第53話 貴族階級から追放された彼らに戻って来いと言っても今更もう遅い

「いや〜、嬉しい!」


 ダン! と泡の浮いた酒のジョッキをテーブルに叩きつけて、ジャックは上機嫌だった。


「ったく、憧れのヴェノムさんがそんなに良かったか〜?」

「まぁまぁ、今日くらい良いでしょう」

「今日くらいね」


 仲間たちも我らがリーダーを眺める顔には笑みが浮かび、各々おのおの酒やツマミを口にしている。

 ちなみにここ『ひそやかなる宴亭』は完全予約制の、帝国には珍しい庶民的な値段の酒場だった。


「めっちゃ俺ヴェノムさんと近かったな〜もうあの宣戦布告とかさ〜ガチガチに緊張してさ……」

「もうその話、3回目だぞ」

「上手くいって良かったですね」

「結果オーライ。再生数もすごく良い」

「えへへへ、あー……そうなんだ……どれどれ〜?」


 魔珠を確認すると、かつて無いほどに回る再生数のカウンター。

 それだけで酒が進み、料理は至高の味わいとなってジャックを浮かれさせていた。

 しかし、


「いらっしゃいませ。あの、申し訳ありませんがこちら全席予約済みでして……」


 という声が耳に入り、視線が入口に向く。


「やはりここにいたか、ジャック」

「……ちっ」

「ああっ、お客様困ります!」


 ずかずかと入って来た男は店員の静止を振り切り、ジャックたちの席の横に立つ。テーブルの真ん中には『ノブレス・オブリージュ様ご予約済み』と札があり、それを伏せてジャックは言った。


「おやお兄様、お久しぶりですね」

「挨拶は良い、ジャックお前、いい加減に意地を張るのは止めろ!」


 ジャックの顔にもはや酔いはなく、その表情は平然としたものに戻る。

 ジャックがお兄様と呼んだその男は、ジャックと同じ金髪ではあれど、それ以外はそれほど似ていなかった。


「何をおっしゃっているのかよく分かりませんね。私はもうあの家から、ジャンガリア家からされたではありませんか」

「だから、それを無かったことにしてやると言っておるのだ。ありがたくこのを受け取って家に戻れ!」

「なあんだ、ご存知ないのですか」

「ん?」

「もう参加表明はしましたよ。ただし帝国貴族などとしてではなく、ただの配信者としてですが」

「それでは我が帝国に何の意味も無いではないか……! ジャンガリア家の栄誉をなんと」


 男がそこまで言った瞬間、バキィ! と音がして、ガラスのジョッキが砕け散る。


……? どの口が言いますか、そんなものは金で買えば良いでしょう、


 そう言った瞬間、モックスがわずかに顔を伏せたが、気づく者はいなかった。ジャック以外には、だが。


「こ、声が大きい。わかった、わかったよがめつい奴め……実のところ私とて、手土産が無いわけではない。お前のあの剣術の塾には帝都での運営権を発行するし、そこのモックスもまた我が家の小間使いに戻してやろうではないか」


 男の顔はもはやびるような笑いに変わり、対する四人は軽蔑の眼差まなざしを向ける。ジャックは水を口にして、


「……他は?」


 と言うと交渉の余地が生まれたと思ったのか、男の表情はさらに明るくなった。


「そこのサレナとやらの破門はくし、マリン殿もまた元の地位を約束しよう! 全て元通りではないか、それで何が不満だ?」

「全てですね」

「な……何故だ!? 何故そこまで意地を張って……給金か!? わかった、私が上に掛け合って国から……」

「そういうことではありませんよ、ジャンガリア卿」


 口を開いたのは、モックスだった。


「なんだと?」

「私達は、貴方達を軽蔑しています」

「豚の話には乗らない、それだけ」

「なっ……!」


 サレナとマリンが続けて言い放って、男は怒りに顔を赤くした。


「少し剣術が出来るばかりに調子に乗るなよ!? 配信者風情が!」

「ですからそう言うのであれば、私めなどにお声掛けせねば良いでしょうに。帝国のを惜しみなく使って、どうぞ帝国の名を大陸に轟かせれば良いではありませんか。私はそんな話には乗りませんが」

「っ……後悔するなよ!」


 捨てゼリフを吐いて、男は酒場を去っていく。周りもこの空気の読めない男を咎めるような視線を向けるが、その口からは


「ねぇ、今のってジャンガリア卿でしょう……?」

「ジャックじゃないか、やっぱりまだ例の件で揉めてたんだな、あの家……」

「あ、私、あの人達の配信見たことある。なんか炎上してたけど……アンチが言ってたのって、まさか本当だったの?」

「……」


 という、決してジャック達の味方ではない声がした。周りのそんな声にジャックの表情が曇り、舌打ちをしてサレナが周りを黙らせる。


「次の店行きたい」


 そこに間髪入れずマリンがフォローして、ジャックの目に涙が浮かんだ。


「……ごめんよみんな、こんな下らないことで……」

「お前のせいじゃないさ、それにお前は間違ってない。あんな見え見えの誘いに、俺達が乗ると思うのか?」

「いや……」

「だったらそれこそ、豚の泣き声と思って忘れちまえよ」


そう言って、笑顔のモックスがジャックの背中を叩いた。


「ははっ……そうだな。すまない……店を変えようか。店員さん、これ、お釣りは要らないから……」

「ひぇっ、は、はいっ」


 布小袋から金貨3枚を出して店員に渡すと、サレナの眼光と威圧感にひるんでいた周りはこそこそと視線を外す。

 そして四人が出ていった後に残るのは、彼らの不名誉なうわさ話。


――『帝国から追放された連中の寄せ集めパーティが、その腹いせに暴れているだけの配信』。


彼らのチャンネルで何度も流れたその侮辱は、今日も彼らの配信に大きな文字で流れていた。

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