第11話 公営酒場での賭け事は禁止なんですけどね
「着きましたよ」
「ありがとうございます! 行きましょう!」
馬車からブリージを護衛する形でヴェノムとコロラドが降りて、三名は街の中央広場近くにある公営酒場の前で降りた。
「久しぶりだな、ここへ来るの」
「ヴェノムさんはしばらくギルドに所属していらっしゃいましたからね」
「私知らないんですけど、ここって?」
「酒場ではあるけど安酒しかなくて、メニューもサラダと干し肉の二つだけ。しかも割高。ただしメシの持ち込みオッケーだし、安い仕事でよければ数はそれなりに回ってくる公的な職業所だよ。ま、王宮が運営してるから仕方ないけどな」
「王宮ってケチなんですか?」
その言葉に、二人がそろってずっこける。
「ま、まあケチと言えばそうですね……地下下水道の掃除とか噴水の清掃とか、大して儲けになりませんし……」
「金にならない仕事ならいくらでもあるって感じかな。逆に言えばスキルがほとんどいらないから誰でも来られるんだけど」
「へぇー」
「しかしそれでもモノは使いようです。行きましょう」
入り口の大きな扉をくぐって、まばらに人がいる建物の中、まっすぐ受付に向かうとそこには眼鏡をかけた人間の女性が一人座っている。
「クエストの登録をお願いします」
「クエストの紹介をお願いします」
揃って現れた二人のその言葉に、受付の女性は何かを察したようにニヤリと笑う。
「ではそちらの方。今来たばかりのクエストですが、こちらでいかがですか?」
「それでお願いします」
「かしこまりました。ご契約成立ですね。では仲介料は一割の……金貨一枚になります」
事務的に告げた女性は書類にハンコを一つ打ち、金貨を取って封筒に入れた。そうして二人はくるりと反転して、コロラドのところに戻る。
「……今の、何か意味があったんですか?」
「特にないですね。野良クエストをやってない、というアピールですよ。まあさっきの受付さんは話の分かる方なので手続きも早いですが」
ブリージがコロラドに答えると、コロラドは複雑そうな表情に変わる。
「へぇ……野良クエストの取り締まりって厳しいんですね」
「そりゃどいつもこいつもそれやるとギルドや酒場が回らないからな」
酒場やギルドを通さないクエストの授受を野良クエストと言い、それはこの王都では違法行為である。罰則は決して厳しいものではないが、トラブルの温床になるので王宮がとことん野良クエストを嫌っている、というのが通説だった。
「私のこの太いしっぽの振りどころですね。あ、そうだ。忘れてましたけど、ぜひ護衛の際は配信をお願いしたいんですよ」
「契約だと確か、再生数に応じての支払いだったな」
「はい。平和に終わればゼロ、何か楽しいアクシデントあれば金貨2枚、盗賊が出たら10枚でどうです?」
「動画が1万再生行ったら2倍にしてくれ」
「ご主人様!? そんなのアリなんですか!?」
しれっとした顔のヴェノムを見て、ブリージが悩む。しかしその顔はすでにこの『賭け』には乗り気だった。
「……1万再生以下で半額、5万で倍なら」
「うーん遊びみたいなもんだしまぁ良いか。じゃあそれで」
「うふふ、良いですねぇ……心が踊ります。ヴェノムさん貴方、バクチの才能ありますよ?」
くつくつと笑うタヌキ男の笑いは、明らかに悪人のそれだった。
「あんまり嬉しくないな……で、護衛は今日の夜からだよな?」
「はい、私はこの後行くところがありますので、お二方はどうぞご準備を整えてから……そうですね、ここで待ち合わせでいかがです?」
「了解。じゃあ夜に」
「失礼します、お二人とも」
そう言って、ブリージは出口へ去って行った。
「あの方、いつの間に次の予定組んだんでしょう。あ、馬車に乗ってる……いつ手配したんだろう……」
「さぁ?」
有能さを見せつけて去って行くブリージに二人が呆けていた、その時だった。
「おおーヴェノムさんじゃないですかー!」
「あれ? ヤクサさん? なんでここに」
「聞いてくださいよー!」
次に現れたのは、ウサギの獣人の男だった。
今日は次から次へと知り合いに会うな、と内心驚きながら、ヴェノムは涙声の知り合いに肩を組まれ、話を聞く流れになる。
「ご主人様、こちらの方は?」
「知り合いのヤクサーさん。薬草屋なんだけどな、よく世話になってる。
で、こんなところにどうしたんだ? アンタ『白き
「それなんですよお! 聞いてくださいよ、
「……あのメガネ野郎が?」
ぴくり、とその名前に反応して、ヴェノムの顔が険しくなる。
「受付にいつも通り支払いを貰いに行ったら、『毒草の葉が混ざっていたから、規約に従って半額しか払わない』って……いくら何でもポーション用のレコンの葉と、毒草のノココンの葉っぱを間違えるわけが無いでしょう! この私が!」
「はぁ!? 子供でも間違えねえぞ!」
「あり得ないでしょう!? 誰かが入れたとか、私の仕事を奪おうとする奴の仕業に決まってますよ! でもメガクィーさんが出てきて、『規則は規則だ』とか言って……せっかくガンビットさんにこの仕事を頂いて、長年頑張ってたのに……とりあえず今回は引き下がりましたけど、これじゃ来月から暮らしていけませんよぉ……」
さめざめと泣くヤクサーに、ヴェノムとコロラドも顔を見合わせて困り果てる。
「……俺たちも昼飯まだだからさ、何か食いに行こうぜ。愚痴なら聞くよ」
「いいんですか? ありがとうございます、ヴェノムさんと……あの、こちらの美しいネコミミさんは?」
「美しいだなんて……えへへ。コロラドです」
「ヤクサー・シゲーです。今度お食事でも」
「おい口説かんでくれ、ウチのアシスタントだ」
「へーお弟子さん取ったんですか。そりゃよかった、ウチも親が見合いしろってうるさいんですよ。僕もこんなお嫁さん欲しいなあ」
「え、えへへ、お嫁さんだなんて……」
「ヒトの話聞いてた? 今話が全部ねじ曲がったぞ?」
「まぁまぁ、良いじゃないですか。食事に行きましょ!」
そうして三名は建物の外に出て行く。
しかしその柱の陰からそれを見ていた誰かがヴェノム達を追ったことに、気づく者はまだこの時はいなかった。
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