第20話 英雄なんかじゃなくても
「あ、ヴェノムさんですね? お手紙を預かっておりますー。どうぞ」
「どうも!」
弾くような速度で病院の受付から手紙を受け取って、乱暴に封を切ったそれをヴェノムが開く。
そこには案の定と言うべきか、
「手持ちの魔珠を全て持って、すぐに『
と書かれていた。
「クソが……!」
ガン! と音を立てて柱を殴るヴェノムだったが、周りには続々と騎士団員が集まっている。サクラの連絡によって集まった団員たちはメガクィーを襲った犯人・ハナラを連行しており、そちらにも患者や見舞客たちが野次馬として集まっていた。
「……おいバカ弟子、まさか
腕を組み、見透かしたようにエイルアースが言う。
「いけませんか!? コロラドが攫われたんですよ!」
「アホが。
「ったく師弟で似た者同士なんだからもー……止めやしませんし、止められませんよ。ただし」
「?」
「私達も少し遅れて向かいます。それだけは譲れません。ようやく闇ギルドの尻尾を掴んだんです……文句はないでしょう?」
「構いません! それじゃ!」
ヴェノムとエイルアースが駆け出し、病院から去っていく。
「所長! 今の方々は?」
「……協力者だよ。メガクィー氏の部屋の前に人員を残したら、団員をもっと集めろ。『
「はっ、すぐに!」
「それと、例の女に動きは?」
「今のところ、ありません!」
「そうか。行ってよし」
「はい!」
鎧を着た騎士はガシャガシャと音を立てて走り去り、サクラは鋭い眼光のまま思考を巡らす。
(問題は、この動きを相手は読んでないわけがないってことなんだがね……動かない『あの女』も気になるが、たかが闇ギルドが一体何を企んでる……?)
サクラのその内心の疑問に、答えは出ない。
ただ今は、虎穴と分かっていてもそこに向かわざるを得ないのだ。
――一方その頃、ヴェノムとエイルアースは馬車に乗って大通りを駆けていた。
「お、お客さん! スラムに向かうのは構いませんが、本当に止まらなくて良いんですね!? いや勿論スラム街なんかで馬を止めたら終わりますけど!」
「ああ、無茶を聞いてくれてありがとう」
「なーに、この街で馬車走らせて20年、この日の為に生きてきたんですよ。へへ、怖いけどオレも男に産まれたからにゃ……」
御者の男は覚悟を決め、大通りを最高速で走らせる。その横顔に感謝を捧げながら、ヴェノムは客車に戻った。
「ヴェノム、武器は何を持っておる?」
「中身入りの投げ矢が10、煙玉が2、ナイフと魔珠が3……」
「ったく全然足らんではないか、これをやる、持っていけ」
言われ、差し出されたのは皮のポーチ。そこには武器や煙玉がギッチリと詰まっており、ヴェノムは戸惑った顔をエイルアースに向ける。
「儂が外から
「あ、そうか……お願いします」
「ったく、だから魔法くらいまともなのを覚えろと言ったのじゃ」
「……才能が無い奴が魔法覚えても燃費が悪いって言ってたのは師匠でしょ、アニキもほとんど覚えてないし……」
「アレは薬屋になったじゃろが」
「……でしたね」
今更のように、そんな道もあったんだなとヴェノムは思った。
ソロの冒険者として雇われ仕事などしなくとも、兄弟子を手伝うなり、店を構えるなり生きる方法はあったはずなのだ。
けれど何故かなんとなく、【毒使い】として、ソロ冒険者として生きてきた。そうやって生きてこられたし、大手ギルドの信用に足る人物――ガンビットから声をかけられたことで、それなりに自信も生まれていた。
――それが追放されたあの日、全て崩れ去った。
けれど運命の女神様がよほど気を利かせたのか、その先にあったのは配信者と言う別世界。怖いくらいに全てがうまく行き、そして今その
……毒使いに英雄などいない。
2名で闇ギルドのアジトに乗り込むなど、正気の沙汰ではない。
それは真実なのだろう。けれど今ヴェノムを動かすのは、一刻も早く相棒を救いたいという気持ちだけだった。
「そろそろ限界です! 本当にあそこの街灯の前で曲がるだけで良いんですね!?」
「構わん、代金は置いておく! ヴェノム、
声のうわずった御者の声に意志を固めて、黒い口布を上げたヴェノムがこくりと頷く。
「……師匠」
「なんじゃ」
「本当に、ありがとうございました」
「それは全部済んでから言えバカ弟子が! またあやつを入れて酒を飲みましょう、くらい言えんのか!?」
「……はい!」
そう言って扉を開けば、突風とともに流れる景色がそこに広がる。スラム街に夜の明かりなどあるはずもなく、廃墟と化した建物が並ぶ大通りの片側へヴェノムが跳んで、
「御者、ご苦労じゃった! 馬を労れよ!」
続いてエイルアースが、客車の屋根を派手に踏み蹴る。
遠心力で傾いていた客車が姿勢を戻して椅子に置いた金貨が散らばり、一目散に馬車は危険地帯を走り去り、ヴェノムとエイルアースの姿はもう、月夜の闇に消えていた。
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