第16話 めでたしめでたし……じゃないんだよ!

「……あの流れだと、所内で美味しいお菓子が食べられると思うじゃないですか」


 駐屯所内に入った4名は、別の馬車に載せられて違う場所へ向かっていた。

 ふくれっ面で拗ねているのはもちろんコロラドである。


「すまんね、でも菓子と紅茶はここにあるから食べて良いよ」

「わーい、頂きます! これは?」

「豆のペーストに砂糖を混ぜて固めたものらしい。名前は……ヨーカーン、だったかな」

「変な名前ですけど美味しいです!」


 甘い紫色の豆菓子の味はともかくとして、ヴェノムとスカーレットの表情は硬いまま。四頭立ての馬車は大通りを悠々ゆうゆうと通って、周りの人々は白い馬が引く馬車に目を向けつつもそそくさとけていく。


「そりゃ良かった。で、今から向かう場所なんだが、メガクィー氏が意識を取り戻したからね、病院に向かうんだよ。ついでに今やってるのが取調べね。まぁキミも犯行は不可能だし、悪い奴じゃないだろう。あとスカーレット、お前は始末書と三ヶ月給料1割カットな」

「はい……」


 雑に書類にサインして、視線と態度で『次の話があること』を示すサクラ。ヴェノムはすでに自分たちが騎士団にことを察してはいたが今更抜けられる雰囲気でもなく、この馬車は病院に向かっている。


「……メガクィーの意識が、戻ったんですか」

「それは何よりです!」

「いつ知ったんです?」

「今さっき魔珠で連絡が来たんだよ」

「魔珠で?」


 首を傾げるコロラドだったが、


「おいおい、魔珠の本来の使い方じゃないか。もともとこっちの映像や音声を、登録した相手に飛ばすものだっただろ? 病院から連絡が来ただけだよ」

「あー、そうでしたね」

「配信に使ってばっかで忘れてたな」


 言われて、納得した。

 最近になって配信で使われてはいるものの、元は登録した魔珠同士で映像通話をするのが映像魔珠の始まりだった。

 それが昨今の技術開発で魔力を介した映像のやり取りができるようになって、今や人気が爆発している。


「メガクィーの病室、流石に護衛とかいますよね?」

「そりゃそうさ、どこの連中か知らないが大手ギルドにケンカ売ったんだ。君たちも気をつけてな」


 かくして馬車が病院に到着して、4名は連れ立って病室に向かう。

 最上階の一番奥ということだったが、


「ですから面会謝絶ですので……」

「そんな、せめてこの花束とお手紙だけでも渡せないの?」

「規則ですから」

「何よわからずや!」


 と、何やら病室前で、見張りの兵士と若い女性が揉めていた。


「あっ、所長と隊長! お疲れ様です!」


 若い女性を無視するかたちで、敬礼する兵士。


「所長さん、メガクィー様は……ってヴェノム!? なんでいるのよこのケダモノ!」

「調査の手伝いだよ、バネッサ、お前今はメガクィー狙ってんのか」

「何よ悪い? ケダモノに文句言われる筋合いなんて無いわよ」

 そして彼女の名前はバネッサと言い、『白き千片せんぺんの刃』の本部の事務員だ。日焼けした肌に強気さを表すような眼光をした、リカオンの獣人である。


「何で俺がケダモノなんだよ」

「だ、だって噂で聞いたけどアンタ、ウチのギルドを抜けた初日に……言わせないでよ汚らわしい!」

「何言ってんの!?」

「ご主人様、この方は?」

「あー……前の職場の事務員。趣味は彼氏探しかな」

「ぶっ殺すぞ!」


 バン! と花束が叩きつけられ、盛大に飛び散った花びらが廊下に散る。バネッサが『また来ます!』と言って去って行くまで、花束はヴェノムの顔面にへばりついていた。


「ヴェノム、今のはお前が悪い」

「キミさあ、そんなだからエイルアースさんを怒らせるんだよ」

「ご主人様、言葉は選ばないとダメですよ」

「そうか、俺が悪かった」


 女性陣に総出で叱られ、扉の前にいた兵士に肩を叩かれ、ともあれ四名は病室に入る。そこにいたのは、痛々しく包帯を巻かれて上体を起こしたメガクィー。

 トレードマークの眼鏡もしておらず、栄養剤を注射されたまま、体中に包帯を巻いて、虚空を見つめていた。


「あ……みな、さん おはずかしい、どうも」

「いえいえご無理なさらず。私が来た意味は分かるかな?」

「ギルドの、抗争、ですね、わかります」

「まだ可能性だがね。このスカーレットを護衛につけるから安心して欲しい」

「はい……」

「スカーレットだ、よろしく」


 右目は包帯で隠れているため、左目だけでこちらを向くメガクィー。

 怪我の痛みに耐えているのか体は震えており、声に覇気がない。


「……で、ご要望通りヴェノムを呼んだわけだが、何か話したいことがあるのかね?」


 サクラのその言葉に、やっぱりかよ、とヴェノムは思った。

 今までメガクィーが呼んだことを黙っていたのは、言えばヴェノムが断ると思ったからだろう。


「はい……ありがとうございます。まずはヴェノムさん、謝罪を、させてください」

「謝罪?」

「わたしは、あなたの言い分もきかず一方的に……あなたを追放してしまいました」

「……」

「ですからわたしは……」

「いいよもう」


 手を前に出し、言葉を切るヴェノム。

 その様子にメガクィーは落ち込み、サクラとスカーレットは咎めるような顔をして、コロラドは不安げな顔を向ける。しかし、


「……『いいよ』ってのは、俺が今困ってないからだ。お前がご存じかどうかは知らないけどな、俺はこいつに誘われて配信者になって、今や有名配信者様だよ。

 もともとギルドにはガンビットの奴に誘われて入ってただけだから未練とかさらさらないし、俺はボロボロのお前が見たくて来てやっただけだ。だから俺の気は済んだし、とっとと治して勝手に復帰しやがれ。ガンビットも心配するだろうしな」


 その長いセリフを言い切って、空気が変わった。


「ヴェノムさん……申し訳ありません……!」


 ボロボロと涙を零すメガクィーに、周りの女性陣の表情も穏やかになる。


「ヴェノムくん……キミ師匠に似すぎだよ」

「ご主人様……」

「ヴェノムお前、実はツンデレあ痛っ!? 何で叩く!?」


 その様子に笑いがわずかに湧き上がって、暗い雰囲気がいくぶん和らいだ。


「そこまで言わせてしまっては、仕方ありません……これは……サクラさんに、お渡しするしかないようですね……」


 メガクィーが胸元に手を入れて、下げていたペンダントから何かを外したように取り出す。それは特に大した特徴のない小さな鍵だったが、よく見ると小さな魔方陣が書かれていた。


「……この魔法鍵は、どこのものかな?」

「私の執務室しつむしつの机の中の、書類用の手提てさげ金庫です……ヴェノムさんを追放した時の手続きを行った書類が入っていますから、見ておいてほしくて……ね。所長さんになら、お願いできるかと」

「そういうことなら、預かっとくよ。もう少し話を聞きたいんだが……」

「じゃあ所長さん、ちょっと俺たちはトイレ行ってきます」

「そうかい、帰りも馬車を出してあげるからここに来ると良い」

「わかりました」

「いってらっしゃ……ああそうだスカーレット、トイレの場所を教えてやれ」

「かしこまりました」


 そう言ってヴェノム、コロラド、スカーレットの三名は部屋の外に出て、ヴェノムはトイレの案内に目もくれず、人のいない場所――裏庭を目指して歩いていた。

 そして病院裏手の倉庫の裏を進んでさらに敷地の片隅、病院設立時に植樹した記念樹の前に立って、ヴェノムは手を記念樹について大きく息を吸い、


っっっっっっっっっ得、いかああああああああああああああああああああああああああああああああん!」


 大きな声で、叫んだ。

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