第11話

 あれから七日ほどだった。身体は普段通りに回復し、逆上がりでさえ軽く二時間耐えれるほど順調に回復していた。幸いなことに、レベルも下がることなく上がり、今ではレベル59まで上がっていた。

「すっかり元気になりましたね」

 洗濯物を持ったシノが滑らかな顔つきで言った。洗濯物を一緒に干しながら、ウシノノについて尋ねた。

「ウシノノはあれから帰ってきていません。おそらく心の整頓ができていないのでしょう。オーガンとクロチアが探しには行きましたが、いつもの場所を探しても見当たらないあたり……傀儡に殺されていないかどうか心配でたまりません」

 傀儡はあれから数体だけ召喚していた。対象はこの国民と討伐士たちに対してだ。怪しまれないためにここの4人に対象をすることを省いているが、いつ怪しまれてもおかしくはない。もし、ウシノノが誰かに言いふらしたら、そのときはやむを得ない。

「自分も協力します。いつまでも寝たり食べたりばかりでは皆さんに迷惑をかけてしまいます」

 そうだ。武器はあのとき、壊れてしまったんだったっけ。壊れた武器を見惚れていると、シノが「今日は市場へ行く用事があるので、もしよかったら一緒に行きませんか」と提案した。「自分で良ければお手伝いします」と心から承諾した。


 傀儡レベル28<物まね仮面>。複数枚の目と口と鼻の部分だけ穴が開いた仮面を持った顔なしの小僧。仮面をかぶるとその人に化けることができる。仮面を外せば元に戻る。<物まね仮面>に命じられたのは、ウシノノが慕う兄貴に化け、ウシノノを密かに殺すこと。<物まね仮面>はその命令を忠実に従い、兄貴に化けウシノノに近づいていた。

「あ…兄貴」

 表情が柔らかくなった。ウシノノは夢じゃないかと疑い自分の顔を何発と殴った。夢じゃないと確信し、兄貴と一緒に行動して七日と経とうとしていた。ウシノノ以外に見られないために人気がない方へ誘ってはいるが、警戒心が強いのかそれとも兄貴の偽物を疑っているのか賑やかなところ以外行こうとしなかった。そのせいか命令されていた日にちはずれ、とうとう七日が経とうとしていた。

『はやく、魔王様に褒められなければ……』

 焦りと不安で魔王の命令を忠実通りに動けずにいた。

 兄貴の姿を真似た<物まね仮面>は、人混みの中でもウシノノを倒そうかと迷っていた。魔王はウシノノさえ倒せばいいと思い始めるころ、そこにウシノノのことをよく知る人物が現れた。

「よおっ! ウシノノじゃん」

「ゲッ!」

 赤毛に鶏のトサカみたいな髪をした男が現れた。エプロン姿に工具が入った手提げかばんをかけている。どうやらウシノノの知り合いらしい。

「おい、そんな嫌な声出すなよ。最愛の友が現れたんだぜ、喜ばなくちゃ」

 そんな気分には慣れないという顔をしながら「マツイは、どうしてここにいるんだ? 今日は武器屋を留守にしていいのかよ」と嫌味を加えながら吐く。

「いいんだよ。どーせ親父が全部見るから。俺はあくまで客にニコニコとしていればいいだけだし、それに……」

「それに…?」

「いや、なんでもない」

 照れながらそっぽ向いた。ウシノノは首を傾げながらなんのこっちゃと理解できなかった。

「それより、シノたちを心配させんじゃねーぞ」

「は? なんのことだよ」

「知ってんぞ。兄貴のことで飛び出したーって…。お前の兄貴は立派だったよ。もう、それは――」

 急にマツイは顔を蒼ざめる。人差し指でウシノノの後ろに向かって指しながら「なんで、おまえが――」

 その瞬間マツイが首根っこを貫かれ後方へと吹き飛んでいった。

「えっ」

 周りの人々は阿鼻叫喚。人が急に吹き飛んでいった。しかもウシノノの横で長い針を突き刺しながら誰かがそばで立っているのを感じたからだ。ウシノノはゆっくりと振り返るとそこにいたのは、口から長い針を突き出す兄貴の姿をしたナニカがいた。

 市街地で悲鳴が轟く中、兵士たちが現場へと急行していた。問題となった場所で殺人事件だと町の人々が助けを呼んでいたからだ。

 兵士が現場につくなり、一斉に蒼ざめる。そして、反撃する隙間なく長い針が高速で兵士の首、胸、頭を貫き完膚なきまで殺していったのである。兵士だけでは何もできないと悟った町の人々は建物の中へ避難する者やらその場から早く逃げようとする者までいたが、みな、助かることはなかった。

 建物の中にいても対象がどこにいるのかわかっているかのように壁貫通し殺されてしまう。川に飛び込む者もいたが、やはり居場所がバレるのか泳ぐも潜る隙も与えない。遠くへ逃げようとする者もいたが傀儡は距離関係なく殺した。

 その様子を近場で見届ける事しかできないウシノノは震えていた。

「……ッ! なんだよ……これ……兄貴……兄貴が……なぜ……殺しているんだ…?」

 目の前で兄貴が次から次へと人に危害を加えている。それをただ茫然と立ち尽くすことしかできないウシノノは、阿鼻叫喚を背に震えていることしかできなかった。

 兄貴だった者はウシノノの方へ顔を向け、顔に両手で押し付けながら仮面を外して正体を見せつけた。ウシノノは「うわあああああああ!!!」と叫びながらその場に崩れ落ちた。その表情は兄貴じゃなかった。蒼白で目も鼻も口も本来あるはずの部分はなにひとつなく、ただ真っ白いのっぺらぼうがあるだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る