第3話 病院にて
「はぁ!? ヴェノムさんが追放されたぁ!?」
少し日は傾いて、ヴェノムが追放された日の昼下り。
王都から少し離れた病院でそう叫んで跳ね起きたのは、赤い髪をはねさせた筋骨隆々の若い男、アレック・リックラックだった。
「ああっ、アレックさん! 動いちゃ骨が……」
「俺の骨よりヴェノムさんのことだ馬鹿野郎! アイタタ……」
「ほらもう無理するから……果物切りましたよ、食べてください」
痛そうに身体を震わす男の目の前に、精緻な切り込みを入れられた果物がつまようじに刺されて差し出される。
アレックが横を見ると、そこには自分の部下であるアカモモ・トーハがいた。
ちなみに丸々と太ったスキンヘッドの巨体であるが、眩しいほどに悪意のない笑みを浮かべている。
「……これお前が切ったの?」
何をどう切ったのか、皮の色合いまで計算して彫られた美しいドラゴンの彫像を食えと言われても、理性が拒否する。
「そうですよぉー。ナイフの腕だけは凄いって、オレを褒めてくれたのはアレックさんじゃないですかぁーもぉー」
「お前なんで冒険者やってんの……? じゃなくて! 今の話本当か!」
「え? 嘘じゃないですよぉー、アレックさんだけがオレのナイフを褒めてくれて……」
「そっちじゃねぇよボケッ! どこのマヌケバカがあの人追い出した!?」
「さ、さぁ……そんなことできるのはガンビットさんとかくらいで……」
「んなわけあるか! あの人がそんなマヌケバカならとっくにギルドが滅んでるわ! アイタタ……ああくそ、熱出てきた……」
「ええっ、大変じゃないですか、ほらそれ食べて! すぐ悪くなっちゃいますよ!」
「俺のことはどーでもいいっつってんだよ! でも頂きます」
ぱくりと果物を口に入れて、アレックはベッドから立ち上がろうとした。
しかし包帯を巻かれた上半身に上着を羽織ったところで、個室の扉がノックされる。
「誰だ?」
「アレック様? お客様がいらっしゃってますが……」
外から聞こえたのは、看護師の声だった。
「誰ですかね。姐さんたちはギルドの方へ行きましたけど」
「……想像ついてきたな。通してくれ!」
「はい」
引き戸がガラリと開いて、男が一人現れる。
「やあやあアレック様! 今回は『不運』でしたねぇ。お辛いところ恐縮ですが、お見舞いに参りました」
「わぁ、すいませんわざわざ!」
「……グラクィーか」
「……さん、をつけて頂けないのは私の不徳の致すところでしょうかね」
現れた獣人の男・グラクィーを見て、アレックは表情を険しくする。
対するグラクィーも眼鏡をクィッと持ち上げて、雰囲気は険悪。
アカモモはきょろきょろと戸惑うが、それに構わずグラクィーは小さな布小袋を机に置いた。
「お体がすぐれないようなのでこちらに置かせていただきます。アレック様は冒険者保険に入っておられましたのでそのお支払いと、今回の成功報酬ですね」
「成功報酬……ね。アカモモ、数えてくれ」
「へ、へい」
「悪いな、疑ってるわけじゃない」
「構いませんよ、当然のことです」
布小袋の中から金貨が一枚ずつつまみ出され、その枚数は十五枚。そこに銀貨が十枚。寝て暮らすだけなら一年以上は困らない額だ。
「多いんだが?」
「お気持ちですよ。【ソードマスター】の称号をお持ちの方は大切にしたいですからね」
「……追放した【ポイズンマスター】よりも、か?」
「おや耳の早いことで。優秀な部下をお持ちのようだ……」
皿の上の精緻に彫られた果物を見て、グラクィーの目の動きが止まる。
掌と首の傾げ方で『この方が?』と尋ねて、アレックはこくりとうなずいた。
「……本当に優秀な部下をお持ちのようだ。
「それはどうも。で? 何を考えてアイツを追放した?」
「ヴェノムのことですか?」
「マジでやらかしたのかよお前……お前さ、なにしてくれてんの?」
「おや、彼とは知り合いで?」
「そういうことじゃねえよ、お前なんでアレを追放した?」
「何でと言われましてもね。彼のせいでダンジョン攻略は
「お前さっき成功報酬っつったろ」
「それはあなたの契約がミノタウロスの討伐までだったからですよ。あなたが倒れようが撤退しようが、ミノタウロスが倒された以上貴方はクエストをこなしました」
「俺が抜けてから、犠牲者がどれだけ出た?」
「二名ですね。新人の
「少ないな」
「不幸中の幸いでしたよ」
「ふざけてんのか?」
「はい?」
アレックの怒気が部屋に満ちて、追加の果物を切っていたアカモモの手が止まった。
「俺が倒れて目覚めたミノタウロスが戦闘態勢? 誰がどう考えても状況は絶望的だ。仲良くミノタウロスを食って次に進むどころか、仲良くミノタウロスに食われて終わるところだったんじゃねえかよ。で? それがその程度の被害で済んだのは誰のおかげだ?」
「誰というなら、ギルドの皆さんの正しい選択でしょうね」
「ああそうかい。で、ミノタウロスを倒したのは誰だっけ?」
「……ヴェノムですね」
「これ以上バカにされたいか?」
「言いたいことはわかりますよ。しかし私は『白き
ダン! と小机を叩いて、金貨と銀貨が跳ねる。
それを空中でアカモモがこぼさないように抱えて、袋に戻した。
「だろうな。だがこっちは命かけて出て行ったんだよ。俺に金貨を追加する頭はあるくせに、お前なんかおかしいぞ? お前もガンビットさんに拾われた身だろ、俺は違うけど、賢いんならもう少し立ち回りを……」
「そっそれは! あなたの領分ではないでしょう。アドバイスは聞き入れますが……私にも、信じた部下がいる! 現場というなら、私も正当な部下の判断を覆すわけにはいかないんです!」
「……そうかい」
はぁ、と面倒くさそうにため息をついて、アレックは呟いた。
本当に世間様は面倒くせぇな、という気持ちを押し殺して、布団をかぶった。
「悪いが、傷が痛むんで帰ってくれ。あと俺が言うのもなんだが、『仲間を間違えるなよ?』事務仕事じゃどうか知らんが、ダンジョンでそれを間違えたやつは大体死ぬぞ」
「……ここはダンジョンと違いますよ。けれどご忠告、痛み入ります。ではまた、縁があれば」
引き戸を開けて、去っていくメガクィー。
アカモモは頭を下げて見送ったが、それを寝転んだアレックは目を開けたまま、
「……だから、世間ってのは面倒くせぇんだよ」
そう、思いを呟いた。
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