した時、皇帝に残っていたのは知識欲。


 ――あらゆるものが欲しい。

 ――あらゆるものが知りたい。


 無限の時を手に入れた自分を満たすのは、欲望しかなかったのだ。

 それだけの単純な思いは、聡明な頭脳によって決して暴走することなく、しかし誰よりも強い熱量で皇帝を突き動かす。


 ――そしてある日、皇帝はとある男の噂を耳にした。


 どこか遠くの王都でギルドを立ち上げ、出世し、今ではその王都の王族にまでつながりを持つ有能な男。その傍らには美しい女がいて、あらゆる者から信頼を得ているという。


「調べよ」

「はっ」


 部下に調べさせた結果、その男は皇帝の右腕にふさわしかった。

 だから何度か使者を送り帝都で働くことを打診したが、断られた。

 しかしそれを不敬だと苛立いらだつよりも、久々に挑みがいのある展開だと、むしろ皇帝は喜んだ。


 あらゆるしがらみにとらわれたその男……ガンビットを部下にした時、自分の不老不死への歩みは加速する。

 そう確信し、彼を手に入れようとして、


 ――生まれて初めて失敗した彼は、今ではその樹と同化している。


 既に脳は樹と同化し、そこに残ったのは樹としての本能の、『大きくなりたい』ただそれだけ。

 わずかに残った理性では善悪どころか何をしたかったのさえすっかり忘れ、イビルアイをばらまくだけの存在と化した。


「――」


 言葉にならない思考で、それでも一つ、理解できることがあった。

 少なくとも今目の前に現れた連中は自分を殺すために現れた、『敵』なのだろう。


 欲望に取り憑かれた愚かな皇帝は、自分が人生をかけて築き上げた帝国を破壊していることにすら、もはや気づいていなかった。

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