第22話 夜、地下祭壇に敵と悪魔

 この世のあらゆる計画に狂いは必然だと、『毒華どくはないばら』女頭領・オブーナンは知っている。


 名前も知らない街に産まれ、周りと同じように生きるためなら何でもした日々で彼女がつちかったのは、そのたぐいまれなる美貌びぼうよりもむしろその裏に秘めた『精神的な不屈さ』だった。


 頭領に寵愛ちょうあいされた女を知っていた。

 ある日あっさりと別の女に乗り換えられ、逆上して頭領と女を殺し、勝手に死んだ。


 裏で貴族を操る男を知っていた。

 貴族が没落し、その貴族もろとも街から追い出され、勝手に殺し合った。


 力で成り上がった新進気鋭の闇ギルドを知っていた。

 頭領が暗殺され、血で血を洗う後継者争いが起きた。


 ――そんな愚か者たちを見届けて、オブーナンは真理に気づく。

 真っ先に死ぬのは、なのだと。


 女にベッドで襲われた程度で死んだ頭領。

 わざわざ貴族にくっついて街から出ていった男。

 大した権力があるわけでもない玉座を求めて、わざわざ殺し合いを繰り広げたギルドの構成員。


 全て、周りから愚かだと嘲笑ちょうしょうされた。

 しかしオブーナンだけは見方が違った。

 愚かに、『なった』のだ。

 悪の道に生きる中で問われるのは、下らない選択肢を選ばない平常心。

 死ぬ奴はみんなそれを絶対に失ってはいけない場面タイミングで手放して、愚か者として死んでいった。

 それまでの知略謀略ちりゃくぼうりゃくに関係なく誰しもが皆打つ手を間違えて時が来るのだと、オブーナンは骨のずいで理解している。


「よう、貴様がここの頭領か?」


 そしてその平常心は、部下が『悪魔憑き』を連れてきたと理解した瞬間にもしっかりと発揮された。


「ようこそ、元奴隷の人質さん? なかなかやってくれるじゃない。(なんでよりにもよって『悪魔憑き』なのよ……冗談じゃないわ)」

「ほう、取り乱さぬあたりこいつらよりは骨があるのう」


 悪魔憑きとは、この世界でまれにある現象の1つだ。

 ダンジョンで発生することが多く、読んで字の如く悪魔に取り憑かれる現象そのものを指す。

 精神と肉体を乗っ取られ、安全な解呪には回復職の治癒魔法が必要になる上に後遺症も残りやすい、厄介なトラブル。それを目の当たりにして、どうにかオブーナンは取り乱さずに耐えきったのだ。


「ウチの構成員をこれ見よがしに侍らせておいて、悪魔様は冗談がお好みで?」

「ふししし、こりゃすまんな。襲われたのでつい遊んでしもうた」

「構いません」


 本心だった。

 病院に向かわせた4名の構成員は全滅、1名は騎士団に捕まり、メガクィーも殺しそこね、攫ってきたヴェノムのアシスタントは悪魔憑き。

 並の者なら絶望してもおかしくない状況の中でオブーナンは直々に悪魔を迎え入れ、


「……どうぞ、ご覧になる?」


 真っ暗なアジトへと、悪魔を招いた。


「ほう? なるほどこれは面白い。肝が座っておるなあ」


 下僕についてこないよう命令し、悪魔は女の招きに応じて、店内に入る。


「オブーナン」

「は?」

「私の名前ですわ、悪魔様」

「ふむ、では妾も名乗ろうか。妾はマサラ、マサラ様とでも呼ぶが良い」


 悪魔が名前を言ったことにオブーナンはわずかに驚いたが、当然本名ではないのだろう。悪魔が名前を知られれば召喚術師や精霊使いに使役されかねないことを、この見るからに強大な力を持った悪魔が知らないはずもない。


「で、オブーナンとやら」

「なんでしょう、マサラ様」

「お主、何を企んでおる?」

「それはあとのお楽しみ……のつもりでしたけど、いかがいたしましょう?」


 魔法石のランプで隠し通路を照らしながら、振り返ったオブーナンは笑う。

 髪の毛と左眼以外を黒い布で隠したその顔は、目だけでも十分に彼女の意思を表現していた。


「ふふ……良いのうお主、わかっておる! 楽しみじゃよ、一体この先に何が待っておるのか……ふふっ、久方ぶりのこの胸の高鳴r」

「着きましたわ」

「……そうか」


 ギィ……と扉が軋む音を立てて、暗く広い空間が現れた。

 レンガ壁の燭台に明かりが灯って、妖しく照らされた室内にあったのは、まさに『祭壇』。


「ほう……? 全て魔珠か」

「はい、それなりの苦労をしました」


 花畑を思わせるような魔珠のきらめきが、床に広がっていた。

 扉から部屋の中央に続く『道』があって、その先には円筒形の石の台座と、謎の木箱が安置してある。そしてそれ以外の床は並べ置かれた魔珠によって煌めいており、その中全てに魔力が充填してあることは誰の目から見ても明らかだった。


「くしし。お主、戦争でもする気か?」


 半ば本気で、笑いながらマサラは問う。


「戦争? まさか。私がもたらすのは災害ですわ。特大のね」

「災害……なるほど、『邪竜』か。大方その箱の中身は鱗か血か……いや、逆鱗か」

「その通り。そのあたりのドラゴンとは格の違う『意志を持ったあらゆる災厄』……それをここに喚ぼうかと」


 邪竜。

 それは一般的なドラゴンの中でも特に邪悪とされる、『あらゆる災厄の具現化』だ。

 吐く息は全て毒で、砕けた鱗は毒蠍と化し、血が流れた大地には100年何も実らず、その邪眼は睨んだ者を狂わせる、災厄で作った龍。

 それをここに召喚すると、この女は言ってのけたのだ。


「すると、どうなる?」

「この街が滅びますね」

「その程度で済むとでも?」

「知りませんわ、そんなことは」


 雰囲気は、既に張り詰めていた。

 向き合った女頭領と悪魔、その周囲には過剰な程に魔力が満ちて、女頭領の背後には祭壇に謎の木箱。


「くっ、くはははははは! これほどのいかれがこの世におったとはな、笑わせてくれる! 良いじゃろう、わらわも一枚噛」


 そこで、話は終わった。


 マサラが投げたのは、下僕にした女たちから奪ったナイフ。

 しかしそれがオブーナンの顔に当たる直前で、紫色の電撃がそれを止めた。


「なっ――!?」

「残念」

「どうかな?」

「っ!!」


 ナイフがナイフを弾く音がして、押し込まれた刃が顔布を僅かに切る。


「芸達者だこと」

「思い上がるなよ人間……がぁあっ!?」

「だったら、こうするまで」


 紫電がマサラの全身に奔って、その動きが止まる。両手両足を伸ばされた状態で空中に浮かべられ、意識が飛びかねない電圧に悪魔としての耐久力で無理矢理耐えていた。


(く、そ……ここの魔珠、ほとんどこやつの支配下か! だがこの部屋ごとふっ飛ばせば……!?)


 マサラの脳内で、コロラドが目を覚ます。両手に生み出した蒼い火球が、魔力を乱して霧散した。


「お主……莫迦か!? 殺すななどと言っておる場合では……ぎゃあっ!」

「!?」


 弾かれたようにマサラの身体が吹っ飛び、その毛色は黒へと変化していった。

 焦げた匂いをただよわせながらうつぶせに倒れ伏すコロラドに、意識はもう無い。


「な……何なの……?」


 敵を倒したオブーナンの方が、逆に戸惑うような結末。

 しかし現実としてヴェノムに対する人質は手に入り、計画は佳境かきょう。惜しげもなく貯めていた魔力も、大した消費無しに悪魔を退ける事ができた。


(……気絶してるみたいだけど、コレ起きたらどっちなのかしら……)


 顔布を巻き直しながら切実に悩んだオブーナンは、耳元の魔珠に魔力を込めて部下と通信する。


「敵は排除した。持ち場に戻れ。それとなるべく丈夫な縄を祭壇に持って来させろ、悪魔憑きを捕縛した」

「さ、流石でございます、オブーナン様! しかし捕縛して如何なさるのですか……?」

「生け贄にするに決まっている。少し予定は狂ったが、部下共々ヴェノムの奴を生け贄に捧げてやれ」

「はっ、かしこまりました!」


 通信を切り、危機を乗り切った安堵のため息をついて、手持ちの縄でコロラドの身体を拘束したオブーナン。


(危ないところだったが、いよいよだ……私が受けた屈辱、億倍にしてその身に刻んでやるぞ、ヴェノム・ヴィネー!)


 そう決意して、地下祭壇の扉を閉めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る