第68話 堕ちた世界樹

 ――超☆配信者会議の初日であるこの日、闘技場・チャンピオンバースの外ではあらゆるもよおし物が各地で繰り広げられていた。


「早い早い! バララ・トンニク氏これでヤキトリを50本食しました! さぁ他の挑戦者の方……おっとハツ・テビチー氏も続いて50本! ヤキトリ100本早食い対決は序盤からデッドヒート!」


 赤の旗が立つ店では大食い・早食いチャレンジが配信され、


「では問題! デス・ドラゴンの名前の由来となった……」

「はい! 【死の咆哮デスコール】!」

「残念、問題は最後まで聞きましょう! デス・ドラゴンの名前の由来となった技は【死の咆哮デスコール】ですが、デス・ドラゴンが滅ぼしたとされる島の名前は……」

「はい! スィーテン・ラトア!」

「3番さん正解!」


 青の旗が立つ本屋や博物館・雑貨屋ではクイズ大会が配信されたりと、あちこちで熱狂があふれていた。


「いやぁ、どれ見ようか迷っちまうな!」

「俺、『ガブガブちゃんねる』のガブ様見たぜ! 配信映ったかも!」

「歌ってみた系配信者の帝都公園カラオケ対決、いつだっけ?」


 どれほど帝都の闇が深かろうと、確かにそれは平和そのもので――


「バッカ、それは夜だよ夜」

「本当だって、今あっちに『セレブリティキャノウ・チャンネル』のキャノウシスターズがいたって!」

「鍛冶屋ギルドの配信行こうぜ、ナイフの砥石配布といしはいふしてるってよ!」


 ――けれどそれは、砂上の世界だった。

 誰もが笑い、祭りを楽しむそんな中、いきなり空に広がった黒い雲は、気づいた者からその熱狂を止めさせる。


「な……なんだあ? ありゃあ……」


 多くの者が見上げる先にあるのは、帝都王宮の要塞の頂上から空へと広がっていく暗雲。

 築城以来、数百年の不落をほこったその王宮は、まるで炎上でもしているかのように黒い雲を空に吐き出していた。


「……あの煙……奥に何か見えないか?」

「あれ、木じゃね……?」

「あ、本当だ」

「なんで木が王宮から……」


 そう誰かが言った瞬間、王宮が欠けた。


「ん?」


 遠目には、ほんの小さな変化。

 王宮のシルエットがわずかに欠けて、黒胡椒くろこしょうのような小さな粒が、街の方へと飛んでいく。

 そしてその粒――王宮の破片は、一切の容赦なく祭りの最中さなかへ降り注いだ。


「ぎゃあああああああ!」

「えっ、何、何!?」

「お母さん、お母さん!?」


 前触れもなく鈍い音がしてテントが崩れ、誰かが倒れ、血が流れる。


「なんだ、テロか!?」

「テロ!?」

「何かが空から飛んできてる! みんな早く逃げ……ぎゃあっ!」

「おい配信止めろ! 非常事態だ!」

「止まるな走れ!」

「どけ、どいてくれ!」


 ――さらに、地獄は続く。


「こ、ここなら安心……え?」


 路地裏に逃げ込んだ男の正面にいたのは、目玉から触手を生やした魔物。


「グチュ……」

「ひっ……!」


 その、数秒後。


「あー良かった! ここなら……ってオイアンタ、入り口を塞いでんじゃ……」


 ゴキゴキゴキ、と骨を折る音がして、

 触手に釣り上げられた男の死体がぶらぶらと揺れて血を吐く。


「ま……魔物だーっ!!」


 降り注ぐ魔物と、王宮の破片。

 数分前まで祭りを楽しむ参加者達が埋め尽くしていた帝都は、地獄絵図へと変わり果てた。


「くそっ、まさかこうなるとはの!」


 阿鼻叫喚あびきょうかんの光景が広がる中、エイルアースが空から建物の屋上に降り立つ。

 そして木々の種を放り投げて魔力を込め、降り注ぐ瓦礫がれきの弾丸を防ぐ傘となる木々を作り出し続けていた。


「キー助! お前は逃げよ、あとは儂だけで動く!」

「キィィ!」


 空を羽ばたくその鳥は、エイルアースを掴んで飛べるメガルーダと呼ばれる大怪鳥。

 卵からエイルアースが育てたペットであり、彼女に空路を提供する貴重な存在でもある。

 一度高らかに鳴いたその鳥は、素直にエイルアースに従って去り、エイルアースは建物の屋根から屋根へ、強化魔法をかけた足で跳ぶ。


「木だ、木が生えてる! この下なら助かるぞ!」

「バカ押すな、押すなってえ!」

「くっ……守り切れんか……」


 振り注ぐ瓦礫がれきを防げても、パニック自体は消えない。そして帝都の破壊を企む彼女を狙うかのように、空から『それら』は降ってきた。


「……おい、今は虫の居所が悪い。ジャマ立てするなら殺すぞ魔物ども」

「ギチュ……」

「グチ……」


 エイルアースを囲うように、イビルアイが五体。

 まるで誰かが意志を持ったかのように狙いすまして降ってきたそれらは、彼女の放つ闘気を気にする様子もなくうごめいていた。


「魔物どもが!」

「ギギュッ!」


 投げられたナイフが眼球を貫き、貫いた穴から木が飛び出す。

 それに慌てたイビルアイ達が一斉に飛び掛かった瞬間、突風が吹いてイビルアイだけが消えた。


「お……?」

「おまたせー」

「エイルアース殿、こちらへ!」

「お主ら無事じゃったか!」

「当然ですわ!」


 突風かのように吹き抜けたのは、巨大な狼・クーラだった。

 電撃を口からほとばしらせてイビルアイ達を焼き尽くし、その背に乗せて建物の屋根に立つ。


「エイルアース様、こちらへ!」

「おう、助かる」


 蝙蝠コウモリの群れを足場にしてエイルアースがクーラの背に上がり、クーラは屋根を足場に走り出した。


「一体こりゃどうしたわけじゃ」

「ガンビット、こちらは?」

「エルフの……知り合いの方です。見ての通り頼りになる方ですよ」

「初めまして。まさかこのような場所で貴女様と……」

「ああもうそういうのは面倒じゃ! いい! 話すな! お主はガンビットの知り合い、それで良いな!」


 リョウゼンは驚いた顔のまま何かを言おうとするが、大声にさえぎられて話を切る。


「は、はい」

「それで、アレを知っておるのか?」

「皇帝陛下です」

「は?」

「あれは皇帝陛下が得体のしれない樹と融合したものなのです。この目で、ガンビット殿及びそちらのメーアスブルク嬢と直に見ました」

「何じゃと……」

「禁呪で作った化け物か、どこかのダンジョンから引っ張ってきたか、変な種でも売りつけられたか……今となっては謎ですが、とにかくアレは際限なく帝都を破壊する化け物ですわね」

「そうか……で、どうする。このまま逃げるか?」


 残酷なようでいて、しかしそれは確かに選択肢の一つだった。

 帝都が憎いとかそう言うことではなく、今はただ単純に安全を確保すべき段階で、街の人々を助けに向かっても誰も責めはしないだろう。


「私の娘が闘技場にいます。街の中よりは安全でしょうが……」


 しかし、ここには王である前に父親の、リョウゼンがいた。


「ならアレを倒すより仕方ないの。……ん? 闘技場?」

「どうかしましたか?」

「そう言えばそろそろ……」


 言いながらエイルアースが魔珠を取り出し、動画を再生すれば、そこにはキマイラを倒したばかりのヴェノム達が映っている。


「よし、まだおるな! 合流できるかガンビット!」

「クーラ、行けるか? あの大きな建物に向かってくれ!」

「はーい」


 そして巨狼は街を駆け、闘技場の壁を駆けのぼり、闘技場の中央に降り立つ。

 驚きと感動の混ざった喝采かっさいの中、それらを無視してガンビットが叫んだ。


「ヴェノム、力を借りたい!」

「任せろ! 配信を見たか知らないが、こいつらは信用できる! ハルモニア王女は任せるが、ありゃ何だ!?」

「聞いて驚け、皇帝陛下だ」

「そりゃ面白い冗談だな、倒していいのか!?」

「ああ、俺とお前でな!」


 狼の上と闘技場の床でガンビットとヴェノムが言葉を交わして、ヴェノムがクーラの上に登り始める。


「コロラド、スカーレット! 悪いがもう一戦付き合ってくれるか?」

「え、えっ、ええ!?」

「ちょっとまて話が早す……あ、いや待て置いて行くな、行かないとは言ってないだろ!」

「陛下、私とこちらへ。私の蝙蝠が既に王女を見つけております」

「かたじけない」

わしは残る。植物のことならエルフが行くべきじゃろ」


 クーラの上からリョウゼンとメーアスブルクが降りて、代わりにヴェノム達が乗り込む。そして観客を飛び越して去って行くと、


「……あー諸君! いきなりのことで困惑していると思うが、まず一つ。ここはまだ安全だ。そしてもう一つ。街は今、見ての通りパニックになっている!」


 慣れた様子で、リョウゼンが叫んだ。


「しかし、安心して欲しい。今まさに私の国の頼れる仲間たちが、あの木の化け物を倒しに向かった! だから皆、安心してその化け物を見ているがいい!」


 闘技場の巨大魔珠には巨大な樹が映り、その成長速度は誰がどう見ても脅威だった。しかしリョウゼンの声による演出が、その危機感を薄れさせる。


「さあみんな、応援を頼む! 今まさにあの脅威を止めに向かった勇者たちに!」

「あ、え」

「ジャック君、だったかな。掛け声を頼む」

「か、掛け声……ですか? というかあなたまさか……」

「身分の話は後にしよう。今は配信の時間だろう?」

「は……はい! みんな、声援を届けますよ! せー、の! ヴェ・ノ・ム! ヴェ・ノ・ム!」


 全員の視線が巨大魔珠に集中して、そこに映るのは巨大な狼に乗って巨大樹に立ち向かうヴェノム達。

 それを見た観客達は、声を揃えて英雄の名前をコールする。

 祭りはまだ、終わってはいなかった。







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