第65話 ある暗殺者の最期と戦いの始まり

 ――その男たちは、暗殺者だった。


 金で雇われ、名前を売り渡し、今では互いを呼ぶときも任務のたびに異なるコードネームのみ。そんな生活を続けた先にあったのは、有名配信者の暗殺だった。


「貴様らがスラム街一と名高い暗殺者ギルドであるか、我が貴様らを読んだのは他でもない……」


 別に聞きたくはなかったが、依頼主からはいかにその配信者達が『悪いやつ』かと、自分の依頼がいかに『正義であるか』を長々と説明された。

 男たちからしたら別に金が貰えれば何でも良いのだが、仕事である以上は依頼主の長話を聞かなければならない。だから適当に聞き流して、最後に報酬額を黙って1割増しにした。


「……」


 黒い覆面を被り、男たちは音もなくジャック達のいる控室に近づく。警備兵はすでに依頼主の貴族が権力と賄賂を使って退かしており、あとは扉から突撃するだけ。


「こちら【B】配置よし」

「こちら【A】配置よし」


 魔珠からの僅かな音声を耳にして、廊下に飛び出したとしても絶対に逃さない鉄壁の布陣が完成する。

 頭に叩き込んだターゲット四名の顔を思い浮かべ、その顔が恐怖に歪む所を想像し、男たちの顔にゲスな笑みが浮かんだ。


「さぁお前ら、気を引き締めろ」


 あの変態貴族は生け捕りのほうが報酬は高いと言っていたが、流石に四名全員生け捕りというのは無理があるな、などと仲間と話しあった結果、ジャックともう一人、魔術師のマリンを優先して生け捕りにし、モックスとサレナは殺すことになっている。


(ククク……気の毒だが、帝国貴族にケンカを売ったのは間違いだったな)


 どちらにせよ捕まえた方は変態貴族に売り飛ばすだけだが、そうなった時、あの無口な女魔術師がどんな目にわされるのか……それについて、暗殺者は興味が無いわけでも無かった。


「3、2、」


 依頼主の貴族に渡された『隠し玉』が袋の中にあるのを確認しながら、カウントダウンが進む。しかし、


「1、ゼ……」


 ロ、と言う前に、壁を砕く轟音が響き渡った。


「なあっ!?」

「やはりネズミがいたぞジャック!」


 壁を砕いて現れたのは、光るガントレットを装備したモックスだった。

 スローモーションに見える世界の中、不意打ちをまともに食らった部下2名の首から嫌な音がして、ふっ飛ばされたまま動かなくなる。そして、


「【威光】!」


 女――おそらくはサレナの声と同時、眩しい光が炸裂し、一瞬だけ男達の思考と行動を停止させる。その一瞬でさらに2名が攻撃を食らい、床に倒れた。


「ちっ!」

「おっと」


 ガキン、と投げたナイフが弾かれる音がして、土煙の中から現れたシルエットは4つ。


「僕らにケンカを売るとはね。しかも控室の周りでコソコソと……今度は誰の差し金かな?」


 その中でも銀の鎧姿よろいすがたで大剣を構えた男、ジャックはいけ好かない笑みを浮かべて、女にウケの良さそうな甘い声で言った。


「貴様ら、何故分かった」

「僕らがこれまでにどれだけ襲われてるか知らないの? こんな沢山来たら気配で分かるよ」

「チッ、第六感か」


 実際に目にし、声を聞くと、確かにこれは貴族でなくともいけ好かない人間だと言うのを実感する。

 貴族の世界から追放されたにも関わらずのびのびと生きているその生き様が、たぐいまれなる美貌びぼうと相まって余計に憎い。


「で、諦めてくれる? 今なら謝罪動画出演だけで許してあげるよ」

「面白い提案だが、お前らの謝罪動画を先方がお望みなんでね。悪いが火遊びはここまでにしてもらおう」


 そう言うと、


「火遊び? フフ、これが大火だとも気づかない愚か者でしたか」

「遊びじゃない。それにもう、私達は止まらない」

「お前ら貴族の犬は、俺たちの配信で笑われるのがお似合いだよ」


 調子に乗ったセリフが続いて、いよいよ男の怒りが限界に近づく。


「犬、だと……?」


 思い出すのは、スラム街での生活。

 残飯をあさり、兄貴分にびへつらい、寝床を遊び半分に破壊される、文字通り犬のような生活。

 それを元とはいえ、貴族にバカにされて男達の意識が変わった。


「ふざけるなよ、気楽に生きてきただけの貴族どもが……っ!」

「リーダー!」


 廊下の奥から声がして、多少不完全ではあるが包囲はまだ生きていることを確認する。ならばまだ勝てると、暗殺者のリーダーは確信した。


「【薬】を使え! 生け捕りはナシだ、存分に暴れまわれ、一人も逃がすな!」


 その言葉に、暗殺者達は歯に仕込んだ薬を飲み込み、体内を巡る魔力が大幅に増幅される。


「オオオ……!」


 それと同時に高揚感が身体を支配して、自分たちにかけた強化魔法がさらに効果を増したのが分かった。

 あとは未だ多勢に無勢、好きになぶれば良い、とリーダーが判断したその時、ふとひらめきがひとつ、脳に走る。


(殺すと決まれば持っていても邪魔なだけ……どうせだ、今使うか)


 そう思い、腰の袋に入れていた魔珠を掴んでしまった。


 ――それが、だった。


「?」


 じゅぶっ、と『変な感覚』がして、何かが自分の後ろに逃げた。

 そう理解して右腕に目をやった瞬間、そこにあるはずの右腕の、肘から先が何処にもない。


「――」


 言葉も出せないまま体は床に倒れて、そこには自分の血の池があった。

 何が起きた、と思考する間も無く、名もなき暗殺者の脳は『それ』に食われる。


「な、何だあ!?」

「リーダー!? え、なに、ぎゃあああああああ!!」


 そこにいたのは、触手の生えた目玉。

 イビルアイと呼ばれる、ダンジョンにしかいないはずの異形のモンスターが、暗殺者のリーダーを食って現れた。


「おいちょっと待て……魔物!? 何でアイツ自分から食われたんだ!?」

「ジャック、気にしてる場合か!」

「っとそうだ!」


 モックスが空けた壁の大穴から控室に逃げ込んだその直後、


「た、助けて!」

「はぁ!? ふざけるなお前ら……!」

「定員オーバー」

「そ、そんな……ぎゃひい!」


 暗殺者達がそこへ避難しようとして、蒼い炎の濁流が廊下を流れた。


「ジャック!? 無事か!?」

「その声……ヴェノムさん!?」


 敬愛する配信者の声がして、瞳を輝かせてジャックが廊下を覗く。

 そこには自分へと駆けつけてくれるヴェノムがいて、


「ヴェノムさあああああ痛っ!?」

「「「飛び出すなバカ!」」」


 感動に泣きながら飛び出そうとしたジャックを、仲間3人が掴んで止めた。

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