第46話 説明って大事

 朝と呼ぶには太陽が高く昇った時間帯に、変装したヴェノムとコロラドは約束の場所――王宮の迎賓館げいひんかん前にいた。


「なぬっ、旅支度たびじたくは自前でして来たとな? うーむまぁ使えないことはなかろう! ヴェノム殿、これを持って行って欲しい!」

御義父おとうさ……ゴホン、執事さん、無理を言うものではありませんよ」

「何を言うかサマ……メイド殿、これは我が王都代表にささやかな贈り物をじゃな」


 どこかで見たことがあるような執事とメイドに指し示されたのは、四頭で引く大型馬車。それを引く馬も毛並みや筋肉が並外れて美しく輝いており、一目で高級さが伝わる。


「ささやか……?」

「こ、これがですか……?」

「四頭立てはせまくてのう、しかし急ぎの長旅なら致し方あるまい」

「馬宿に手配は済ませてあります、御者ぎょしゃの心配も要りませんわ」

「ありがとうございます。ありがたく使わせて頂きます。ね、お二人さん」

「あっはい」


 まだ馬車の迫力に気圧されているヴェノムとコロラドの前に立って、礼を述べたのは騎士団駐屯所所長・サクラだった。


「それでですなヴェノム殿、よろしければ色紙にサインを頂けませんか」

「はい、それくらいでしたら喜んで」


 色紙にさらさらとサインを書いて、それを受け取った執事? は嬉しそうに去って行った。そして他のメイドや執事も別の馬車に荷物の積み込みを終えて、門の外に2台の警備用馬車が到着する。


「相変わらずやりたい放題だなあの方は……で、だヴェノムくん。昨夜はまたしても世話になったね」

「いえ、俺は何も……ガンビットの方がよっぽど働きましたよ」

「それもそうなんだが、セクィント……例の犯人が自殺したからこれまた調査がかんばしくなくてね。何でウチのスカーレットが狙われたのかわかってないのさ」

「あいつ自殺したんですか」

「自分を蟲に食わせてね」

「うぇー」


 舌を出して、顔色を悪くするコロラド。


「まぁスカーレット経由でキミらを狙った可能性もあるんだけど、それにしても自殺ってのが気に入らない。アレでセクィントも闇ギルドの長なんだから、そうそう自殺するとは思えないんだが……まぁこれはキミらに言っても仕方ないね。

 とにかくそんなわけで、ウチとしてもキミの護衛ごえいにつくことにしたよ。王宮も快くこうして協力してくれたしよろしくね」

「やっぱそういう裏がありましたか」

「今バラしたんだから表だよ。てなわけで護衛はウチのスカーレットだからよろしく」

「え?」

「え?」


 何を言ってるんだ、という顔をヴェノムがして、

 何が言いたいんだ、という顔をサクラが返した。


「……まとめといた方が色々都合が良いじゃないか、どこか変かい?」

「いやまあそうなんですけど……アイツは今どこに?」

「あれ? おいスカーレット?」

「は、はい……」


 馬車の陰から、清楚なドレスを着たスカーレットが顔を出す。


「警護をうけたまわりました、マリアナ・スカーレットです……よろしくお願いいたします」

「初めまして、ヴェノム・ヴィネーです……ってええ!? スカーレット!? 別人かと思った!」

「よせヴェノム……茶化すな、恥ずかしい」

「あ、いつものスカーレット……だ?」

「う、うるさいな。早く行こう」

「……?」


 顔を赤くしてぷいっと逸らすスカーレットに対し、首を傾げるヴェノム。それを後ろから見るコロラドの表情が貼り付けたような笑顔に変わって、サクラがヴェノムの方に数歩進んで肩を組んだ。


「な、何ですかサクラさん」

「いやキミさぁ、昨夜何があったのか知らない? 今朝からこんなふうなんだけど……とか言うと思ったかこの野郎!」

「あいたたたた!」


 ぐりぐりとヴェノムのこめかみに拳を押し当て、空いたもう片方の手で今朝の号外をポケットから出した。

 そこには、


【密会中でも大手柄!? テロ事件阻止の裏で起きていた人気配信者と騎士団長の恋?】


 と書かれた号外がある。


「何ですかコレ!」

「こっちが聞きたいよ! 発行元の出版社に問い合わせても『担当はもう帰って寝てますね、ハムスターなので』とかクソふざけた回答だし! ウチの団員が血眼でキミを探してるし! エイルアースさんは酔い潰れてて話にならないし! 今ようやくここで話ができるんだぞ! 全部言え!」

「本当にロクなのがない! ……って言っても本当に知りませんよ。つか本人に聞いたらどうなんですか」

「も、もちろん聞いたけどさ……」

「?」


 すると今度はサクラまでが恥ずかしそうに目を逸らして、ヴェノムを解放した。


「良いんだヴェノム、私がちゃんと話す。さっきはすいませんでした、所長」

「スカーレット……」

「スカーレットさん……」


 ヴェノムとコロラドが呟いて、少し申し訳ない気分になった。

 普段あれだけ明るい性格のスカーレットが自分の失態を口にするのはさぞ辛いだろう。今まで自身を支えてきた努力という支柱が折れたのだから、今回のことは彼女を根底から揺るがす事態に違いない。

 しかしそれでも知り合いとして、また友として、傷をやしてまた元の彼女を取り戻して欲しいと、ヴェノム達は願う。そんな時、意を決したスカーレットが口を開いた。


「昨日、偶然街でヴェノムを見かけて、知らない店に入って行ったから私はそれを追って中へ入りました……それで部屋に通されるなり、ヴェノムが急に服を脱げって言って……わ、私は断ったんですけど、」

「待て待て待て待て待てーっ!!」

「何だヴェノム、私は今更逃げも隠れも……何してるんだ?」

「色々されてんだよ! 俺の全身が5色くらいで焼かれる前に口を閉じろ! あとコロラドは知ってんだろ同じ部屋にいたんだから!」


 色鮮やかな花火のような色彩の魔法陣と蒼い炎に拘束こうそくされて、ヴェノムが叫んだ。


「万華のほむらを束ねし精霊よ、その力を……ってコロラドちゃんも同じ部屋にいたのかい!?」


 杖を向けながら物騒な呪文をキャンセルして、サクラが目を見開いて驚く。


「い、いましたけど多分サクラさんが思ってるようなそういうのじゃないです! 昨日襲われたお店ってギリギリそういうお店じゃないでしょう!?」

「そ、そう言えば一応確かに!」

「ガンビットと飲める店なんてあそこくらいだったんですよ、だから魔法陣展開するの止めてもらえませんかね!」

「おっとそうだった」


 パチッ、と指を鳴らしてヴェノムが開放され、冷や汗を流す。

 そして真面目な顔で、


「コイツから毒蟲の誘引剤の匂いがしたから服を脱がせるしか無かったんですよ。セクィントがテロしたのはその直後です。後は知ってのとおりですよ」


 と、一息で言い切った。


「あ、そう……いやーびっくりした、危うくエイルアースさんに来てもらうところだったよ。……ん? じゃあ何でスカーレットはいつもと様子が違うんだ?」

「そりゃムカデを怖がった自分が恥ずかしいとか騎士団失格だとか思って落ち込んだんでしょ、なぁコロラド」

「ええそうですね、私もそう思います」


 そう言った、コロラドの顔は笑顔だった。


「でも、もちろんそんなことは無いわけで……ちょっと自信無くしただけでしょうし、あまり掘り返さないでやってくれませんか。なぁコロラド」

「ええそうですね、私もそう思います」

「ふーん? なんか違う気もするがまぁ良いか。話はわかったよ、どっちにしろ余計にスカーレットがキミらと行動したほうが良さそうだね。スカーレット、それで良いか? 無理強いはしないし、この街でセクィントや闇ギルドの情報を集めたいなら……って言いたいけどこんな記事が出ちゃあなぁ」


 バサリと広げた号外を見つめ、サクラが悪態をつく。


「いいえ、ありがとうございます所長。私、マリアナ・スカーレットは必ずこの2名を護衛し、無事戻ることを約束します」

「そうかい。なら良いかな、それで」

「俺はそれで構いませんけど」

「ええそうですね、私もそう思います」

「……コロラド? さっきからお前何かおかしくないか?」

「黙れこの朴念仁」

「何で今マサラお前が出てくるんだよ」


 そんなこんなで準備も終わり、2台の馬車の護衛付きでヴェノムたちは帝都へ向かって馬車を走らせた。

 残されたサクラのもとに兵士が書類を持って近づき、顔を寄せる。


「所長、セクィントの件の人員振り分けなんですが……」

「駐屯所で話そうか。……にしても、どうなるかねぇ」

「何がです?」

「いや、帝都とこの街、どっちが揺れるかなって思ってさ」


 そう呟く間にも、ヴェノム達を乗せた馬車は街の外へと走り去っていく。

 サクラが振り返って見た迎賓館が、それを不穏に見つめているような気がしてならなかった。

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