第8話 幕間・弟子の配信がやたら話題なんじゃが!?

「ふわ〜、昨日は大して飲めなかったのじゃあ」


 ヴェノム達の初配信が終了してしばらくの頃、王都の片隅のバー、『微睡まどろみ尽きぬ酒の池亭』で、あくびしたエイルアースはだら〜っとその小さな体をカウンターに預けていた。


「お嬢ちゃん、ママかパパを探すならヨソ行きな。ここはまだ早いぜ」

「は? 殺すぞ」

「ひいっ、エイルアース様! も、申し訳ございませんでした!」


 掌に魔法陣を展開して瞳を輝かせると、コップを磨いていた中年太りでバーコードハゲの店のマスター、フービンが慌てて酒瓶を一つ出した。そして丁寧に、グラスと一緒に彼女の横に置く。


「うむ、酒に免じて許してやるのじゃ。しかし相変わらず人間は勘が鈍いのう」

「申し訳ありません!」


 エイルアースが指先をくるりと回すと空中に氷の結晶が生まれ、それをグラスに放り込んで酒を注ぐ。未だにマスターは頭を下げたままで、許しを待っていた。


「もう良い。で……なんの騒ぎじゃ?」


 親指でエイルアースが示すのは、後ろの席で動画を見て何やら盛り上がっている冒険者の面々。その顔は楽しんでいるというより、むしろ深刻な表情だった。


「さ、さぁ……何でも、ポイズンマスターとかいう奴がとんでもない初配信をしたとかで」

「ぶーっ!」


 頭を上げたマスターの顔に酒がかかり、マスターは涙目でそれを拭く。


「す、すまぬ。ポイズンマスターじゃと?」

「はい、そのようです。仕事中なので私は観れませんが」

(あいつめ、何をしよったんじゃ……)


 ローブのポケットから魔珠を出して、動画を宙に浮かべて検索する。が、それなりに配信を見慣れたエイルアースはすぐに異変が分かった。


「こ、このトレンドは……!」

「ああ、昨日は話題でしたねー、『白き千片せんぺんの刃』を追放されたポイズンマスターの件。今日もその噂ばかりですよ」


 どうやら昨日の時点で既にヴェノムの追放は話題になっていたらしく、それに食いついた配信者達はそれに関する動画を出していた。


『白き千片せんぺんの刃で内部抗争!? 最速解説!』『イッキに解説! 有名ギルドが炎上、賃金未払いか!?』『白き千片せんぺんの刃で昨日起きた事件について、全てお話します』


 などと、ゴシップ的な動画が乱立しているが、問題はそこではない。


「そりゃこんな時に動画なんて出せば盛り上がりますよねー。ポイズンマスターって方もうまいやり方してますよ」

「そ、そうじゃな」

「あっ、エイルアース様!」


 と、そこへ声がかかる。

 白い肌にとんがり帽子、ローブを羽織ったエルフがエイルアースに手を振っていた。


「サソラージュ! お主も来ておったのか!」

「ええ、偶には街や冒険の空気を吸おうと思って……エイルアース様はご存知ですか? 最近話題の映像魔珠」

「い、一応な……」

「流石ですわ、エイルアース様。森にこもる石頭どもとはまるで違いますのね」

「世辞は良い。で、何があったんじゃ?」

「ご覧ください、この動画」


 ソファから離れてやってきた友に見せられたのは、声を変えた弟子がシクソーの毒を解説していた動画だった。

 しかし機材トラブルなのかいきなり配信が切れ、変なタイミングで終わっている。


「これ何かマズイのか?」

「何を言うんですか恐ろしい……見ましたか? 映っていた死体を! しかもそれを原っぱに晒してるなんて! 自分の家の前ですよ!? これだけでも、ポイズンマスターがどれだけ恐ろしいか!」

「あ、そ、そうじゃな……」


 アレ家じゃなくて倉庫なんじゃがなあ、と内心冷や汗をかくエイルアース。

 なんなら何回か弟子のいない間に忍び込んで、死体ガン無視で毒干し肉と強めの酒を盗んだことすらあるので、エイルアースもまるで非常識さを理解していなかった。


「噂では忍び込んだ盗賊ギルドの顔を溶かしてから逃したとか……本当に恐ろしいです! エイルアース様もお忍びの旅は結構ですが、くれぐれも気をつけて下さいね」

「う、うむ。お主は優しいのう、サソラージュ」

「なんて勿体ないお言葉! 10年は寿命が伸びましたわ!」

「はは……」


 乾いた笑いとともに、酒に口をつけるエイルアース。

 ちらりと画面を見れば、


『ポイズンマスター、まさかの配信者デビュー!? 意味深な初配信を考察!』

『知らなきゃヤバい!? 初配信から敵の死骸を晒す謎の配信者、ヴェノムとは!?』


 と、新たな動画が次々と投稿されていく。

 それを見て長い月日を生きたエルフ、エイルアースが選んだのは、


(……酒飲んで忘れるか)


 割と最低な選択肢だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る