第66話 唐突なレイドバトル!? 相手はキマイラ!

「ねぇ、今なんかあっちの入り口、青く光らなかった?」

「え? 知らなーい。ジャック様の入ってくる方?」

「うん……」


 闘技場・チャンピオンバースの観客席で繰り広げられたそんな会話は、困惑する周りの声にかき消されていた。


『次の予定にアクシデントが発生しました、『【不可侵のヴェノム】vs【勧善懲悪ノブレス・オブリージュ】の開始まで、今しばらくお待ちください……次の予定にアクシデントが――』

「えーっ、アクシデント?」

「こっちはチケット当たったんだぞ!」

「何やってんだよ運営!」

「早く英雄ヴェノムを出せー!」

「ジャック様はー!?」


 繰り返される音声に対して怒る声もあれば、出演者を待つ声も少なからずある中、それを素知そしらぬ顔で聞き流す小さな男の影が闘技場の地下にあった。


「ふん、愚民ぐみんどもめ、やかましく騒ぎおって……よしよし、もうすぐお披露目ひろめじゃぞ、私の可愛い最高傑作マスターピースよ」

「ブオオオオ!!」


 ギャリン! と鎖を鳴らして、巨大な台車に縛り付けられた獣が息を荒くする。

 通路の壁と繋がる金属の鎖を引きちぎらんばかりに鳴らすその獣は、翼を持った獅子ライオンの顔を並べて持つ熊。しかしさらによく見れば、熊には無い長い尾が蛇の頭をした、4つの獣の合成獣キマイラだった。


「キュービィ博士、もう鎖がもちません!」

「興奮剤を打つのが早すぎたのでは!?」


 屈強なスタッフが鎖を重ねながらそう言うが、博士と呼ばれた白衣のその男、フクロウの獣人、キュービィ・ムービィはチッ、と舌打ちをして、壁にあるレバーに手をかけた。

 そんな間に通路の先の扉が開いて、会場のアナウンスが切り替わる。


『只今情報が入りました、お伝えいたします。【勧善懲悪ノブレス・オブリージュ】はアクシデントにより棄権きけんを申し出たため、急遽きゅうきょ代役をご用意いたしました。

 繰り返します、【勧善懲悪ノブレス・オブリージュ】はアクシデントにより棄権を申し出たため、急遽代役をご用意いたしました』


 その一方的な通告に一瞬だけ会場が静まり返り、その後に爆発的なブーイングが起こる。しかしそれを無視して鉄格子の扉が鎖を巻き取る音ともに開かれ、獣の咆哮だけが会場に届いた。


「それでは代役をご紹介いたします。キュービィ・ムービィ博士が育てた【ポイズンキマイラ】vs【不可侵のヴェノム】、どうぞお楽しみください」


 その言葉は通路の奥まで届き、


「ヨシ!」


 スタッフ二名を無視して、キュービィ博士がレバーを下ろす。すると目の前に鉄格子が落下するような速度で降りて、博士の安全だけを確保してしまった。


「え!?」

「博士!? そんな、私達がまだ……!」

「GO!」


 さらにそのレバーを手前に引くと、壁と繋がっていた鎖が全て外れる。

 自由になった熊と獅子の顔を持つ化け物は、翼を広げて目の前の光を目指すために鎖を振り回し、廊下の石壁と衝突してバチバチと音を立てた。


「ひぃい、死にたくない!」

「博士、何とかしてください!」

「ワハハハ、本当にすまないと思っているがもう遅いのだ! キミ達は我が【ポイズンキマイラ】の名誉ある生餌いきえとして死……んん!?」


 博士を守護まもるために降りたはずの、鉄格子。

 しかしその隙間すきまから蛇の頭が顔を通して、博士を白衣ごと甘噛みしていた。


「おおよしよし可愛いなあ。でも放してくれないか、私の可愛い最高傑作マスターピースよ。このままでは私がぁぁああああああ!」


 それが博士の、最期の言葉になった。

 通路の隅へ必死に身体を寄せていたスタッフ二名が、あっ、と悟り、甘噛みで拘束されたまま獣の全力疾走で引っ張られたキュービィ博士は容赦なく鉄格子に激突する。

 『その瞬間』だけ目をらしたスタッフは顔を向き合わせてやれやれとジェスチャーして、血と肉のかたまりは途中で蛇の頭に飲まれて人目につくことなく消化され、光の下に飛び出したキメラは足を止めた。


「うわああああなんだあれ!」

「モンスターだ! 飛べるのか!?」

「ちょっと待て、アレとヴェノムが戦うのか!?」

「ダンジョンのボスだろあんなもん!」

「キモいー! ねぇジャック様達はどうなるのよー!」


 予想外のモンスターの登場にボルテージの上がる会場で、今度は別の爆音がした。

 それはさっき観客の誰かが言った蒼い炎で、その爆風の中から一体の魔物が飛び出す。粘液と触手が音を立てて逃げてきたそれは、大型のイビルアイ。


「ぎゃーっ!」

「ひいいいい!」


 観客の一部の女性が気を失うようなそのグロテスクさに戸惑う声が上がる中、ポイズンキマイラを認識したイビルアイが触手の歩みを止める。

 その瞬間、魔物の本能がお互いを敵と認識して、闘いが始まった。


「ガルルルルルアアアアア!」

「ジュッ……!」


 咆哮ほうこうと、粘液ねんえきの滴る音。


『え……ええと、た、闘いが開始しました!』


 実況者が叫んで、組み合うモンスターが二体。触手とキマイラの腕の力は互角のようで、偶然にもスタジアムの中央近くで開始した二体の殺し合いは、かつてないショーを観客に提供していた。


「え、ヴェノムって目玉の魔物なの!?」

「んなわけあるかバカ! きっと使い魔だよ! さすがヴェノム様だ、あんな大きなイビルアイを飼ってたんだ!」

「そりゃ【勧善懲悪ノブレス・オブリージュ】も棄権するよな、ギャハハハハ!」

「ちょっと、何よその言い方!」

「あ!? 見ろよあれ!」


 変化は、直ぐに起きた。

 組み合い、拮抗きっこうしていたはずの力は、イビルアイの生やした触手が増えることによって、文字通り手数が不利なキマイラが巻き付かれ、体内に飲み込まれていく。

 そして熊の頭を目玉が飲み込むとイビルアイとキマイラは合体して、一塊ひとかたまりの化け物になってしまった。


「えっ……これ、どっちの勝ちだ?」

「あれって、あのごちゃまぜの動物が目玉を飲み込んだの? それとも目玉がごちゃまぜの方を飲み込んだの?」


 観客たちは知るよしもなかったが、イビルアイとキマイラの意識はすでに同化して、周りに見えるのは観客ばかり。新しく生まれ変わったモンスターは人知れずその意識を観客と言うに向けようとして――


「くそっ、都合良くはいかないか!」


 赤い炎がその魔物――イビルキマイラへと襲い掛かり、意識の向きを変えさせる。


「あ、あれは……スカーレット様!?」

「ってことは……」

「もう一回行きます、合わせてくださいスカーレットさん!」

「ギオオオオオオ!」


 迫る触手が拳と剣に払われ、赤と蒼の炎が再度イビルキマイラに襲い掛かる。


「やっぱりだ! 【不可侵のヴェノムチャンネル】が来てくれたぞ!」

「ちょっと、【勧善懲悪ノブレス・オブリージュ】もよ!」

「何だよ、今までのは全部演出かぁー!?」

「すげえ、あんな化け物が前座扱いだぜ!? やっぱ帝都の運営は神!」

「ダンジョンでも見たことねえよ、あんなモンスター!」


 誤解混じりに状況が解釈され、しかしかつて無い大喝采だいかっさいが闘技場を包む。


『よっ、予定を変更してお伝えします! 【不可侵のヴェノム】vs【勧善懲悪ノブレス・オブリージュ】は【白熱レイドバトル! 不可侵のヴェノム+勧善懲悪ノブレス・オブリージュの、イビルキマイラ討伐!】となりました……で、良いんですよね? え? もうそれでいい? そ、それじゃ試合開始ぃーっ!!」


 そして戦いが、始まった。









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