第7話 初配信!『家に帰ると俺の毒で泥棒が死んでる件』

 朝になって、ベッドの上で上半身を起こしたヴェノムは自分にしがみつくように眠るコロラドに気づく。

 エイルアースはどうやらすでに部屋から去って行ったようで、年寄りは早起きだなあ、と、もしも聞かれたら半殺しにされかねないボヤキを心中で漏らした。


「……にゅふふ、もっと食べたいです、ご主人様……」


 寝言なのか、ぴくぴくと耳やしっぽを動かしてのそのそと動くコロラド。

 服がめくれて際どい感じになるのをヴェノムは布団で隠して、シャワーを浴びに向かった。

 そしてその後何事もなく部屋を去ったのだが、後に部屋を片付けに来た従業員はベッドが一つしか使ってなかったのを見て、


「あ、あれが噂のヴェノム……ギルドを追放されたからって、まさかその日の晩に奴隷を手に入れて、服まで要求して……け、ケダモノ……」


色々と妄想を膨らませたのだった。


「さて、善は急げだ。天気もいいし、初配信……ってことで、早速なんかやろう」

「やりましょう!」


 王都をぐるりと囲う城壁を出て、冒険者の装備で高らかに宣言する二名。

 目の前には森があり、細い道が森の奥へと続いている。


「……で、何するんです?」

「どうしようかなあ……オススメとかあるか?」

「うーん、【ポイズンマスターの毒薬調合動画!】 とかですか?」

「秘密にしてるレシピとかあるし却下。もう少し安全そうなの無いか」

「秘密じゃないレシピとか無いんですか? こう……手っ取り早くて扱っても安全で、他の誰かがマネしても大丈夫そうなやつ」

「なるほどお前賢いな。うーん……」


 しばらくヴェノムは考えて、いくつかの案が出たらしい。


「じゃあ泥棒避けの罠と、それに使う毒だけ紹介するか。わりと簡単にできる奴があるんだよ」

「いいじゃないですか、それにしましょう!」

「じゃあ俺の小屋がちょうどいいな」

「小屋?」

「この森の奥に俺の小屋があるんだよ。薬草とか保管してあるんだ」

「へぇー」


 そしてそれからしばらくして。

 森の小道を抜けた先に、それはあった。


「……ご主人様、一つ聞いていいですか?」

「どうした?」

「あの小さな赤い屋根の小屋が、ご主人様の薬草とか保管してある小屋なんですよね?」

「うん。見つかりにくいし井戸もあるし、良いところだろ? 前に偶然見つけたんだ」


 王都の隣の小さな森、その奥にあったのは、小さな草原とその中央に建てられた赤い屋根の小屋。井戸が脇にあり、非常にのどかな雰囲気をしている……一応は。


「それは良いんですけど……なぜ私達はそれを遠眼鏡で見ているんですか?」

「前に盗みに入られてな。それから用心してるんだ」

「へぇ。もしかしてその盗みに入った方って、今はお墓の下ですか?」

「え? ああよくわかったな。埋めるのが『毎回』大変なんだよ」

「そうですか……」


 草原には蝶が舞い、風にそよぐ花々は美しい。

 が、それは

 完全に骨と化して倒れたままの二つの死体は、服だけを残して風に吹かれている。


「後であれ埋めるから手伝ってくれ。とりあえずまずは配信を……あれ? 魔珠まじゅどこいった?」

「ここですよ。じゃあ撮りますね~」

「なんか緊張するな……あー、うん、ごほっ……声変わった?」

「ばっちりです!」


 声を変える薬を飲んで、いよいよ初配信。

 とはいえまだ録画だけで、編集はこの後の予定だった。


「さん、にー、いち、きゅー!」

「えー、皆さんこんにちはー。今日から配信者になりました、『不可侵ふかしんのヴェノム』でーす。さっそくですが私、ポイズンマスターと言うことですのでね、誰にでもできる簡単なご家庭向けトラップをご説明しまーす」


 意外とよどみなく台本を読むヴェノムに、コロラドはわずかに驚きつつも録画モードの魔珠を向ける。赤い目のアイコンが浮かんでいる間は、録画中のはずだった。


「えー簡単なのがこちらですね。草結び! シンプルですが分かりづらい。しかし普段は誰かを転ばすだけのトラップも、毒を使えばさらに効果が増すんですねー。

 そこで今日は、実際に用いる簡単な毒とその使い方をご紹介します。

 例えばこの赤い花の種、そこら中に生えてる花のものなんですが、この花の花びらと一緒に干してから煮ると有毒な成分が出て、しかも他の草を枯らさないんですねー。これの何が良いかと言うと、庭に水撒きする要領で水に混ぜて撒いておけば、庭で転んだおバカさんを痺れさせることができるんですね。三日三晩苦しみますからあとは好きにしてくださーい。雨が一度降ったらおしまいですが、そんなのはまた撒けばいいことで……どしたのコロラド」

「あのですねご主人様」

「うん?」

「さっきから死体さんが映ってます」

「……ダメじゃね?」

「ダメですね。さすがに過激すぎて王都に怒られると思います」

「効き目を示すのにはちょうどいいんだけどなあ」

「仕方ありませんね、どかしましょ……あ、あー!」

「?」


 いきなり慌てだしたコロラドに、ヴェノムが戸惑う。


「すいませんご主人様! ライブ配信ボタンを押しちゃってました!」

「ライブ……ってことは、つまり?」

「さっきの部分が、もう動画になって配信されてます!」


 ――ひゅう、と風が吹いて、どちらも現実を受け入れた。


「ってことは、今ので俺の初配信が……終わり?」


 そうヴェノムが呟いて、青ざめたコロラドが頭を下げる。


「ご、ごめんなさいご主人様! ……私、やっぱり役立たずで……」

「何言ってんだ、そんなことねえよ。俺も確認してなかったし気にすんな」

「うぅ……」


 落ち込むコロラドとそれを慰めるヴェノムだったが、二名の見ていないところで『その変化』はすでに起きていた。頭を撫で終えたヴェノムが改めてコロラドを慰めようと、動画を確認する。


「まあ、流しちゃったたもんは仕方な……ん? ところでコロラド、これが今流した動画なんだよな?」

「ぐす……そうですね」

「このぐるぐる回ってる数字、何? すげー増えてくけど」

「増えてく? え、嘘……」


 食い入るように、魔珠が投影する動画の端の数字を見るコロラド。震える指で示し、さっきとは別の感動で震えている。


「コレ、再生数です……」

「はい?」

「2千……じゃなくて、に、2万!? これが再生数ですよ、やりましたねご主人様! 大成功ですよ!?」

「……え、えー!? 今のがか!? 草結んで毒撒きましょうね、しか言ってないぞ!?」


 ありえない現象に二人は叫ぶのだが、今もくるくると再生数を示す部分の数字は際限なく増え続けている。


「配信って凄いな……あ、そう言えば動画のタイトルになんも書いてないな」

「修正はできますよ。どんなのにしますか?」

「うーん……『泥棒用の罠のための毒』とかでどうだ?」

「全然ダメですね。ご主人様は本当にやる気があるんですか?」

「コロラドさん?」


 これまでに無いキャラ変と割とガチのダメ出しに凹んだヴェノムだったが、聞き間違いと思うことにした。


「もっと派手なやつにしましょうよ、『家に帰ると俺の毒で泥棒が死んでた件』とか!」

「……よくわからないけどそれで良いや。あとはこの魔珠から魔力を吸い出せば良いんだろ?」

「そうなりますね! でも空の魔珠もあんまり無いですし、後で買いに行きましょう!」

「いや……コレが壊れても嫌だしすぐ街に戻ろう。悪いな」

「いえいえ、忙しくなるのは大成功の証です!」


 そう喜ぶ間にも、くるくると再生数は増していく。

 かくして華々しい配信者としてのスタートを切ったヴェノム達は、当然その裏で起きていたことに気づかないのだった。

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