第67話 勝利だけじゃ、まだ終わらない

「ギャアアァアアアアアアアア!!」


 キマイラに目玉と触手を足した、イビルキマイラ。それを見て観客達が騒ぐ中、


「ひ、ひぃ……恐ろしいものですね、モンスターというのは……」

「ちょっとピーハッド様、そこに立たれるとヴェノム様の勇姿が……」

「い、いけませんハルモニア様。ハルモニア様に万が一のことがあれば、私は首をくくらねばなりません。どうか前に立つことをお許し下さい。身を乗り出すなどもってのほかです!」

「……あらま」


 震える足でハルモニアの席の前に立ち、視界を塞ぎながらも両腕を広げ、ハルモニアを守護する位置で立つハルモニアの見合い相手、ピーハッド。

 その姿を見て彼女はクスリと笑うと、その背に体を寄せて、肩の横から顔を出した。


「温かい、背中ですのね」

「えっ、あっ、はい?」

「どうかそのままで。私、貴方様が気に入りましたの」

「そっ、それはこっ、光栄です」


 顔を赤らめ、吐息の掛かる位置で肩に手を添え、ハルモニアはヴェノムの戦いをのぞき見る。


「……ヴェノム様、頑張って下さいね」


 その視線の先で、魔物が暴れていた。


「ヴェノム、やはり炎が通らない!」

「蒼い炎もダメです、役に立たな……役に立たないとは不敬であろう! お主の爪も通らんくせに喚くな依代!」

「ややこしいケンカすんなマサラ! ただやっぱ毒もダメだ、熊の部分がポイズンベアーだぞ! 翼を最優先、次にできれば口を狙ってくれ!」

「口3つありますけど!?」

「ライオン部分だ、ポイズンベアーの毒耐性がそこには無いかもしれない! 俺はマヒさせて脳の繋がりを暴く!」

「脳の繋がり!?」

「体は一つ、頭は三つだ! 意味わかるか!?」

「あ、はい!」

「翼は任せてください、モックス!」

「分かってる!」


 イビルキマイラから距離を取って、残ったのはモックスとジャックだけ。構えられた拳と剣を援護するように、流星雨のような炎がキマイラへ降り注ぐが、その炎をキマイラはかわしてしまう。

 しかしその炎に反応した部位を観察することで、ヴェノムがまず見抜いた。


「お前かよ!」


 投げつけられた煙玉。

 それはキマイラの背面に当たり、まず隠したのは『尾の蛇の視界』。すると次の瞬間、キマイラの横っ腹にコロラドの炎が当たった。


「ガ……」

「今です、マリン!」

「合わせて、サレナ」


 ひし形の魔方陣と、円形の魔方陣が同時に発生する。

 光り輝いたキマイラの足元に対して、近くの壁の円形の魔方陣から電撃が飛び出す。

 それに対して防御態勢を取ったところへ、光の柱がキマイラを貫いた。


「ゴ……オアアアアアアア!」

「来ます!」

「任せろ!」


 キマイラが貫かれた体の穴から、触手を生やして手当たり次第に周りを襲う。

 しかしジャックの剣とモックスの拳がそれを阻み、ミミズのようにボタボタと触手が散らかっていく。


「!」


 閃いたヴェノムは、その転がった触手にしびれ薬を塗ったダーツを投げた。するとダーツの刺さった触手の切れ端はビクビクと震えて、動かなくなる。


(毒耐性が消えてる……千切れた触手が再生したら厄介だな)


 気づいて、叫んだのは直後だった。


「蛇が!」

「任せろ、私が探す!」


 スカーレットが叫び、二本に分かれた彼女の剣。


「行くぞ、【宵闇を照らす天星の双剣スターライトバスター!】」

「合わせる、【時魔法・加速クロックアップ】」


 双剣から放たれた光の矢が、重ねられたマリンの魔法によって加速してキマイラの肉体を貫く。そしてキマイラの身体から離脱した蛇が、穴だらけになって動かなくなっていた。


「おおおおおお!!」

「すげえ、あんな化け物に勝っちまった!」

「まだですよ……っ!」


 穴だらけになったキマイラの体の、全ての穴に魔物の【眼】が現れたのだ。


「【威光ライトニング】!」


 まばゆい光でそれらが全て閉じ、


「いい加減その翼と尾、焼き尽くすぞ!」


 そこに重なった炎が、再生した蛇の尾と翼を焼いた。


「ガ……」

「ようやく【】の出番だな」


 爆発がキマイラの周囲に怒るが、それはヴェノムが投げた『海の毒の粉末』。ポイズンベアーに通る、限られた毒だった。


「そろそろ行けるだろ、ジャック!」

「ああ、ここで決める!!」

「援護します! 【破邪の方陣スクエア】!」

「私も。【時魔法・加速クロックアップ】」

「もう一度だ、【宵闇を照らす天星の双剣スターライトバスター!】」


 キマイラの四方から囲うように四角い魔方陣が展開して、拳と剣が光り輝く。

 それを援護するように光の矢がキマイラをもう一度刺し貫いて、巨大な拳がキマイラの巨体を跳ね飛ばし、壁に激突した直後に斬撃が十字に両断する。

 そして最後に炸裂した煙玉が再生しようとする触手たちを痙攣けいれんさせて、


「お、最後はわらわか」


 四つに分かれて尚触手を生やした死体を、ゆっくりと蒼い炎が焼いた。

 そしてそれがもう二度と復活しないと理解した瞬間、その声は響く。


「試合終了ー! 何と言うことでしょう、何と言う一方的な展開! 勝者は【不可侵のヴェノム】及び【勧善懲悪ノブレス・オブリージュ】!! 合体した魔物を一方的に虐殺したあああああああああ! ここチャンピオンバースに、新たな英雄たちが誕生しました! 皆さん! 歓声と喝采を、惜しみなくお願いいたします!」


 後半はほぼ、大歓声がかき消していた。

 紙吹雪が舞い、戦った全員の名がコールされ、世界を震わす。


「……いや、言うほど一方的だったか?」

「まあ良いじゃないですか、倒したんですし」

「ヴェノムさあん! 俺、今日のこと一生忘れな……!?」

「地震……?」


 ――地面が、揺れる。

 会場にあった巨大魔珠の映像が勝手に切り替わり、映し出したのはこの帝都の中央にある、カイゼル四世が座す城……巨大要塞・チューバー


「あれは……!? まさか!」

「城が……!」


 観客席のピーハッドが叫び、続いてその背に添うハルモニアが顔色を変える。

 映し出されていたのは、暗雲と地表を繋ぐように禍々まがまがしく生えた巨大な枯れ木。


――が、城を破壊しながら成長していた。


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