第13話 一晩に二回のライブ配信!? ポイズンマスター無双の夜!
満月の夜が終わって、朝が来た。
「いやー……疲れましたね、護衛って、徹夜確定ですもんね……」
「あー……徹夜明けはやっぱきついな……ヤクサーさんと飯食ったあと寝ておけばよかった……」
ふらふらと噴水広場を歩くヴェノムとコロラドは、昨晩の護衛クエストを終えて、公営酒場に報酬を受け取りに行くところだった。
「それにしても、まだ体が揺れてます……馬車って、急ぐとあんなに早いんですね……」
「高速馬車を知らんのか? 滅多にないけど、魔珠みたいな小さくて高価なのはああやって運ぶんだよ……隣町まで飛ばせば一晩で往復できる……行きに盗賊が、帰りにポイズンベアーが出なきゃもっと楽なんだがな……」
「良かったじゃないですか……二本も動画が取れましたよ……」
「お前……図太いな……」
ブリージの『商人の勘』は大当たりで、隣町まで向かう道中だけでトラブルが二回あった。
まず一度目は盗賊。
おそらくは誰かがこの情報を掴んでいたのだろう、狙いすましたかのように盗賊が現れ、そこをヴェノム達は毒を使って強行突破した。
水鉄砲の要領でしびれ薬をまき散らし、それによってしびれた盗賊はその場に倒れ伏す。馬で追ってきたものもいたが、同じように毒を撒いて浴びせるだけでバタバタと倒れ、それ以上追われることは無くなった。
「毒で倒すのって画面映えしない気もするんだがな」
「ご主人様、そう言うのは大丈夫ですよ。調子に乗ってヒャッハーしてきた盗賊をボコボコのギタギタにすればみんなハッピーです」
「……確かに?」
雑な
タイトルは『護衛任務を受けたら襲われてるんだが!?』
正直このタイトルでよいのかと言う考えはあったが、ヴェノムには自信が無かったのでコロラドに任せた。もちろん配信許可は得ているどころか賭けのネタなので、積み荷は伏せて配信、盗賊たちをさっさと片づけた動画は、またしても再生回数がどんどんと伸びた。
しかし再生回数を確認する余裕などないままに、問題は帰りに起きた。
「ポイズンベアーが出たぞ!!」
「くそっ、盗賊どもと潰しあっててくれよ!」
周りの商人たちが叫ぶのももっともだったが、左右が森になっているせいで逃げ場のない小道で、突然道を塞ぐように現れた紫色の毛を持つ熊――ポイズンベアーに、馬車の一団はパニックになりかけた。
馬もいななきをあげて恐怖に震えるが、馬車の荷台に登って対峙したヴェノムとコロラドが戦闘態勢を取りつつ魔珠をライブ録画モードに切り替える。
「ご主人様! ポイズンベアーって確か……!」
「ああ、毒を持ってやがる! それに毒耐性持ちだ!」
ポイズンベアーは、その名の通り爪と牙に猛毒を持つ。毒耐性があるので毒矢も眠り薬も効かず、装備の無い冒険者が下手なタイミングで出くわせば命は無いとも言われるモンスターだった。
「だ、大丈夫なんですか?」
「なめるなよ、俺はポイズンマスターだぞ。やりようはある」
「火矢を撃て! 火で囲え!」
商人たちの放った炎を纏った矢が、ポイズンベアーの前後の地面に刺さって明るく照らす。
「今のうちに撤退準備! 馬車を反転させよう!」
「その必要はねえよ」
投げられたのは、煙玉。
それを嗅いでグシュングシュンとポイズンベアーがくしゃみをした……つまり大きく息を吸い込んだところに、もう一つ別の玉が投げられ、それはポイズンベアーの頭に当たって何かの粉をまき散らした。
そして散ったその粉が火矢の炎に引火して、
「あ」
ゴゥン! と
「毒が効いてます!」
「海藻の毒には、こいつの耐性は効かないんだよ。しかも燃やして煙にしても毒性は変わらない!」
「すごいですご主人様!」
言いつつ、ナイフを持って駆け寄ったコロラドが飛びかかる姿勢で爪を構え、
「【
斬撃が飛んだ。
そして完全にポイズンベアーが沈黙し、馬車の方からは
「おお、あのポイズンベアーを一撃で!?」
「なんてことだ、ポイズンベアーに効く毒があるだなんて!」
「さすがポイズンマスター様だ!」
「初配信で死体を
「いやそれはあんまり否定しないけど……否定した方が良いのか?」
「再生されてればなんでもいいです! 放っておきましょう!」
またしても投稿した動画を見ると、深夜にもかかわらず再生回数はさらに伸びている。配信回数に応じた魔力が魔珠に溜まり、それを空の魔珠に移して、二人はようやく公共酒場に到着した。
「はい、それではこちら既定の報酬になります。それともし魔力の溜まった魔珠をお持ちなら、今ここで換金できるようブリージ様から承っております」
ちなみに公営酒場は24時間営業である。
「おねがいします」
「おねがいします……なんだギルドの受付嬢より優秀じゃねえかよ!」
「はい?」
「あ、いえ、何でもないです」
布小袋に大量の金貨を詰めて、ヴェノムとコロラドは宿に向かった。
『
「ふぁ……石なのに気持ちいい……最高です……」
「いい宿だな……今度から朝帰りしたらここにしよう……セキュリティもよさそうだしな……」
「扉全体が石で組んだ鍵なんて、本当に凄いですよね……」
従業員のドワーフが複雑な手順で組み替えた石の扉は、正しく元通りに組み替えないと開かない扉らしかった。
外の音をしっかりと
「ご主人様、朝ごはんですよ! いただきます……ん、美味しいです!」
「飲み水が冷えてるのが最高だな……!」
とろとろと良く伸びるチーズに、酸味の効いた赤いトマト。その二つが柔らかく焼かれたピザ生地の上で混ざり合った、シンプルがゆえに究極に美味な極上の料理。
石窯で焼いたピザを堪能して、もう少し泊まろうかな……などと迷い始めていた二人のもとに、コンコンとノックの音が届いた。
「はい」
「あの、お客様。もうしわけありませんが、外へお越し願えませんか?」
「構いませんけど……何で?」
「警備騎士団の方がお見えです」
「は? 警備騎士団?」
その言葉に、二人の間に緊張が走る。
そう言えば忘れていたが、彼らは死体を配信した身。この王都の治安を守る警備騎士団に、目を付けられないはずもなかった。
「……まずいかなあ」
「どうしましょう、素直に逃げます?」
勢いに任せてピザを食べ、飲みたいだけ水を飲んだ二人は落ち着いた頭で考える。
「それ素直か? でもタイホだとしても罪状とかも聞いてないしなあ。とりあえず行こうか。それこそ逃げたら何されるかわからんし」
「……ですね」
そう決まった、次の瞬間。
「そこにいるのは分かっているぞヴェノム・ヴィネー!」
「は?」
扉の向こうから何か熱を感じて、慌てて扉から離れたヴェノム。
それとほぼ同時に爆発音がして、組み木のような石がばらばらに吹っ飛んで、大剣が炎を纏って現れた。
「げ、その声は……スカーレット!?」
「久しぶりだな。ここで会ったが百年目だ、タイホしてやるぞヴェノ……うん? どうしたお前たち、この容疑者を早く逮捕しようじゃないか」
現われたのは、
名をマリアナ・スカーレットと言い、引き締まったスタイルに燃えるような赤い瞳は同性すらも惹きつけるほどの雄々しさがあるが、今は何故か
「隊長。アンタ何してんですか」
「え?」
「えじゃないでしょ、宿屋の扉ぶっ壊してどうするんですか。高いですよコレ」
スカーレットが横を見ると、従業員のドワーフが涙目でうなずいている。
「……許さんぞ、ヴェノム・ヴィネー!」
「いや今の俺のせいじゃないだろ、こっちは割と真面目に出頭しようとしてたんだぞ!」
「うるさい、黙れ! お前には傷害罪の容疑がかかっている、おとなしく
「それは良いんだけど……傷害罪?」
「なんだ、聞き分けが良いじゃないか。もちろんそこの手下の女も一緒にだぞ」
「それも構いませんけど……」
「えらく素直だな」
「でも、宿屋の扉をぶっ壊した悪い騎士さんも、当然捕まるんですよね?」
――その言葉に、沈黙が流れた。
「……隊長。このままでは我々が守るべき民に示しがつきません」
「ぶっちゃけ今一番悪いの、アンタだと思うんですよ。行きましょう隊長」
「ま、待ってくれ、弁解の余地は無いか!?」
「無いですね、ほら行きましょう」
「く、くそっ。覚えてろよヴェノムーっ!」
ずるずると引きずられていくスカーレットを呆れた目で見つめて、ふと近くの鎧姿の兵士と目が合った。
「……あの、任意同行ですので」
「あ、いえ、行きます……傷害とか、心当たりがなくて」
「ですよね……昨夜、配信してたし……すいません、お休みのところ……」
かくして二人は、しかたなく宿屋から駐屯所に向かうのだった。
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