第49話 幕間・帝都の酒場にて
「おい、英雄・ヴェノムが来たぞ!」
帝都の端にある酒場、『旅立ちと憩い亭』で、そんな声が響いた。そして何割かの冒険者が支払いをテーブルに叩きつけて走り去り、店の客がまばらになる。
「ククク、ヴェノムか……動画を観たが大した実力でも無いのにはしゃぎおって。可愛いことだ……」
そんな酒場の片隅で、顔に大きな傷を持ち、ガントレットを着けた男が酒を手に嘲笑った。
「フッ、お前もそう思うか、『鉄拳のカーマ』」
するとそこへ、ボロ布のようなフードとマントをつけた男が現れる。
その胸元には、大きな目玉のネックレスが生肉のように蠢いていた。
「『千里眼のセーヌ』……お前も来ていたのか。どうだ? 久々の帝都は」
「全くヌルいな。新参者にこれだけ湧くようじゃこの地域も知れている」
「ところでもう『登録』は済ませたのか?」
「当たり前だ。こういうことは後になるだけ不利。常識だろう?」
「違いない。そして英雄サマとその取り巻きが登録に殺到する頃には、俺たちの印象など消えているだろうさ」
「フッ、お前くらいだよ、このレベルの話が出来るのは」
「なに、俺も同じさ。この稼業、一度噛み合えばどちらかが死ぬまでだ。みんな殺して来てしまった」
「お前と拳を交えなくて良かった。交えていたら今頃、もっとレベルの低い連中しかこの酒場にいなかっただろうからな」
「ふん、強がり言ってろ」
そこに酒のグラスが2つ滑り込み、互いに顔を見合わせてからマスターを見れば、その奥で露出の多い女性が手を振っていた。
そして女性がグラスの酒を一気に飲み干すと、2人も慌ててグラスの中の酒を飲み干し、ゴン、と揃ってカウンターに突っ伏す。
「あらあら、お兄さん達大丈夫〜?」
そしてしれっと近づいた女性がサイフを盗んで、堂々とそこから金貨を抜いて去っていった。
「お客様、お帰りならお支払いを」
「は〜い」
銀貨を渡して、さらに金貨をもう1枚。
しっかりと店に口止めをして、女は街へと消えた。
(うーむ、ここが帝都か。酒は旨いが聞きしに勝る乱れっぷりじゃのう)
そんな一部始終を見届けたのは、ヴェノムの師匠・エイルアース。カード遊びに興じるテーブルに混ざって、しっかりと遊んでいた。
「おっと、1枚チェンジじゃ! 全賭け!」
「おほーっ、お嬢ちゃんもやるのう!」
「ガハハ、手つきが素人じゃねえぜ!」
「な、何を言ってるかよく分からないのじゃ〜」
老いたエルフの男性と髭面のドワーフに笑われながら、エイルアースは手札を伏せる。
そしてふと気づいて、声をかけた。
「ところでヴェノムって誰なのじゃ?」
「2枚チェンジ。最近流行りの配信者……だろ? ヤギスク爺さん」
「ノーチェンジじゃよコノキナ君。ワシは今どきの流行に疎くてのう、ホホホ」
「じゃあ勝負……まぁお嬢ちゃんの勝ちだわな」
「まいどありなのじゃ」
勝ち金を受け取って、エイルアースはぴょん、と椅子から飛び降りる。
そしてひらひらと2名に手を振って去り、外で地図に×をつけて次の酒場を目指した。
「ふーむ店選びを失敗したか? イマイチ情報が入らんのう」
一人呟くエイルアースだったが、その後ろには怪しい人影がついている。
大通りで地図に見入るというミスを人影が見逃すわけもなく、手に薬品を染み込ませたハンカチを手に黒のローブを着た男が近づいた。そして、
「それ以上は近づかん方がええぞ」
その警告に足を止めた瞬間、左右両側から拳と足が男の頭蓋骨に両側から衝撃を加える。そして男が倒れた後には、先程のエルフとドワーフが残る。
「ったく、物騒な街だぜ」
「同感じゃのう。アイタタ……飛び蹴りなんぞするもんじゃないわい」
「助けられたな」
「なぁに、礼は貰えるんだろう? カキョムの騎士団からな」
その言葉に、目を見開いてエイルアースは驚いた。どうやらそれなりの情報網は持っているらしい。
「……気づいておったか。目的はなんじゃ? 協力か? 『烈風のコノキナ』と『蹴撃のヤギスク』殿」
「いや、同行だ」
「同行……?」
「ウチの仲間が消えた。これで伝わるか?」
そう告げたその顔は、深刻そのもの。さらに瞳からは怒りすら伝わる。
「ちなみにウチもじゃぞ。若いもんにしちゃ有能だったんじゃがなぁ」
「……なるほど、つまりこいつがその手引をしておったと?」
「ハハ、それこそ悪い冗談だ。こんな弱いやつに負けるウチじゃないはずだったが、消えた理由がわからん」
「で、同行か」
「不都合か?」
「いや。ではよろしく頼む、お二方」
かくして役者は集い始め、物語の歯車は回る。
その先に何があるかは、神以外に知る者はいなかった。
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