第63話 世界をその目で覗く魔『樹』

「ほら、キリキリ歩きなさいな。あなたのもう片方の目は視えているでしょう?」

「くっ、貴様ら……後悔するぞ! 真人を解放しろ!」

「人生は後悔の連続ですわよ。ほら進んで進んで」


 帝都の喧騒けんそうも聞こえないこの場所、王宮の隠し通路で、人知れず石の階段を歩く四名。

 蒼い魔珠に照らされて進む石の通路は、こんな状況でなければ幻想的だった。


 コツコツと足音を立てて進む四名のうち、当然先頭は帝王・カイゼル四世。その体を片手で掲げるように歩かせるのはメーアスブルクだ。その後ろにリョウゼンが続いて、念のため背後をガンビットが守っている。


「……大陸に出回る魔珠はほとんどが帝国産だ。公開されている製法でも魔珠は作れるが、質は低かった……まさか帝国産の魔珠にこんな気色の悪い仕掛けがあるとはな」


 ガンビットは帝王の瞳に入っていた魔珠を見つめながら言うが、既にそこに魔力は無く、ただの抜け殻になっていた。


「ふん、馬鹿め。帝国が何の見返りも無しにそんな技術を供与きょうよすると思っていたのか? 魔珠をばらまくからには、それなりの意図があって当然だろう」

「だからこうして調べた。……調べを進めるあいだにも魔珠は大陸で大流行し、我が王都でも流行っていたがな……誰もが魔力を容易たやすく集められるという点だけでなく、全ての魔珠を繋ぐ『母なる魔珠』の存在は、絶対に悪用されると踏んでいたよ。、というのは貴様の口から聞かせてもらうぞ帝王」


 険しい表情でリョウゼンが言うが、対するカイゼルは何かを諦めたような笑みを浮かべている。


「ククク……どうせ真人から離れた時点でそれはもう使えはせぬ。それは今となっては石ころだが、全ての魔珠の映像を自在に起動し、外界を見ることができる魔珠だった。しかもただのアクセスではなく、痕跡を残さない起動だぞ」

「ということは……やはりいたのか」

「ああ、あらゆる事象をな。貴様らはまだ用心深い方だったが、愚か者たちはあらゆる機密、秘密を魔珠の前で口にしたよ」

「……趣味の悪いこと」

「おかげで反乱分子の処分が楽だったよ」

「外道め」


 魔珠は誰がどこでどう作ろうと、帝国のどこかにある『母なる魔珠』と呼ばれる魔珠に接続されるからこそ、他所の魔珠で撮影した動画を誰もが共有できる。

 そういう技術なのだと聞かされてきた帝王以外の面々は、魔珠がこの男の監視ツールだったことに動揺と憤りを隠せないまま、石段を下へ下へと降りて行った。


「それで、どうする? 真人の首を落とし、帝王として君臨するか? それとも、このまま下へ向かうか?」

「私やガンビットが帝王になりたいだけならこんなことはしない。罪のない民草を一人でも多く救い、生きられるようにする。それが王と言う者の使命だろう。帝王がそんなことも忘れたか? 当然、我々の選ぶ選択肢は下へ向かう、だ」

「や、やめろ……これ以上進んでも何も無いぞ……」

「ウソが下手すぎますわねぇ」


 それから、どれほど進んだ頃だろうか。階段は終わり、蒼い光に照らされた一本道になった。そしてその先に見えるのは小さな扉。


「あの先か」

「や、止めろ! 進むな、見るな!」


 カイゼルの声を無視して進み、その扉にガンビットが耳を当てる。そして手で合図した後、少し離れて『天穿つ龍の牙ドラグーン』の砲撃を放った。

 すると木の扉は粉々に吹っ飛び、わずかな風が土埃を吹き飛ばし、その『音』を全員が耳にする。


「これは……心臓の音?」


 メーアスブルクがカイゼルを掲げたまま進み、扉があった場所を抜けた先にあったのは、巨大な空間。


「こ、これは……」


 ――そこに生えていたのは、魔珠の実る巨大な『樹』だった。

 心臓を鼓動させるような音を立てながら、まるで果実のように色とりどりの魔珠が枯れた枝の先について、葉は一枚もない。

 そしてその樹からは、先ほどカイゼルの眼に埋め込んだ魔珠の触手に目玉がついたような化け物が、うねうねと這って魔珠を『収穫』している。


「さすがに気色悪いな……」


 そしてその収穫された魔珠は魔物ごと木の表面を張り付くように転がり、魔珠と同化した化け物は木の根元に吸い込まれたかと思うと、少し離れた場所の根っこからふわりと『上』に浮かび、この部屋の天井に吸い込まれていく。


「ほら、説明しなさい」

「こ、これが・ユグドラシルだ……見ての通り、イビルアイと呼ばれる魔物を利用してを生成し、それを上で改良している」

「イビルアイを利用? 共生ではなく?」

「イビルアイの命はもう無い。アレは幹の中で繁殖させられ、魔珠と同化させられ、ああして魔珠となって種子のようになるだけだ。あとは王宮の地下の工場で一手間、魔法をかけてやれば、録画や編集ができるようになる」

「つまるところ、気色の悪い魔珠生産工場だな」

「く、クク……何とでも言え」


 そう告げるカイゼルの身体は震えていたが、ガンビットはそれを見て何かを疑っているような顔になった。


「……カイゼル、何を企んでいる?」

「答えてもいいが、それは少し野暮やぼと言うものだな……この樹は既に十分な魔力をこの国、いや大陸中から……」

「っ、メーアスブルク、!」

「えっ!?」

「なあっ!?」


 ガンビットの判断は早かった。

 カイゼルが問いに答えなかった時点で、既に何かをしようとしていたことは明白。だからガンビットは、カイゼルを


 放り投げられたカイゼルは放物線を描いて、既に殺到していたユグドラシルの根に空中で貫かれる。


「あっ、ぎゃ、ぎゃああっ! そんな、こんな終わり方……うごぉっ!」


 胸を貫かれて口から血を吐き出し、拘束は解けるが、もはやカイゼルが生きているようにはとても見えない。

 しかし胸を貫いた根に支えられて目を赤く光らせたカイゼルは、床に立たされた状態でガンビットたちと相対した。


「キサマラ……ヨクモ邪魔ヲシテクレタナ、ダガモウ遅イ……」

「この樹、意思があったのか」

「我ハ『ゆぐどらしる』……世界ヲ覗キ、愚者ニ知恵ヲ授ケルモノ……」


 カイゼルの口を使って、魔樹・ユグドラシルは三名に語り掛ける。

 しかし既にこの場の空気は、闘いの直前以外の何物でもない。


「ソシテ……!」

「何だと……むおっ!」

「リョウゼン殿! くっ……!」

「お二人とも!」


 床と壁と天井、あらゆる場所から根が飛び出し、三名を襲う。

 しかしガンビットの『天穿つ龍の牙ドラグーン』と、メーアスブルクの足元から伸びた大量の影がそれらを全て破壊した。


「逃ガサヌ」

「逃げるぞガンビット、メーアスブルク! 既に遅かったようだ!」


 部屋全体を揺るがす地鳴りが起こり、さらに根の攻撃は続く。そんな中三名は撤退を選んで、元来た階段を目指して走る。


「まったく、老体には辛いぞ!」

「とにかく逃げ切りましょう、我が王よ!」


 かくして、逃走劇が始まった。




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