第10話 専属契約って結局は囲い込みだよな

「受付番号112番でお待ちのお客様ー。換金が終わりました、受付までどうぞー」

「ご主人様、呼ばれましたよ!」

「分かったから騒ぐなって」


 ヴェノムたちが魔珠を買いに街に戻ると、そこはかなりの大盛況だった。

 本来は倉庫をそのまま改築したような雑貨屋のはずだったのだが、どうやらヴェノムがダンジョンにいる間に改築があったらしく、店の一角に『配信者様はコチラ・魔珠からの魔力換金・買い取り承ります』の文字が書かれた看板がぶら下がっている。

 長椅子に座る面々はどうやら配信者のようで、奇抜きばつな格好や料理人姿のまま来ている者も多かった。どうやら自分の宣伝アピールも兼ねているのだろう。


「こうして見ると料理動画上げてる奴って多いんだな」

「というか、動画自体が多いんでしょうね。換金にまでこうして並ぶわけですし」

「知らなかったな……」


 呼ばれてからさらに並ぶ間、だんだんとヴェノム達を見る周りの目が変わってくる。最初は、


「よぉ、アンタも配信者かい? 俺は『ナイフとぎとぎチャンネル』のセキってもんだ、ぜひ次にナイフ研ぐんなら、ウチのチャンネルを見て欲しいな」

「……お前のことだから、あいかわらず海の石しか使わねえんだろ? セキラッコ」

「おいおい、ここじゃ知ってても本名はご法度……ってなーんだ、ヴェノムじゃねえか。お前魔珠なんて使ってたっけ? 毒使いだろ?」

「買う方じゃなくて売る方だよ」

「マジで? じゃあお前も配信者か、しばらく潜ってたから知らなかったよ!」


 などと隣の列にいたラッコの獣人と他愛たあいない会話をしていた程度だったのが、


「おいアレ、ヴェノムだぜ……」

「配信初日に換金とかヤバすぎる……」

「配信見たか? 初配信で自宅と死体さらすとかマネできねえよ……あの隣の女も見たことねえけど、アシスタントか?」

「いや、酒場でいたんだけど、追放されたその日のうちに『和気わき満腹亭まんぷくてい』にあの女を連れ込んで何着も服を買って、しかもその後に若いエルフまで連れ込んだって噂だぜ……」

「ひぇぇ……」


 換金待ちをする間にも、うわさはどんどん広まっているようだった。


「……なんかお前とんでもないことになってんな。俺みたいなナイフ研いで貝拾ってるだけのチャンネルからしたら大変そうだ」

「俺もその路線で行けば良かったかな……」

「わはは、お前にゃ無理だよ。でもま、疲れたら海に来いよな」

「考えとくよ」


 既にもうスローライフに憧れを抱き始めたヴェノムだったが、換金に呼ばれるとラッコの獣人・セキラッコは手を振って去って行ってしまった。


「今の方はお知り合いですか?」

「昔ちょっとな。海藻かいそうにも毒があるやつがあるって聞いたから採取に行って、その時知り合った。良い奴だよ」

「そうみたいでしたね。都会にはあんまりいない感じの方です」

「あ、そういうのわかるんだ……」

「私も獣人ですから。匂いには敏感なんです」

「そう」


 かくしてヴェノムの番が回ってきて、受付嬢の前に立った。

 しかしあるべきはずの布小袋がカウンターになく、代わりに一枚の紙があるだけ。


「あの! 大変申し上げにくいのですが!」

「?」


 全然申し訳なくなさそうに、元気よくカウンターの受付嬢が聞いた。


「お客様の再生数ですと! プランを変えていただく必要がありまして!」

「プラン?」

「はい! あまりに再生数が多いと、何度も来ていただくことになってしまいますので! 先日から大手チャンネルの方には別のプランをお願いしているんです!」


 その説明が周りに聞こえるや否や、『別プランだ……』『初めて聞いた』『あれヴェノムだろ、まさか初日でVIP待遇かよ!』とまたしても勝手に盛り上がっていく。


「やりましたねご主人様!」


 その言葉一つにも、『ご主人様だってよ』『もう奴隷どれい……いや、首輪が無いから解放奴隷でも買ったのか? 昨日ギルドを追放されたって聞いたのに……』と反応が沸き上がる。勘弁かんべんしてほしい、と内心でヴェノムは泣いていた。


「それでですね! ここか別室で、詳しいご説明をしたいのですが!」

「別室で頼む。ここじゃ騒ぎになりすぎる」

「かしこまりました! 奥の部屋へどうぞ!」


 雑貨屋の二階に通され、一階の騒がしさがきれいさっぱり消えた。

 白い絨毯を敷かれたあちこちに花瓶が飾られている廊下は、それなりに高級な雰囲気がある。


「やぁやぁ、話は聞いていますよヴェノムさん!」

「……ここの店ならやっぱりアンタか、ブリージさん」


 そして二階の扉の前で待っていたのは、丸々と太ったタヌキの獣人、ブリージ・ジオスタだった。

 獣の血が濃いのでその体表はタヌキの毛におおわれているが、その肥満体と愛嬌からマスコットのような扱いを受けている。そして本人もそれを自覚しているので、彼の傘下の商店には彼の風貌と同じ、片眼鏡に葉巻を加えた丸いタヌキのイラストが焼き印された木の板が張られていた。


「ほっほほ、商人は耳の速さが第一ですからねぇ! さ、お話をしましょうか。水がお好みでしたよね? そちらのお嬢様も何かお飲みになりますか? 美味しい木の実ジュースを今朝仕入れたところですよ」

「ご主人様、飲んでみたいです木の実ジュース!」

「はいはい、じゃあお願いします」

「ほっほほ、元気なお嬢様だ」


 小さな、しかし豪華な部屋に通されたヴェノムの前には水、そしてコロラドの前に木の実ジュースが出される。


「わぁ……キレイな色……」

「ほほほ、そう言ってもらえると嬉しいですねえ。目でも楽しめる木の実ジュース、今度の新商品ですよ」

「飲んでもいいんですか?」

「どうぞどうぞ。味の感想もお願いしますね」

「はい!」


 そう言って、ごくりと一口飲む。


「いかがでしたか?」

「すごく美味しかったです!」

「ありがとうございました。ではヴェノムさん、話をしましょうか」

「すいませんね、ウチのアシスタントが……」

「いえいえ、嬉しい反応ですよ。……でね、ヴェノムさん、まずはこちらが今回のお支払いになるわけ


 じゃらりと音を立てて、布小袋が机に出される。

 中には銀貨がつまっており、二人分と考えても一日の儲けとしてはかなりの額だ。


「ですが?」

「ウチとの専属契約、そしてこの後紹介するクエストを受けていただければ、この袋の中身を金貨に変えてお渡ししましょう」

「……す、すごい! これが金貨にって……」

「待てコロラド、まだ何にも聞いてないんだぞ」

「そ、そうでした……」

「ふふふ、あいかわらず用心深いですねえ」


 葉巻を吸いながら、ブリージは笑う。

 一応ヴェノムも警戒のまなざしを向けてはいるが、金を前にしてどこかその警戒は薄いようだった。


「まず、専属契約ってのは?」

「いやウチもね、昨今の配信者バブルで有名配信者の取り合いなんですよ。であれば、魔力の買い取りの値がどんどん上がってしまう。しかしそれを見逃すほど、スラムの連中もバカじゃないでしょう?」

「……で、囲い込みたいと」

「安全のためなら、って判断ができる方は貴重ですからねえ、どの業界も」

「確かにな」

「え? ど、どういう話ですか?」

「魔力の高価買取につられて、怪しい業者が増えてきてるって話だろ」

「さすがご理解が早い。というわけでウチといかがです?」

「決めるよ」

「早っ! 良いんですかご主人様!」

「だって俺、ここ以上に金払いの良い安全な所知らないし」

「ふふふ、良いですねえ、話が早いのは! はいこちら書類とペンです」

「どーも。でも契約書は全部読ませてもらうからな」

「もちろん。ヴェノムさんが気に入りそうな契約ですとも」


 そう言って渡された契約書に目を通し、羽ペンでさらさらと名前を書くヴェノム。

 書き終えると一度だけ文字が赤く焼けたように光って、勝手にくるくると紙が丸まった。


「ではご契約ありがとうございました。次にクエストの方も?」

「ああ、聞かせて欲しい。ただ言っておくけど今の俺はこいつとペアだぞ」

「ええ、当然心得てますとも。とりあえずはこちらを」


 差し出された新しい紙に、またヴェノムが目を通し、それを横からコロラドが覗き見る。すぐに暗記したのか紙をコロラドに渡して、ヴェノムは真剣な表情で言った。


「……護衛か」

「はい。先ほども言いましたが、昨今は物騒ですからねえ。魔力の詰まった魔珠の運搬を、どこからか嗅ぎ付ける輩が現れるような気がするのですよ」

「アンタがそう言うならその勘も当たるんだろうさ。わかった、そっちも受けるよ」

「ありがとうございました……あれ? でも確かこの町って野良クエストは禁止じゃ……」

「ええ、ですから私が今から『公営酒場』に出向くんですよ」

「……へぇ?」


 多分分かってないな……とヴェノムは察して、ブリージとともに席を立つ。


「私が公営酒場にクエストを依頼して、それを一秒で受けて貰う。それだけの話です。では行きましょうか。馬車を出しますよ」

「助かります」

「いえいえ、こちらも良い契約が出来ましたからね」


 二人はがっちりと握手をして、それをよくわかっていない顔でコロラドが見ていた。しかしぱっと笑顔に変わって、


「……良かったですね、ご主人様!」


 元気よくそう言った。

 そしてそれをブリージは商人の顔ではなく、知り合いが良い相棒を拾った喜びで、


「私も、そう思いますよ」


 そうつぶやいたのだった。

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