第64話 契約破棄と自白する貴族

「これは一体どういうことですかな、ヴェノム殿!」


 闘技場・チャンピオンバースの、控室。

 私兵を数名連れたその男・コラット・シンガプーラ・ソマリは、部屋に来るなり怒った様子でそう言った。


「どうもこうもないでしょ、盗撮とは趣味の悪いことですね」

「誤魔化さないでいただきたい。まさか貴方が敵である『勧善懲悪ノブレス・オブリージュ』と仲良く並んで観戦とは……見損ないましたよ!」


 ソマリは獣の手で机を叩くが、扉の横にいるスカーレットも、椅子の傍らにいるコロラドも、そして当然ヴェノムも平然としていた。


「見損なわれましてもねぇ。私の契約はこの人らにこの後で勝つことであって、交友関係をとやかく制限されてましたか?」


 映し出されているのは、先程ヴェノムとジャックが語らっていた時のもの。


『ヴェノム様が闘技場で暗殺者を殺してたんだが、もしかして俺死ぬ?』


 というタイトルの配信が出回っており、そこには暗殺者を捕まえる騒動の中、並んで売り子に食事を注文するヴェノムとジャックが映っていた。


「しゃあしゃあと……! 事によっては私たち帝国貴族への敵対行為と捉えさせて頂きます!」

「一緒に並んでメシ食っただけで?」

「貴方、私達貴族になんと言って回りました? 必ずやあの不心得者を倒すと言ったではありませんか! 私の名前まで出して!」

「いやですから、言いましたけど仲良くしないとは言って無いでしょ。決闘前なのだからそろそろ出て行って貰えませんか」

「ふざけないでください! おかげで私は良い笑い者だ! 裏切り者どもとつるむ詐欺師と組んだ覚えはない!」

「ならば契約、破棄しましょうか?」

「えっ?」


 その言葉にソマリ側の面々は驚き、コロラドはスカーレットの位置まで下がって、スカーレットは大きなため息をついた。


「今更金に執着して恨まれても面倒ですしね。後腐あとくされなくさようなら、ということで私達を、これを破って頂いて構いませんよ」


 そう言うと、ヴェノムは机に書類を投げた。もちろんそれは本物の契約書で、ヴェノム側が保管していたもの。


「……二言はありませんね」

「ありませんよ。さぞかしそちらの兵隊さんも腕自慢でしょうし」

「ふん、田舎者でもその程度のことは理解できるようですね……こんなもの!」


 ビリッ、と紙を裂く音がして、契約書が破られた。

 そして次の瞬間、控えていたソマリの私兵は一名残らず倒れ伏す。


「……へ?」

「まぁ、言いたいことは色々あるんですが、この際口に出すのは止めときましょう。次の試合まで時間もないし」


 それまでの社交辞令は崩さないが、スカーレットの剣は仕事を終えて、また一本の剣に戻っている。


「あ、あの……?」

「何か? 言っておくけど言葉は選べよ侵入者。無関係の奴が試合前の【毒使い】の控室にいたとして、死なない保証がありますか?」

「あ、ちなみに私はカキョムから公的に遣わされた護衛だからな。当然帝国の脅しには屈しないぞ」

「私たちも、あなた達なんかの言いなりにはなりません!」


 燃え盛る赤い炎の剣を構えた女騎士と、白黒半々の猫の獣人が構える蒼い炎。

 私兵を全員失って尚、それでもソマリは歯を食いしばって、


「な、舐めるなよ若造どもが! この私とて帝国貴族に先祖代々列する身! ここで末代までの恥を晒すくらいならごめんなさいすいません! 調子に乗ってました! こともあろうに貴方様をあなどり、このような手段に出たことをどうかお許し下さい!」


 少し頑張ったが、スカーレットとコロラドに炎を突きつけられて土下座した。


「時間もないしなあ、許してやるよ」

「は、はい! ありがとうございます! バカめ油断しおって! どうせこの動画が出回った時点で手は打ってある、生きてこの闘技場を出られると思うなよ! ここさえ逃げ切れば私にかかせた恥は万倍にして返してやる!」

「へぇー」

「らしいですよ、ヴェノムさん」

「見下げ果てたな」

「……あれぇ!?」


 ソマリの手にはダーツが刺さり、当然そこには自白剤が塗られている。


「いやー、すっかり騙されてしまった。これは俺の尋問もまだまだだな。これではホントかウソかわからないぞ?」

「いや、これ、自白剤! 自白剤でしょ!? わたし正直です、正直に全部話します!」

「うーんこれはウソの気配だ。きっと俺たちをここから出さない手段や企みがたくさんあるぞ」

「まずこの後のプログラムを変更させました! 貴族の仲間が今『勧善懲悪ノブレス・オブリージュ』を始末しに向かっています! 不慮の事故とアナウンスさせて、代わりに闇ギルドから仕入れた魔物とヴェノム様を戦わせて、契約自体をなかったコトにするつもりでした! お願いします許して下さい!」

「魔物!? 貴様らそんなものまで……魔物の飼育や売買を禁じているのは帝国法だろう! どうやってそんなものを仕入れた!」

「ど、奴隷です……」

「は?」


 意味の分からない返しに、スカーレットがソマリに剣を突きつける。


「書類上は奴隷を買ったことにして、魔物を飼うんです……そうすれば……へへっ、何があっても『奴隷同士が殺し合った』だけで何の罪にも」

「クズが!!」

「ぶへっ!」


 ガツン、と嫌な音がしてソマリがふっ飛ばされ、壁に頭からめり込む。さらに追撃を加えようとしたスカーレットを、コロラドが羽交い締めにして止めた。


「何故止めるコロラド!」

「貴女が……私の友達が、こんな奴の血で穢れて欲しくないんです!」

「っ……コロラド……お前は……すまない。つい我を失った。ありがとう……」


 剣を納め、頭を下げるスカーレット。


「あとヴェノムさんもダーツ投げるの止めてください」

「ちっ。大丈夫だよ致死量じゃないから……」


 苦々しげに舌打ちして、ヴェノムもダーツをぽいぽいと投げていた手を止める。


(にしても、友達……か)


 その響きに笑みを浮かべて、しかしすぐに思考を切り替える。

 部屋の魔珠をつけると、試合は佳境。ヴェノム達の本来の出番が迫っていた。


「……行くぞ。あいつらを助けに」

「ですね!」

「そうだな、もはや超☆会議など知ったことか!」


 そうして惨事の後始末を手早く済ませて、3名は部屋から飛び出す。

 その後しばらくして呼びに来た係員は、縛られたソマリたちと、その自白が録画された映像魔珠を見て、全てを悟ったのだった。

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