第19話 囚われのネコミミ元奴隷?

「ふぅ。えっと、階段ってどっちでしたっけ……」


 病院の一階を歩くコロラドは、階段を探してうろついていた。

 そしてその後ろに、一般患者のふりをした『毒華の茨』の女構成員が1名つく。


「あれがヴェノムの助手か。黒猫……の獣人のようだが、血はそれほど濃くなさそうだ。だが各自持ち物には気をつけろ、一階は鼻の効く警備員が立っている」

「日焼け後からして元奴隷ね〜。調査によると、もとの主人はミノタウロス討伐のクエストで死んだらしいわ」

「はん、拾い物にしては上玉だな」


 小型魔珠で通信しながら、遠目に距離を詰めていく構成員。

 声からして全員が女性だった。


「で、どうする? いつ仕掛ける」

「今、ハナラがメガクィーの始末に向かっている。そっちの邪魔になる前に階段でさらえ。最悪殺しても良いが、逃亡が第一だ。分かっていると思うが、今我々が捕まることは許されない。こちらはハナラの成果に関係なく、独立して動く」

「言われなくても心得てるって」

「了解」


 階段を登り始めたコロラドを確認して、その後ろから咳払いをしつつ構成員が近づいた。


「上の階は抑えた」

「今ならいける、問題ない」


 踊り場を曲がったのを確認して、一瞬視界から消えたコロラドを構成員が追って階段を見上げた、その時だった。


「あのー」

「!?」

「どちら様ですか?」


 対象が、目の前にいた。


「あなた、さっきから私の後ろにいましたよね?」

「あ、あの……(バカな、私の尾行がバレていただと!?)」

「もしかして、動画の視聴者さんですか?」

「は、はい! ヴェノムチャンネル、拝見しました! ポイズンベアーを倒すシーン、カッコよかったです! まさかと思ったんですけど、なかなかお声がけする勇気が出なくて……」


 万が一のシミュレーション通りの対応をし、場を切り抜けようと声を張り上げた。

 上にいる仲間が察して背後をつけば2対1、どちらにせよ勝てる算段だ。


「えへへ、ありがとうございます!」

「すいません、尾行するようなことを……(誤魔化せたか……?)」

「いえいえ! ちょっと驚きましたけど、面白かったです!」

「ごほん。病院ではお静かに」

「あっすいませぇ……ふぁ……?」


 コロラドの背後にいたのは、看護師の服を着た構成員。

 プシュッ、と香水のビンを吹く音がして、紫色の霧を吸い込んだコロラドの瞳から光が消え、まぶたが閉じる。現れた構成員はその体を支えて、失態を侵した仲間を咎めるように見下ろした。


「バレたのか? ルイ」

「ネーシャか、助かった」

「ふん。口布マスクくらいしろ、体調不良者を運ぶ雰囲気が出る」

「分かった……ところでその服は?」

「……自前だよ、文句あるか」


 左右からコロラドを担ぎ、階段を降りていく構成員。

 それを誰かに不審に思われることもなく、裏口の馬車に偽装した車の荷台へコロラドは放り込まれ、口には猿轡さるぐつわ、両腕両足は縄で縛られていた。


「ケネシーは?」

「すぐ来る」

「呼んだ〜?」


 現れたのは、露出の高い服を着た茶髪の獣人。ヘソや耳のピアスから見て、ギャルに変装していたようだ。


「囚われのお姫様もぐっすりね。けっこうかわいいじゃん」

「おいふざけてる場合か、早く馬車を出せ」

「もう、誰かさんと違ってアタシはちゃーんと仕込みをしてきたのに……人付き合いが荒いんだから」


 ケネシーと呼ばれた獣人はマントとフードを手際よくまとって、運転席で手綱たづなを握る。

 あいつらがミスしたことを絶対報告してやろう、と固く心に決めたのを知る由もなく、ルイとネーシャと呼ばれた構成員は荷台の幕を閉めて、腰を下ろした。


「楽な仕事だったな」

「後はこの子ごと、ヴェノムはオブーナン様の玩具おもちゃ……ってね。ちょっと気の毒だけど」

「ちょっと、か?」

「大なり小なり奴隷なんてそんなもんでしょ? 私達は運が良くて、この子は悪かった。私達が変態貴族に買われなかったのは、たまたまオブーナン様の目に留まっただけ……違う?」

「……まぁそうだな」


 その変態貴族とオブーナン様、どちらの玩具になるか……想像上のその二択は大差ない気もしたが、ネーシャは言わない選択肢を選んだ。


「ほぉ〜、になるのか。流石にお断りじゃのう」


 ……ガタガタと揺れる馬車に、聞き覚えの無い声がする。


「? ルイ、今なにか言ったか?」

「ネーシャじゃないの? お断りとか何言って……」


 ぺっ、と何かを吐き出すような音がして、適当な木箱にもたれていた二人の間に『それ』が転がる。


 ――ぐちゃぐちゃに噛み砕かれた、猿轡さるぐつわ


 それを見た瞬間、二人の身体が凍てつくほどの寒気が奔った。


「!?」

「【/すらっしゅ】……じゃったか?」


 ぶつん、と縄の切れる音がして、ゆらりと立ち上がった人影が一つ。


「はぁ〜……久しぶりに『出て』みればこんな時にか……間に合った、ということにしておくかのぅ」


 首を鳴らして立ち上がったその姿は、さっき攫われたコロラドのまま。しかしこの状況で、ルイの動きは早かった。


「おい!」

「生死は問わず、でしょ!」


 立てかけてあった刀を手にし、振りかぶって、振り下ろす。

 その行動に間違いはなかったし、ルイはこの時彼女ができる最も威力のある斬撃ざんげきはなったと言えなくもなかった。


「!?」

「にゃん♪」


 ただし――それが意味を成すのは、相手が刀程度でどうにかなる存在の時だけだ。


 黒猫の尾の毛先に止められた刀。

 その意味を理解できても受け入れられない戸惑とまどいはそのまま隙となって、その切っ先が猫の尾に

 後ろへ下がろうにも手首に絡みついたその尾はルイの身体をじわじわと飲み込み、抵抗する間もなく両肘まで飲まれた。


「離せ! はな……この、もがっ……」


 まるで蛇に飲まれるカエルのように、ルイの足だけがじたばたと空を蹴る。

 その間にコロラドの毛並みは輝くような白色へと変化して、その八本の尾を見せつけるように広げ、次の瞬間、完全に飲み込まれたルイの姿は消えていた。


「ひ……ぁ……ああ゛あっ!」

「おうおう、可愛らしい反応よのう♪」

「来るな、来るなぁっ!!」


 顔面蒼白のネーシャが、手当り次第にコロラドだった何かに物を投げつける。


「おっと、これよ」


 飛来する刀、ナイフ、蝋燭ろうそく、ランプには目もくれず、八又ヤマタの尾を広げた化け猫は『それ』を器用に尾で掴んだ。


「ふむ……なるほど、味は雑であるがこれが魔珠か。やはり長生きはするものよのう、よもやこんな形で魔力が味わえるとはな……くひひっ!」

「来る……な……」


 魔珠から魔力を吸い上げて、青白く発光する化け猫の尾。

 ネーシャの脳裏のうりに浮かんだのは、いつか路地裏で見た、瀕死ひんしの獲物を遊び殺す猫だった。


「さぁて♪ 仕込みは良いか? なあに、お主も散々好きに生きてきたのではないか? それが今、おのが身に返ることに何の不思議もなかろうよ……なぁ?」

「いやだ、嫌だぁっ!」


 ――一方その頃、ケネシーはあくびをしながら馬の手綱を握っており、まるでこの異常事態に気づかなかった。

 何やら後ろが騒がしいのは『お楽しみ』の最中だと解釈して、せめてケネシーも自分が楽しめる程度の取り分は残しておいて欲しい……などと、気楽に考えていた時だった。


「逃げ……!」


 一瞬だけネーシャがケネシーの後ろのほろを突き破り、何かを告げ、また奥へ吸い込まれたように消える。

 なおもバタバタと聞こえる馬車の中の音と仲間のくぐもった声は不吉ふきつな音色に変わり果てて、ケネシーは全身から汗を流す。


「ちょっ、やめてよ二人とも……ジョーダンきついって……」


 馬車の動きはいつも通りで、それが逆に恐怖を煽る。

 1枚布をめくれば見えるはずの空間をあまりにも見たくなくて、それでも誘惑に抗えないケネシーはそっと近づき――


「――あっ」


 見てはいけないものを見た瞬間、頭から猫の尾に飲まれたのだった。

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