第54話 何かを探るものは、いつだって闇の縁

「ふーむ」

「どうかしましたか? ヴェノムさん」

「何かあったのか?」

「いや……」


 ガンビットとの魔珠による通話を切ったあと、ヴェノムは悩んでいた。

 今日はこれから部屋に戻って寝るだけとしても、問題は明日からだ。


「明日からのことなんだが……」

「よう」


 と、そこへ聞き慣れた声。

 現れたのは、魔術師のようなとんがり帽子にローブをまとった褐色肌に銀髪のエルフだった。


「師匠!?」

「エイルアースさん、もう来てたんですか!? 一体どうやって?」

「ふふん、馬車だけが移動手段というわけではないのじゃよ。ま、エルフの知恵じゃな」

「なるほど、エルフにはまだまだ知られてない知識があるのですね」

「そりゃそうじゃ、エルフの叡智えいちあなどるでないぞ」


 どやっ、と得意げなエイルアースに対して、ヴェノムだけは答えを知っているので黙って目をそらした。


「何か言いたそうじゃなヴェノム」

「いえ別に。それで何の用です?」

「実はわしもサクラの奴から帝都の調査を頼まれてな。やることは同じじゃろ。この帝都に違法奴隷商人の気配はあったか?」

「さっきまでガンビットと通話してましたけど、流石に初日じゃ何も分かりませんってば。長旅だったし、今夜は大人しく休みますよ」

「そうか……いや、それなら良いのじゃ」

「?」


 ホッとしたようなため息混じりの言葉に、ヴェノムは首を傾げる。対して、エイルアースはちょこんと椅子に座って顔を近づけた。


「……儂の方で、すでに行方不明者が出とる」

「ええっ!? むが……」

「声が大きい。……顔はさらせんが協力者を2名ほど得てな。どちらも仲間が調査に来た初日の夜に姿を消したらしい。ヴェノムよ、この帝都、油断ならんぞ」

「……そのようですね。その言い方からして、協力者ってのは他の王都からの調査員ですか?」

「そうじゃ。それを初日に……しかも痕跡こんせきすら残さずに消すとはのう。お主らが来たのは動画で知っておったが、むしろ命拾いしたかもしれんの」

「……」


 ぶるりとコロラドが身体を震わせ、スカーレットの顔が険しくなった。

 呑気のんきに夜を迎えてしまったが、まさかそんなことが……とヴェノムも気を引き締める。


「だとすると下手に夜の街をうろつけないな。明日からは離れずに行動しよう。師匠はどうしますか?」

「儂はどうとでもなる。お主らはお主らの好きに動け。ただし身の安全が第一じゃぞ。気をつけろよ」


 それだけ言うと、エイルアースは背後や客を気にしつつ足早に去っていった。その警戒ぶりからも彼女の真剣さが伺えるが、大事なのはここで怯えることではなく、正しい選択肢を選ぶことだ。


「じゃあ夜の街の探索はナシにして、明日はあいつら……ジャック達の情報を集めるか。いいな、コロラド、スカーレット」

「はい」

「わかった。が、アテはあるのか?」

「俺に考えがある。手がかりは貰った」

「手がかり……ガンビットさんが言ってたことですよね」


 腕を組んで言ったヴェノムに、コロラドが補足する。


「そう。どっか適当な貴族の家に行って、聞けば良いだろ」


 しかしその楽天的な発言を、スカーレットが笑った。


「ははっ、おいおいヴェノム、そりゃ無理だろう。カキョムでもそうだが、約束もなしにいきなり訪ねて貴族の方が情報をくれるわけがない。ましてや帝国貴族なら尚更身内のことは言わないと思うぞ」

「……じゃあ賭けるか?」

「ワハハ、良いだろう! もしそれで上手く行くようならお前が飽きるまで私の語尾にワンとつけてやる!」


 そしてその日は何事もなくホテルの部屋に泊まって終わり、次の日の朝。


「ご主人様がお会いなさるとのことです。どうぞお通り下さい、ヴェノム様」

「どういうことだワン!」

「良いよ今やらなくて……」


 犬の獣人のメイドに案内されて、ヴェノム達は早朝の高級住宅街、その真ん中にある立派な屋敷の庭へと通された。


「す、すごい……本当に通されちゃいました。こんな大きなお屋敷に……」

「……ヴェノム、お前本当は昨晩、何か仕込んでおいたのではないか?」

「んなことするかよ、ほら行くぞ」


 広い庭の中心には噴水があり、さらさらと常に水が吹き出ている。

 そして各地から集めたであろう花や木が美しく剪定せんていされ、ポツポツといる庭師らしき者がせっせと庭を手入れしていた。


「やあやあようこそヴェノム殿。お噂はかねがね……この屋敷の主、コラット・シンガプーラ・ソマリです。

 あの『盗賊の大平原』を駆け抜けた傑物けつぶつのお話! 伺いたいと思っておりましたよ。ささ、玄関で立ち話というのもつまらない。ささやかながらお食事をご用意させましょう」


 そして、出てきたのは太った猫の獣人の貴族。スーツを纏い杖を突き、片眼鏡をした彼は獣の血が濃く、全身に生えた三毛の体毛と丸いシルエットから、ヴェノムとコロラドはブリージを思い出していた。


「どうぞおかけ下さい」


 そして通された小部屋には、朝早くだと言うのに皿に盛られた菓子が並び、いくつものポットが白いクロスのかかったテーブルの上に整列している。


「最近の流行りで紅茶のブレンドというものがありましてね。年甲斐もなく遊んでいる次第で……何かリクエストはありますか?」

「いえ、お任せします」


 そうして全員が席につき、メイドたちが無言で紅茶を淹れていく。そして全員に紅茶が行き渡ると、ソマリは肉球のついた手を振ってメイド達に退室を促す。


「それにしてもまた厄介な連中に目をつけられましたな、ヴェノム殿」


 そして笑顔のまま、ソマリは続けた。

 対するヴェノムは、いつも以上によそ行きの雰囲気で、


「恥ずかしながら帝都は初めてでして。してやられた、と言ったところでしょうか」


と、言った。


「ハハハ、これは気弱な! 襲い来る盗賊どもにあれだけ勇敢に立ち向かったヴェノム殿ではありませんか」

「いえいえ、情報がなければ私とてこんなものです。『敵を知り己を知れば百戦危うからず』……基本をおろそかにしたばつでしょう」

「しかし『勝兵はず勝ちてしかる後に戦いを求め、敗兵はず戦いてしかる後に勝ちを求む』とも言いますからな。つまるところ、ヴェノム殿が目指すところはでしょう?」


 ソマリのその言葉に、ヴェノムは目を見開いて驚く。


「……これはこれは、話が早い」

「私も貴族のはしくれですからな。ヴェノム殿が望む『勧善懲悪ノブレス・オブリージュ』を……今ここで差しあげましょう」


 笑顔のまま、ソマリは葉巻を口にくわえる。その笑顔は、天高くから安全に外界を覗く者のそれだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る