第14話 幕間・深夜のゲリラ配信、その大反響

「おい、見たか?」

「何をだよ」

「新作新作! 【不可侵ふかしんのヴェノムちゃんねる】の新作動画が出てるんだよ!」

「なにい~?」


 王都の片隅、『朝焼けと星空の酩酊めいてい亭』で、冒険者らしき男たちの酔った声が響く。

 傘の立ったテーブルが立ち並ぶ広い屋上はビアガーデンになっており、春先のぬるい風に吹かれて多くの冒険者が酒盛りを楽しんでいた。

 深夜とはいえ冒険終わりの冒険者からすればまだまだ宴は始まったばかりで、あちこちで腕相撲や飲み比べで勇を競う……そんなところに、降ってわいた配信の新規通知。


「盗賊? なんか最近多いな……おおっ、すげえ! 盗賊がどんどん落馬してくぞ! こりゃいい!」

「なんだ?」

「配信か?」

「すげえ、盗賊から逃げる商人の生放送だ!」

「マジで!? 生かよコレ! 芝居じゃねえんだ、すげえ迫力じゃねえか!」

「おい俺にも見せろ!」

「誰か映像魔珠持ってねえか!?」


 仕込みなしで盗賊から逃げきる唐突な配信に、周りの酒飲みたちは大歓喜してその行く末を見守る。

 画面ではまさに、今命を懸けた逃走劇が繰り広げられていた。


「そこだ、撃て! なーにやってんだあの護衛!」

「いや、奥の馬車の馬がヤバい!」

「ヴェノム、どこ狙ってんだあいつ! 水鉄砲なんか効くわけないだろ!」

「いや、馬の足が止まったぞ!? 前に行ってたしびれ薬か?」

「賭けだ賭けだ! 逃げ切るか犠牲が出るか、全滅に賭けてもいいぞ!」


 食い入るように見守る者、大きく投影して何人かで見ている者、不謹慎ふきんしんにも賭けを始める者と様々だが、それらの放つ熱気が極上のエンターテイメントの空気となって場を包む。

 そしてさらに『あのヴェノムの動画の第二弾』というだけでも、別の配信を見ていた者達が流入をし始めた。しかもそれらは大体が『第一弾の動画を深読みしていた勢』だったので、一度ヴェノムの動画をネタにした配信者、そしてその視聴者たちもどんどんと流入を始め、再生数は増加していく。


「やった、逃げ切ったぞ!」

「商人側の犠牲者は無さそうだな」

「予想通りだろ、襲撃なんてバレたら終わりだよ」

「誰だ盗賊が勝つ方に賭けたの……」

「もう一回見ようぜ、アツかった!」


 酒場では依頼主を守りきった同業者へ拍手が巻き起こり、酒も料理もどんどんと消費されていく。返り討ちにされた盗賊を笑う者、ヴェノムの思惑や毒を考察する者、配信が終わっても話題は尽きない。


「……おい、なんかヴェノムの配信がもう一個始まったぞ!?」

「何!?」


 そしてさらに追い打ちをかける、三本目の動画の投稿。


「ポイズンベアーだ、久しぶりに見たな」

「毒使いって言っても、ポイズンベアーに毒は効かないだろ?」

「いや、効いてるみたいだ。どうなってる? なんか爆発したぞ」

「海藻の毒……? へー、そんなのがあるんだな」

「ポイズンベアーをほぼ一人で倒しやがった、やるなぁ」

「トドメ差した獣人の子、可愛くない?」


 あっさりとポイズンベアーを倒す手際にさらに喝采が上がり、それに追従するように考察動画も増えていく。

 その一方で、それを面白がれない面々もいた。


「くそっ、マヌケどもが!」


 スラム街の地下、薄いカーテンで隠れた玉座からは怒りに満ちた声と、所構わずムチを振るう音。

 周りの犬マスク達はムチの標的にならないよう祈りながら、自分たちの主の怒りが冷めるのをただ待つしかできない。


「……誰か答えよ! どうなっている? 尾行させたのでは無かったのか!」

「はっ、そ、それが……我々が襲撃する予定の商人を護衛するクエストを請けたようで、魔珠を奪うついでに攫う予定だったのですが……」

「我々の襲撃がバレていたとでも言うのか!?」


 本来この黒マントの組織はヴェノムの件と全く別に、タヌキの商人・ブリージが高速馬車で運搬する魔珠を奪う予定だった。

 組織とてボスの怒りに付き合うだけでは回るはずもなく、奪った魔珠を高値で売る商売は昨今の配信ブームで軌道に乗ってきたはずだったのだ。

 しかしいち早くブリージがその気配を察知した偶然が重なって、またしても煮え湯を飲まされた。


「その様子はありませんが、バレていた可能性も……」

「くそっ、くそっ!!」


 地下を揺らすほどの力で玉座を叩く間に動画は終わりを迎え、


「そんなわけでヴェノムちゃんねるでした〜。いやー危ないところでしたけどね、頑張って下さった他の護衛と、走りきってくれた優秀な馬たちに感謝ですねー。

 それではみなさんもね、最近こんな感じで物騒なんで、気をつけてくださ〜い。今回はブリージ商会さんから頂いたお仕事でした。次回もよろしくお願いしま〜す」


 襲った側からしてみれば煽りそのものの笑顔と手振りで、多くの称賛コメントを浴びながら画面が暗くなる。

 バキっ、と音がして砕かれた玉座の肘掛けを叩きつけて、玉座の影は怒りに震えていた。


「この恥っ……この屈辱っ!! 決めた、もう殺す! ヴェノムの身柄に懸賞金をかけろ、この世全ての苦痛を与えて殺してやる!」

「し、しかしオブーナン様、それでは我々の『あの計画』が……ぎゃあっ!」


 ムチで顔面を弾かれ、犬マスクの男がふっ飛ばされる。


「黙れ! これまでの仕事で最早十分に魔珠は集まった! 計画に支障は無い! ならば! 我々『毒華の茨』を晒した罪、ヴェノムの血と肉と懺悔で贖わせる! 文句のある者は!」

「滅相もございません!」

「我ら毒華の茨の名において、必ずやオブーナン様の為に!」


 犬マスク達は犬よりも平たく平伏し、ぶるぶると恐怖に震えている。

 そこへ入口の扉が開いて、


「オブーナン様!」


 別の小柄な女部下が現れた。


「うむ、それでこそ……何だ!」

「あのヴェノムが、更にまた配信を始めたと情報が……ひいっ!」


 犬マスク達が平伏していることに遅れて気づいた哀れな伝令が顔を青めさせる。

 しかし時すでに遅く、


「どうも、まさかの一夜に2連続配信でーす」


 ふざけた声が響き渡り……


「嗚呼あああ゛ああああああ゛あああああああ゛ああああああー!!!」


 闇ギルド、『毒華の茨』の部下達は、眠れない夜を過ごしたのだった。

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