第6話 のじゃロリ師匠は秘密を知る

「よぉヴェノム、ひさしぶりじゃの~。うぇへへへへ」


 かちん、とグラスを鳴らしてから中の酒を一息で飲み干すのは、まるで魔術師のようなとんがり帽子にローブを纏った褐色肌に銀髪のエルフ。ただしその背丈は完全に子供にしか見えないほどに小柄だった。

 彼女はリュックに入れて持ち込んだ大量の酒瓶をテーブルに広げて、まるで水でも飲むかのような勢いで飲み干していく。


「師匠、そのセリフもう三回目ですよ」

「にゃにっ。三回も言ってやったのにまだわかっちょらんのかぁ!」

「……あの、ご主人様」

「どしたのコロラド」

「さっきから椅子に話しかけてるこちらの方は……?」

「恥ずかしながら俺の師匠。名前はエイルアースな。こう見えて歳は俺の10倍以上ある」

「えっ、お師匠様ですか!」


 とりあえず適当な服に着替えたコロラドは、自分のベッドに腰かけて褐色エルフの様子を見ていた。


「ヴェノム~、お主双子じゃったか~?」


 へろへろになったエイルアースは、座ったまま目を回して上半身をふらつかせている。誰がどう見ても泥酔状態だった。


「マジでこりゃダメだな、しゃーない」

「?」


 言いながらヴェノムが腰の袋を探り、親指の爪の上に錠剤を一つ載せて弾く。すると錠剤は放物線を描いてグラスの中に入り、即座にエイルアースがそれを無警戒に飲み干した。すると泥酔で真っ赤だった顔が一瞬で普段の褐色を取り戻し、目の焦点もはっきりする。


「はっ……なんじゃ面白くない。またわしの楽しみを止めよったな、ヴェノム」

「えっ、凄い……何をしたんですか?」

「ただの覚醒ポーションだよ。師匠直伝のやつだけどな」

「覚醒ポーション……」


 二日酔いを一瞬で直した謎の薬に、コロラドが言葉を失う。

 しかしヴェノムもエイルアースもそれが当然のことのように、話を続けた。


「あのままじゃ話になんないでしょ。わざわざ俺の宿まで調べて何がしたかったんですか本当」

「なーんじゃあ冷たいの~。ギルドを追放されたと聞いたから泣き顔でも見てやろうと思ったのに、意外とそうで安心したのじゃ。うひひ、ジャマして悪かったの」

「……」


 顔を赤らめるコロラドに、バツの悪そうな表情を浮かべるヴェノム。

 それを見比べて呆れたようにエイルアースがため息をついた。


「お前ら初心うぶすぎんか……? で、どうなんじゃ本当のところ」

「本当のところ?」

「お主はこれからどうする、と聞いておるんじゃよ。その赤面した娘がまさか夜の仕事ってわけでもないじゃろ、しかもその首や腕の日焼け跡……奴隷を開放して懐かれたか? お主らしいのぅ」


 ヴェノム達はベッド、エイルアースは木の椅子に腰かけて、真面目な顔で訊いた。


「いや、解放奴隷を拾ったんですよ」

「そうか。ネロの奴はとっくに儂から独立して店を経営しとるし、従業員も抱えとる。それに引き換えお前はどうじゃ? 冒険者をやるのは構わんが、そろそろ家の一つも持つべきじゃろ」

「森に小屋くらいなら持ってますけど……」

「アホウ。ありゃ倉庫みたいなもんじゃろ、家とは『家庭』じゃ。ちょうどいい機会と思って家族を持て、ヴェノム」

「あいかわらずいつも師匠の話は唐突ですね。つか師匠も独身じゃないですか」

「出来の悪い弟子ほど可愛いんじゃよ。あとわしの婚期の話をしたら殺す。で、もう一度くぞ。何かこの後の生活のアテはあるのか? この娘と……えっと済まぬ、名前は……」

「コロラドです。コロラド・ライトと申します……よ、よろしくお願いします、ご主人様のお師匠様」

「んむ。エイルアースじゃよろしくな。で、はよ答えろヴェノム」

「とりあえずギルドには戻れませんので……配信者でもやろうかと」

「配信者ぁ? あー最近流行っておるのう。アレか。気が付くと一日が終わるから好かんのじゃよなあ」

「ドハマりじゃないですか」

「隠居してから暇なんじゃもん」

「何がもん、ですか歳考えて……いだだだだ申し訳ありませんでした師匠!」

「分かればよろしい」


 両拳で挟むようにヴェノムの頭蓋ずがいを責めたてて、どかっ、と椅子に再度腰掛けるエイルアース。


「ま、アテがあるなら良いわ。ホレ飲め、ヴェノム!」

「俺酒飲めないんですけど……」

「付き合え。師匠の命令じゃぞ」

「お酌しますね」

「おお、気が利くのう。コロラドも飲め」

「い、いただきます」

「やれやれ……無理に付き合うなよ」


 そうして突然の晩酌が始まり、すぐに脱落者が出た。


「ぐぅ……」

「寝ちゃいましたね」

「相変わらず酒に弱いのう。これで明日には記憶が抜けてるから面白いぞ、くひひ」


 テーブルに突っ伏したヴェノムは、空のグラスを手にしたまま寝息を立てている。

 するとコロラドが椅子から立ち上がり、ひょい、と抱えて大切そうにベッドに寝かせた。


「……ふふ」


 寝入ったヴェノムを見て、微笑むコロラド。その様子を横目で見るエイルアースは、


「で、お主何者じゃ?」


 声色を変えて、そう訪ねた。


「え?」

「お主、ただの獣人ではあるまい?」

「……っ」


 顔を青ざめさせ、脚を震わせるコロラド。


「ああ心配するな、バカ弟子にいらん世話焼きはせんよ……ただわしは、獣人向けの薬を飲ませたのに効かぬお主が、何者なのか知りたいだけじゃ」

「……逃げ場は、無いみたいですね」


 そう言って、上着を脱ぐコロラド。

 そして音が一つして、コロラドの身体の『何か』が変わる。一目瞭然のそれを見届けて、


「お主……そうじゃったのか」

「……お願いします、何でも……本当に何でもしますから、ご主人様にこのことは言わないでもらえませんか?」

「言うわけなかろ、儂だって『森抜け』したエルフじゃしな。古い話とはいえ面倒は抱えとるのよ」

「森抜け……?」

「なんじゃ知らんのか? 時代は変わったのじゃなあ。まぁ良い、バカ弟子の薬のせいでまるで酔えんわ、帰る」


 そう言うと椅子からぴょんと飛び降りて、とことこと歩き去っていくエイルアース。


「あ、あの……」

「心配するでない。儂はお主を気に入った。アホな弟子じゃが……お主も信頼してやってくれ」

「信頼……ですか?」

「ああ。そこのアホ弟子がマヌケな顔して寝とるじゃろ? 

「あっ……!」

「よろしくな」


 そう言って、エイルアースは出ていった。カチャリと鍵のかかる音がして、残されたのは寝入ったヴェノムと、その傍らに座って涙を流すコロラド。


「……信頼、してくれてたんですね、こんな私を……」


 小さなランプが灯る部屋の中、コロラドの涙声だけが響く。

 その傍らで実は目を覚ましていたヴェノムは、


(師匠が来たと思ったらいつの間にかベッドに寝かされていて、隣でコロラドが泣いてるんだが……何だこの状況……

 !?)


 とりあえず寝たフリをして、やり過ごすことにした。

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