第13話

 オーガンたちを率いて一行は主人公の別荘へと馬車を進めていた。別荘は谷に囲まれた山間にある。かつて討伐隊と四天王の傀儡たちと死闘を繰り広げられた戦地なのだが、A班のリーダー、マスカットから別荘を献上されたこともあり、この地で休暇を取るときにはよく利用していた。他の隊員は誰もそこに別荘があることなんてマスカット以外誰も知らない。拠点としておくにはうってつけの隠れ家でもあった。主人公は馬車に掛かる費用を代わりに出すことでオーガンたちをそこに向かっていた。

 中腹を通り過ぎたころ、日の出が暮れだした。この辺でキャンプするべく村に赴き宿はないかと尋ねたが、宿はないといわれ、仕方がなく野宿することになった。水汲みで近くにある川へバケツを持っていくと、傀儡と遭遇した。

『魔王様!』

「き、きみは…」

 緑茶色の髪と目と口が逆、腕が三本ある奇妙な体格と姿をした傀儡だった。

『先代の魔王様の傀儡です。いまは、この辺を守るよう命じられています』

 ここを守っているという。奇妙な話だ。傀儡は人間を襲いときには災害や天地を揺るがす悪魔的な存在だ。それも人間を襲うことなく守るというのだ。

「守る? 人間を襲うことが主なはずだ…が」

『先代の魔王様がここをいたく気に入っていたので、私は生涯朽ちるまでここで守るよう命じられたのです』

 小鳥たちがさえずり川のせせらぎ、草木の揺れなど聞こえるが、今は日が沈み静寂とときおりなびく草木の音が怖さを倍増させている。幸いにも人家の灯りがあるだけあって、そこまで暗くはない。

「それで、傀儡が自分になんのようだ」

『魔王様、どうかこの村は襲わないでください。これは命令ではありません。お願いです』

「もし、聞き取らなかったら」

『全力をもってあなたと対立します。これは初代の魔王の命令を生涯朽ちるまで守り切ることが私の宿命(つとめ)です』

 傀儡に与える命令はそこまで強いものだと確信した。先代の魔王はいったいどんな人物だったのだろうか。ここまで村を守るよう命じるなんて、魔王が…魔王がそんなんであっていいのだろうか。

『冗談です。あなたはすでに傀儡の心の声が聞こえているでしょう。村はわたしが守ります。ですので、他の命令であれば、引き受けます。…ですが、この村から離れるような命令は引き受けませんので』

 敬礼しながらそう言い終えると、遠くで銃声の音がした。

 バーンと森のなかで鳴り響く。この音は、馬車があった方面からだ。嫌な予感がする主人公たちは早々とバケツをそのまま置いて走った。主人公が到着するとそこは真っ赤な血の泉が広がっていた。馬車は壊され、荷物はそのまま残されていた。だが、そこには息を吸うものは主人公以外に討伐隊の服を着た討伐士たちの姿が…「あーれま、情報通り<魔王>さまの降臨だぁ~」と刃に舌でなめながら見つめる若造がいた。

「ッ! <魔王>…通達通りか」

 黒髪のショートヘアの女が舌打ちした。武器に手を置き、いつでも攻撃ができると準備に入るが、足は逃げるで手いっぱいだった。黒髪のショートヘアの女はこう思っている。

(逃げなきゃ…確実に殺される…! わたしのレベルじゃ…到底むり!)

 もう一人ガクブルと震えている高齢の男が慎重に息を閉じ構える。この中では歴戦を潜り抜けてきた強者だと周囲を思わせているが、心の声がただもれだ。

(無理だ。構えたのはいいが…レベルが遥かに違いすぎる! こんなことなら遠征にいかなければよかった…報酬が倍になるって目がいかなきゃ…傀儡を倒すだけだったのに…ついてないなぁ)

 高齢の男は腰から刃物を取り出し、身を構える。いつでも順調に行動できると、黒髪の男は刃物に舌でなめながら「魔王さんよ、あんた、俺らを騙してったんだな。討伐隊として配属し、しかも英雄マスカット様のもとで副リーダーを務めていたらしいな。まったく歯がゆいぜ。俺はな、あんたを尊敬していた。あんたが、数々の町を救っていたところをただ見守ることしかできなかった弱者だったが、あんたの背中を見て俺も討伐士になりたいと思ってやってきた。だが! あんたが魔王だって知った時は震えが止まらなかったぜ。仲間同士の殺し合いは厳禁。それを破ってくれたことに感謝だ。あんたを殺せば、俺は英雄になれる!」と長ったらしい説教にうんざりしていた。

「傀儡、こいつらはやれるのか?」

 後ろにいた傀儡は答える。

『わたしは村を守ること。討伐隊は人間…村人を殺すのであればわたしも参戦しましょう。ですが、殺されたのは魔王様のお仲間…わたしは出る幕はないでしょう』

「そうか…」

 自分は何を思ったのか。ためらいなく斬った。一閃。それは瞬きの一瞬にも見逃さない速さ。音速を超え、音がしたと思った瞬間にはもう、彼らは歯向かうことも口答えすることもできなかった。

『お見事』

「反撃する術を与えずに殺すのが自分のやり方だ」

『流石ですね。その術は魔王に開花してからですか』

「皮肉にもそうだ。魔王じゃなかった頃は反撃・回避・見切りされることはよくあった。だけど、魔王になってからまるで周りの時間は恐ろしいほどゆっくりと感じられるんだ。これも魔王になったという証拠なのか?」

『わたしは傀儡ですので、その感想を説明することはできません。ですが、魔王になった…それが証明しています』

「そうか…」

 オーガン、ウシノノ、シノ、クロチア。最後はなんて言っていたのだろうか。彼らは討伐士たちと対面したとき、どんな感情を抱いていたのだろうか。

(ば…ばかな…ぜん、めつ…!? レベル59を超える討伐士たちだぞ…ありえない……ありえない…! こんなの無理だ! 遠征がなんだっていうんだ。こんなのレベル22のオレじゃ…)

 茂みの奥で聞こえてくる心の声。これは遠くから監視している奴のことだ。男一匹。それ以外の気配は小動物以外感じない。

『片付けに行かれるので?』

「気づいていたなら、どうして教えてくれない」

『言いましたよ。わたしはあくまで村を守るのだと。それ以外はなにも命じられていないので、動けません』

 そうか、忠実だな。

 討伐士たちの長銃を拾い上げ、遠くにいる生き残りを抹消した。彼はもう足がすくんでいて動けないことは知っている。心の声から動くことはできないと確証していた。だが、その判断はある人物によって打ち消されることとなった。スコープから覗く先で、男を横に逸らすようにして移動する女と目があった。

「ミラ!?」

 あの特徴は後輩のミラだ。どうしてこんなところに。それよりもあの動きは人間の動きじゃない。

「傀儡。この辺にいる討伐士は一匹じゃないのか」

『わたしが思うに一匹ですね。ですが、魔王様が見たと思われた人物は…人間ではないのかもしれませんね』

 傀儡は嘘を言っていない。なら、人間じゃないとしたなら、ミラはいったいなにに変わったというんだ。

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