第21話 すこしむかしにとある村で
――数年前に、とある村から全ての住民が消えた夜があった。
その村は貧しく、獣人が多く暮らす村。
体力で他種族に勝る獣人は飢えても強く、他の種族を追い出した村を形成するのは珍しいことではない。
そしてその村が間違えたのは、奴隷を売り払うことで村を豊かにしようとしたことだった。
家ごとに後継ぎを1名決めて、後は全部奴隷。
売れれば良し、売れなければ好きに使える村の共有財産の奴隷としての日々。
そんな中で、とある奴隷の少女が森の外れで『それ』を見つけてしまったのが、全ての始まりで、終わりだった。
「……」
朽ち果てた、小さな社。
鳥の巣箱より少し大きい程度のそれは風雨に晒され、小汚い布に巻かれてそこにあった。
「……」
木の実を抱えた黒いネコミミの少女が、それを拙い手付きで直す。そして一度何かに拝んでその場を去り、森の出口で村の子供に木の実を全て奪われ、家に帰って殴られた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……」
夜、馬小屋の隅の
しかしそこに現れたのは、彼女とは真逆の存在だった。
「久しぶりに気の利いた輩がいるかと思えば、こんなボロ雑巾とはのぅ? なぁ、お主このままじゃと死ぬぞ、良いのか?」
「……ごめんなさい、ごめんなさい……」
まともな返事はなく、同じ言葉を繰り返す奴隷に古い豪奢な赤白の袴を着た八又の尾を持つ猫の悪魔は、心底呆れてため息をついた。
「はぁ……心の底まで磨り減りおって、つまら……ん? いやこれはむしろ好都合か?」
馬小屋の天井から注がれる月光を浴びて立つ猫の悪魔は、今にも凍え死にそうな小さな存在に。悪戯でも仕掛けるような笑みを向ける。
「決めたぞ、お主を助けてやろう。
ただし対価としてその身体は分けて貰うぞ。これもお主がつまらんから悪いのだと思い知れ♪」
「はい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「ふしししし!」
思惑通りに言質を取って、契約が成立する。背中に焼けるような痛みと紋様が刻まれたが、死にかけた奴隷の少女・コロラドは身動き一つしないまま、目を閉じた。
「やったぞ!
実体を持たない白猫の悪魔と、黒猫の血を持つ奴隷が重なる。
煙のようにマサラが消えてコロラドの毛が伸び、赤い瞳へ変わったコロラドが、元気よく飛び上がってペロペロと手を嘗めた。
「んー、まずい!
かくしてその夜その村は、地獄の質が
コロラドの身売り先を考えていた村の長老たちは死に絶え、
コロラドの肉体を密かに狙っていた男衆は死に絶え、
コロラドに石を投げるよう教育していた女衆は全員が家と装飾品を失い、
コロラドを毎日いじめていた子供達は夜の森に放り出された。
「ぎゃっはははははは、愉快、愉快じゃ! あやつらめ、酒も肉も干し魚もこんなにあるではないか、調子に乗った悪党の蓄えこそまさに甘露よ!
この首飾りもこの指輪も着物も大した値打ちはないが、貴様らの家を焼いた炎にかざせばこうも美しい! ふひはははは!」
村を焼かれ、夫は逃げるか殺されて、子供達を森に捨てられた女たちは涙を流して平伏している。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「どうか今までの無礼をお許し下さい……」
「だーめーじゃ! ああ心地よい! 最高の妾が復活祭じゃ! ……が、よくよく考えてみれば、これをまた
調子に乗った悪党を平伏させる『落差』が極上なのを知ったが、落差を味わうには一度悪党を調子に乗らせる必要がある。
それに気づいたマサラだったが、その性格上、目の前で長い間悪党を調子に乗せ続けるなど我慢ができなかった。
「あ、思いついたぞ。貴様ら、妾の事を忘れよ」
パチン、と指を鳴らせば、その場にいた全員が倒れ伏す。
(これで良しと。あとは死なぬようにすればこやつのことじゃ、すぐに悪党のエサにされるじゃろうよ)
そうしてわざと商人の馬車が来る森の道まで去り、そこでマサラはコロラドの裏人格として潜むことにして肉体の支配権を返した。
それからコロラドは運良く親切な老夫婦に拾われ、しかし死別により息子夫婦に売りに出され、とある貴族に拾われてダンジョンに向かわされ今に至る。
酷い扱いを受けていたコロラドからしてみれば、産まれた村から捨てられて戻ってみれば村は焼かれていて既に無く、自分は森にいた何かに取り憑かれた挙げ句、役に立たないばかりに村から捨てられた存在だったのだと思い込んだ。
――全てはマサラに都合よく転がり、そして今。
『つまみ食い』を終えたマサラの足元には、二匹の女がひれ伏していた。
「マサラ様ぁ……お願いいたします、私達をもっと苦しめてぇ……」
「命令を、脳が焼けるような恥ずかしい命令を下さいぃ……」
(思ったより面白くないな……メシも酒もなければ
「マサラ様ぁ♪ 私達のアジトに着きました♪」
「うむ、案内せよ」
せめてこの中にはマシな悪党が居てくれよ、と願い、マサラは下僕に酒場の扉を開けさせる。
「ようこそ、元奴隷の人質さん? なかなかやってくれるじゃない」
そこにいたのは、手元の下僕よりはまだマシそうな裏社会の女だった。
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