第55話 笑う投資家と、働かない配信者
「――『勧善懲悪』のリーダー……ジャック・ジャンガリアでしたか。彼は昔ね、ジャンガリア家の跡継ぎとして、それはもう期待されていたのですよ」
葉巻の煙を吐きながら、ソマリは続ける。
「彼の父親、ラック・ジャンガリアはこの国の王族の指南役の一員でした。
帝王が振るうべき剣を教える役……当然、とてつもない栄誉職です。私のような
「こ、木っ端って……」
「私とて帝王の気まぐれ一つで明日から路頭に迷う身ですよ。まさにこんなものは砂上の楼閣、だからこそこうして、
「姉……」
「これがまた気立てが良くてねぇ。まさに社交界の華でした。そんな彼女がこの国の第四皇子の婚約相手となった日、ある事件が起きたんですよ」
「事件?」
「はい。ジャック・ジャンガリアの……『瞬殺』です」
「瞬殺?」
「ふふっ、要は決闘で手も足も出ずに負けた、という事ですね。ちなみに決闘の相手は
「……それって」
語り口から、嫌でも分かるその不自然さ。
「八百長……?」
スカーレットが、信じられないと言った顔で訪ねた。
「でしょうね。そして彼は指南役の地位を
それからの情報は少ないのですが、下々の民に剣を教えて暮らしていたとだけ分かっています。ちなみにもう一人の男、モックスはジャンガリア家の元召使いですね。没落してもジャックについて行った所を見ると、臣下の絆は深いらしい」
「……」
「そして女性の方ですが……サレナ・フォートレスとマリン・ワダツですね。マリンに関しては、そちらの護衛の方ならご存知では?」
まだ自己紹介もしていないのに、ソマリはスカーレットを知っている体で話す。
そのことに不気味さは感じたものの、スカーレットは苦々しげに口を開いた。
「……あの方、マリン殿はこの国……帝国の魔術師学院の教師だったはずだ。一度カキョムにお招きしたこともあったが、それ以外のことは知らない」
「なるほどなるほど……実のところ、あの女性2人に関しては情報が少ないのですよ。
服装からして魔術師と修道女なのですが、魔術師学院は『本人の素行不良により追放』としか伝えていませんし、サレナに至っては自身のいた孤児院を出たというだけで、没落もしていなければ追放もされていない。とはいえまぁあの若さで修道女にされていた時点でどこかの貴族の……おっと失礼。ま、そんなところですかな」
コロラドとスカーレットに配慮したのか多少無理に話を切って、ソマリはまた笑顔で葉巻を吸った。
その様子に我慢できなくなったのか、
「……あのう、一つ聞いて良いですか?」
コロラドが、手を挙げた。
「何なりと」
「どうして、このことを私達に教えてくれたんです?」
「……ぷっ、あっははは、愉快なお嬢さんだ! 無邪気だが針のように鋭い」
「えっと……え?」
笑われたことに困惑したコロラドが、助けを求めるようにヴェノムを見る。
「……元貴族達が正義の味方ヅラして
「はっはは、まさに。だからヴェノム殿、貴方には否が応でも、あの生意気な連中を叩き潰して欲しい……最低でも『この私が協力した』形でね。それで始めて私は貴族や王族の方々に貢献できるのですよ」
素晴らしいでしょう? と言わんばかりに笑みを浮かべるソマリの顔からは、それによって得られる利益がいかに大きいかが雄弁に伝わった。
「流石、投資家ですね」
「持っているからくれてやる、それだけの話ですよ。何を返してもらうかは選ばせてもらいましたがね」
「投資家?」
聞き覚えのない言葉に、スカーレットが尋ねるように言った。
「今更だけど、この方はこの辺りの『金貸し』なんだよ。だから一番情報を持ってるし、欲しがってる。
屋敷は立派で立地が良くて、門番に話をしたらすぐ通してくれるのは、『俺達に協力する計算が出来る貴族の方』くらいだからな。1軒目で当たって良かったよ」
「流石ですなヴェノム殿。世界の歩き方を理解している。
……さて、ここまでお伝えしたからにはそれなりのお返しは期待しますよ?」
じりっ、と葉巻の火を消して、ソマリの表情が変わる。しかしヴェノムは今までの調子を変えずに、しれっと続けた。
「それに関しては【チャンピオンバース】での勝利をお約束しますよ。私達の強さはご理解頂いているでしょう? 私達が挑まれた決闘とやらの配信で私達が勝った
「……もし負ければ?」
「その時は、私が超☆会議で得た金の9割でいかがです? ブリージという商人に利益を管理させていますから、そこと連絡を取っていただければ計算も早いですよ」
「なるほど、妥当な額ですね。しかし勝負は時の運だ。もしどちらかが何の関係もなく、他の要因で戦いすら起こらなかった場合は?」
「その時は最初から何もなかったということで。流石にそこまでのお約束はできませんよ」
「ふむ。まぁ……なるほど」
すでにソマリの様子は最初のものに戻り、葉巻の火を消してから放っていた迫力はもう無い。
「ではヴェノム殿、この後はどうされますかな?」
「第四皇子のお宅に
「馬車くらいなら出しますよ?」
「いえ、遠慮します。ご馳走様でした」
「こちらこそ楽しい語らいでしたよ。では書類を作りますのでサインをお願いしますね」
かくしてあっという間に話はまとまり、何枚かの紙にヴェノムがサインをして、彼らは屋敷を出たのだった。
「ふーやれやれ、緊張した」
まだ昼前の太陽は高く、空には薄曇。
広大な屋敷の立ち並ぶ街中を、ヴェノム達は街に向かって歩き出した。
しかし鼻歌を歌うヴェノムに対してその後ろを歩くコロラドとスカーレットは困惑している。
「なぁヴェノム、あれで良かったのか? 何だかこのままだと、八百長をするような家の後始末をする羽目になりそうなんだが……」
「いや、行かないよ? 今日はこのままホテル探しでもしようぜ」
「えっ?」
振り返ったヴェノムは、さも当然のように続けた。
「お前もコロラドもイヤだろ? 俺達が八百長するような貴族様の後始末に使われるの。俺もイヤだぞ」
「それはそうだが……」
「少なくともこれで俺達は、
「な、なるほどです」
「じゃあこの後はどうするんだ?」
「どうするって……さっきの家、奴隷がいなかっただろ? つまりあの家レベルの身分では、奴隷が使われてないってことだ。あとはあそこから身分の低そうな貴族様の家を回って、仕入れのヤバそうな奴隷がいたらガンビットか師匠に伝えれば良いだけじゃん? 昨夜ガンビットが言ってた貴族のツテを使うってこういうことだぞ」
「……」
「……」
「どうしたんだよ、いきなり黙って」
「いや……」
「ヴェノムさんって……本当に凄いんですね、って……」
「いやいやこれくらい普通だろ、ガンビットの奴ならもっと早いよ。ほら、足止めてないで行こうぜ」
「あ、ああ」
「はい……」
有能過ぎる知り合いの
コロラドとスカーレットはそんな話を思い出していたが、あえて何も言わなかった。
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