第15話 初めての、かけがえのない気持ち

「えっ、メガクィーが襲われたのか!?」

「はい、何者かに襲われ酷い怪我で……持ち物も奪われています。今は気を失って病院にいますけどね」

「ふーん」


 馬車の中で甲冑姿の騎士団員にそう説明を受け、なんとなく落ち着かない気分になるヴェノム。天罰だと喜ぶ気には、何故かなれなかった。


「へぇー……」


 一方でコロラドはどうでもよさそうな相槌あいづちを打つ。


「……軽いな、反応」

「だって知らない方ですし……それに、しかもご主人様の言い分を聞きもせずにギルドから追い出したんですよね?」

「うーん、まぁ」

「怒ってなかったんですか?」

「どうだろうな。けっこう恨んでた……つもりだったんだけどな」


 とはいえ、別にヴェノムも無理して暗い喜びを味わいたいだけでもない。

 意外と自分はギルドに未練が無かったんだな、と自身を納得させ、それ以上考えることをやめたのだった。


「ちなみに昨日の夕方、貴方たちはどちらに?」


 いつの間にかペンを持っていた兵士が、取調べのようなことを始める。


「夕方……ヤクサーさんと『希望と草原亭』で昼を食べた後は、夜の護衛のクエストに出る準備で買い物に行ってたな……」

「ということは、どこかのお店に?」

「ああ、ブリージさんとこの雑貨屋だったかな」

「ちなみに買ったものは?」

「コイツのナイフと……」

からの魔珠もです!」

「空の? ああなるほど、配信者ですもんね。見ましたよお二人の配信。いやー盗賊がバタバタと倒れていくのは爽快そうかいでしたね!」

「ありがとうございます! められましたね、ご主人様」

「いやー最近『毒華どくはないばら』は調子に乗ってましたからね、これで大人しくなってくれると良いのですが」

「『毒華どくはないばら』?」


 聞き覚えの無い名前だったが、それが闇ギルドの名前なのは分かる。


「コメント見てないんですか? えっと、僕の映像魔珠で……」


 そう言って、小型の映像魔珠をふところから出す騎士団員。


「おいおい、仕事中だろ?」

「スカーレット隊長じゃあるまいし固いこと言わんでくださいよ、襲ってきた奴らの二の腕のところに赤い花の入れ墨タトゥーがあったじゃないですか、それが『毒華どくはないばら』の特徴だって話題になってましたよ」


 そう言いながら、再生を入力して魔珠が光る。すると、


「こんサッキュスぅ〜♡ 悪い子のみんな、ビンビンしてるぅ〜? ドスケベ☆サキュバスのさっきゅん♡ちゃんねる、今夜もシk」


 大音量で動画が再生された。

 団員は慌てて止めるが、馬車から響き渡った音声に街の民衆が戸惑っている。


「……そういうの、好きなんですね」

「お前らさぁ、仮にも騎士なんだからそーゆーのはどうかと……」

「忘れてください! 後生ですから!」


 せまい馬車の中で器用に土下座する騎士団員だったが、駐屯所につくとやはり許されなかったらしく、仲間に連行されて行った。


「この王都の騎士はろくなのがいないな」

「私もやっぱり、仕事はマジメにやるべきだと思うんですよ」

「バカな、私はマジメだぞ!」


 白いレンガ積みでできた駐屯所の前に、何故かスカーレット、ヴェノム、コロラドが残されて馬車が去っていく。


「……なんでいるんだよ。どう考えてもお前もあっち側だろ」

「あっち側とか言うな、間違っても私はあんなハレンチではない! お前らの取調べついでに叱られるだけだ、もちろん給料も下がるぞ!」

「なんで堂々としてるんですかね」

「騎士たるもの、いつも堂々としているべきだ」

「騎士たるもの、宿屋の扉を破壊したことはもっと反省すべきじゃないんですか?」

「なんだコイツ口が上手いぞ! というかキミは本当に誰だ? ヴェノム、お前結婚してたのか? ギルドを追放されたくせに」

「これ以上話をややこしくするな。アシスタントを拾ったんだよ」

「コロラドです」

「そうか。スカーレットだ、よろしく」


 などと言い合っている間に、駐屯所の方からのしのしと誰かが歩いてきた。


「こらスカーレットォっ! てんめぇまーたやりやがったなこのクソたわけ!」

「ひいっ所長!」

「ひいっ、じゃねーよタコ! お前のせいでまーた私の出世が……あ、ヴェノムくんちーっす。元気してる?」

「お久しぶりです、サクラ所長」


 現れたのは、硬質でくすんだ金髪を後ろで2つに結んで白衣に眼鏡をかけた小さな女性エルフ。白衣の胸に騎士団の紋章はついているものの、明らかに騎士団員の駐屯所を預かる存在には見えず、むしろどこかの研究所の魔術師と言われたほうが納得できる。

 しかし彼女はれっきとした騎士団の一員であり、甲冑を身に着けていないのは魔術師として団に入って出世したが故のことだった。

 ちなみに研究室を与えられており、そちらの所長も兼任している。


「エイルアースさん元気してたー?」

「ええ、師匠は相変わらずでしたけど……ていうか、何でここに?」

「このアホに説教と君らへの取調べだよ、お茶菓子くらい出すからおいで」

「茶菓子だなんて、それでは示しが……」

「だまらっしゃい! もうすでにヴェノムくんたちが事件が起きた時刻に買い物してたのは調べが付いてるんだよ、これ以上拘束なんてできないの!」

「すいませんでした!」

「まぁそんなことは良いとしてだ」


 ふんす、と仁王立ちしたサクラが、ジロジロとヴェノムを見て言う。


「……追放されたって聞いたけど、ヴェノムくんが楽しそうで良かった。この町に来てから、今のキミが一番キミらしいんじゃないかな。エイルアースさんに見せてやりたいよ」

「――え?」

「さ、行こうか」


 ヴェノムの反応を待たず、駐屯所に引き返すサクラ。


「どうしたんですか? ご主人様。行かないんですか?」

「いや……なあ、コロラド」

「?」


 足を止めたヴェノムとコロラドを、スカーレットが振り返る。


「俺、?」

「はい。とても。それが、どうかしたんですか?」

「そっか。いや……何でもない」

「?」


 歩き出したヴェノムの表情は、困惑に近い。


(生まれて初めて言われたな、そんな事)


 けれどそこに産まれた感情と、ヴェノムが目の前のコロラドに抱いた気持ちは、ヴェノムにとってかけがえの無い何かになったのだった。


「……アホめ」


 そしてそれを見て、赤い髪の騎士団長も呆れたように笑う。

 その顔は、どこか寂しげなのだった。

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