第18話 王都最強の女騎士・スカーレット

「失礼します」


 看護師がベッドで寝ているメガクィーに近づいて、薬瓶くすりびんの中の薬品を取り換えようとする。が、


「なあ看護師さん」


 空のビンを外したところで、ヴェノムが聞いた。


「はい?」

「俺の名前知ってる?」

「え? いえ……ナンパですか?」

「いや、配信者。毒関係に詳しいってだけのな」

「っ!? ちょっと!」


 中身の詰まった薬瓶をヴェノムが勝手に手に取って、それをくるりとひっくり返す。

 本来なら当然中身の薬品は揺れ動くだけの……はずだった。


「……へえ」

「儂らの前でいい度胸じゃな」


 薬品の、色が変わっていた。

 墨汁ぼくじゅうを落としたような、明らかな黒色が透明だった薬の中に混ざっている。


「な、何で……」

「クロマネの毒は無色透明無味無臭、血管に入ればこの量なら二人死ねるな。ただし多少の衝撃で、こうして色が変わる……慎重しんちょうに運びすぎだ。それと面倒でも、こんなに重たいビンを落とさないようにする工夫だけはすべきだった。こんな重いのを持つ看護師が素手はないだろ」

「くっ!」


 答え合わせかのように看護師が表情を変え、服の内側に隠していたらしいナイフを取り出す。

 しかし現状は三対一、人質を取ろうにもベッドで眠ったままのメガクィーにナイフが届く距離ではない。


「『毒華どくはないばら』か……噂をすれば影だね。スカーレット! 看護師が偽物だったぞ! 扉を塞げ、病院から出すな!」

「えっ!? りょ、了解!」

「遅い!」


 ベッドを守るように位置していた三名から逃げるように、看護師もとい毒華どくはないばらの構成員は、胸元から取り出した煙玉を叩きつける。

 ボウン! とにぶい音に続いて部屋に黒い煙が満ちて、その中から疾風はやてのように女が飛び出した。

 そして飛び蹴りの勢いで扉を破壊し、構成員はスカーレットがいるのを予測してナイフを構えたがそこに彼女はいない。


「!?」


 そこにあったのは、ガラ空きの廊下。

 もともと患者のほとんどいない最上階の廊下とはいえ一切誰もおらず、逃げたければ逃げろと言わんばかりの舞台に逆に構成員は戸惑った。そしてその戸惑いこそが、彼女が狙った隙。


無辜むこの民の退避完了! 行くぞ私の【不思議で無敵で不殺の剣ソードオブワンダー!】」

「はぁあ!?」


 その良く通る声は、廊下の一番からした。

 間合いと言うにはあまりにバカげた、剣を振るにはあり得ない距離。

 しかし居合の構えを取ったスカーレットが、明確な敵意を向けて構成員に廊下の端から対峙している。


(あの女は確か王宮騎士のスカーレット……騎士とは聞いていたが、魔法も使えるのか! だが後ろには病室がある、下手な魔法は撃てない!)


 そう判断して構成員は、廊下の中ほどにある窓を目指して走った。

 この程度の高さなら飛び降りて逃げられる、と判断して再度加速しきったその時、


「え?」


 廊下一面に、炎の矢が満ちあふれた。


「がああああああああっ!?」


 まるで光の濁流に流されるようにして、メガクィーの病室前まで戻される構成員。

 病院の中で放つにはあまりにバカげた炎の矢は構成員だけを吹っ飛ばして、周りの壁や天井どころか、魔法石の燭台しょくだい、床の絨毯じゅうたんにすら焦げあと一つつけず、構成員を押し流していく。

 そして仰向けに転がった構成員を、走り幅跳びのような動きで跳躍ちょうやくしたスカーレットがその鎧の重量ごと構成員に飛び掛かって、床に制圧する。


「ふはははは、私の剣から逃れられると思ったか!」

「ば、バカな……こんな小さな街にこれほどの精度の魔法使いが……」

「うん? 今のは剣技だぞ」

「えっ……?」

「そうなんだよなー」


 驚く構成員を見下ろすように、病室から出てきた三名。


「スカーレットお前さ、やっぱそれ返してくれよ」

「お前もしつこい男だな、これは私がダンジョンで見つけたんだぞ」

「宝箱開けたのは俺だろ……くそっ、あの時コインの表に賭けてればなあ」

「ま、まさか【マジックアイテム】!?」

「ふふふそうだぞ、名は【不思議で無敵で不殺の剣ソードオブワンダー】! 私達の不殺を体現した素晴らしい炎の剣だ!」


 ダンジョンからまれに出土する宝箱の中には、こうしたマジックアイテムと呼ばれる武器が少なくない。ダンジョンに冒険者をおびき寄せるエサのようなものだと分かってはいても、そのエサが人知を超えた極上の品物であれば危険を承知で奪いに向かうのが冒険者だ。

『狙った何か一つにしか影響を及ぼせず、しかも魔物以外には傷一つ負わせることはできないがその代わりに破格の魔力効率で剣技を放てる』という悪ふざけのような能力を持ったこの炎の剣は、彼女が騎士団に入団した時から使う愛刀である。


 この街にやってきた当初は冒険者だったスカーレットは、同じくソロ冒険者だったヴェノムと同じ依頼を請けて、同じダンジョンに潜った際にこの剣を取り合い、コイントスの結果でスカーレットの所有物になったのだった。


「さて、丁度私もいることだし取り調べと行こうか。その胸元の入れ墨……毒華の茨だな。名前を言え」

「ふん……喋るわけがっ!? や、やめろエルフめ! 何だその塗り薬は!」

「喉に塗るタイプの自白剤」

「助かります」

「ほら話せ、悪党め!」

「く、口が勝手に……そ、そうだ、私はハナラ、毒華の茨の構成員だ!」

「ふむふむ、ここへ来た理由は?」

「メガクィーを殺し損ねたのと、『鍵』が無かったから……それを奪うため」

「ふむ、やはり目的は本部の方か。ガンビットさんの留守を狙ったってところだろうね。しかし、鍵? 彼の机の中に何があるんだ?」

「し、知らない!」

「他に目的は? メガクィーさん以外で君たちの狙いは何だ」

「街の魔珠集めと、そこの、ヴェノムだ! ヴェノム、オブーナン様のお怒りを買ったお前には懸賞金がかかっているぞ、最近調子に乗っているようだが、夜の闇に怯えて過ごすがいい『混ざりもの』めが!」


 その言葉に、ヴェノムの雰囲気が変わる。


「ひっ……」


 投げ矢ダーツを取り出して、それを目の前すれすれに落とすヴェノム。

 その刺さった部分からはわずかに白い煙と異臭が上がり、明らかに毒であることが分かる。


「顔面を溶かされたくなかったらさっさと言え。お前らのアジトは? あとお前らまさか、?」

「あ、アジトはスラム街の、『サソリ薔薇バラの星座亭』の地下だ、隠し酒場がある! ひぃ!」


 カッ、と投げ矢ダーツがもう一本刺さって、言葉を促す。


「コロラドに何かしてないだろうなって聞いてんだろクズが!」

「し、してない、私はしてない! で、でもさっき仲間が向かった……一度に病室に入れないから、あ、あ! やめ、やめてぇええ!」

「そうかお疲れ、じゃあ死ね」


 しゃがんで、ハナラのこめかみのところに針を近づけるヴェノム。


「あああああああああああ!」


 その針が女の肌に触れた瞬間、絶叫が響く。

 そしてそのまま気を失い、をヴェノムは腰に戻したのだった。

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