第5話 永い放課後
掴みどころのない告白にけいすけは顔をしかめる。
「人が暴れだすってどうなるんだよ。それに暴れだした人をお前がどうやって止めるんだ」
ひよこは表情はまた暗くなった。
「心の安定が取れなくなった人は人じゃなくなる…私はそうなった人たちをもとに戻してあるげるだけ」
ひよこが伝えたいことは何となく理解出来たものの、けいすけのこれまでの人生のなかでは創作レベルの話でしかなかった。
「なんとなくなくわかったよーな…だから昨日あんな時間に外にいたのか」
「そう。夜のパトロール」
「この話、ほんとに俺じゃなきゃだめ?」
長らく影を落としていたひよこの顔に明るさが瞬時に取り戻された。
「そこだよ!これからけいすけにも手伝ってもらいます!」
「はぁ?」
「最近暇そうだったからね!」
どこか嬉しそうなひよこに対して、はっきり断ることも出来ず、頭を掻きながら考える。それに今のけいすけは断る程の理由も見つからなかった。
「まっ、今日は体験入部ってことで私に付いてきて見ててよ!」
わかったとは返事はしなかったがこれまでのひよこの話が全く気にならなかったわけではなかったので諦めと好奇心で付き合うことを決めた。
時間は午後10時近くになっていた。
学校が終わってから動き回って来たのでけいすけにも疲労が溜まり、足取りも重く、前を歩くひよこにノロノロと付いていく。
「で、どこに行けばその暴れてる奴はいるんだよ?」
「そんなのわからないよ、警察と怪しい人が居たらタイホー!って感じ」
「お前警察のこと何だと思ってるの…これバイト代出るんだよな?」
「出ないよ。これは慈善活動だし、私とけいすけの仲じゃん?」
昨日までは同じクラスで少し話す程度の仲だったはずなのに、今では信頼を寄せられる存在にされていることが釈然としなかった。この慈善活動の手伝いに暇そうな人間から偶然自分が選ばれたというより、他の理由があるのではないかと感じていた。
夕方と同じようにひよこを荷台に乗せて、指示のある方向へ自転車を走らせていると、ひよこが突然飛び降りた。
「けいすけ、止めて。いくよ。」
「なにが!?」
けいすけは慌ててブレーキをかけた反動で前のめりになりながら、足をつけ自転車をその場に止める。
すると、少し先の方から複数の叫び声が聞こえてきた。
ひよこは叫び声が聞こえた方へ向かって凄い勢いで走っていく。けいすけも兎に角おくれまいとスピードを上げて付いていく。
コインパーキングの前でひよこは立ち止まり、すぐに追いついたけいすけはひよこと同じ方向に目をやる。
けいすけはそこでの光景に体が硬直してしまう。
そこには、人の倍以上もある悪魔のような姿をした生物が若い男を片手で掴みあげていた。
その周りには男が何人か転がっている。
「けいすけ、覚えていて。心が暴走すると、人は悪魔にでもなれるの」
ひよこは胸元からハートのペンダントを取り出して握りしめる。握りしめた手の中からは光が漏れだし、激しく発光する。発光が収まると手には1丁の銃を持つ。
目の前の出来事に、自分の唾液すら飲むことも
ままならないけいすけ。ただそこに立ち尽くす。
銃を持ったひよこは、目の前の悪魔に攻撃を始める。
打ち出したのは銃弾なんてものではなく、衝撃波の様なもので、とてつもない威力を帯びている様に見えた。
攻撃を食らった目の前の悪魔は衝撃波によって吹き飛び、掴まれていた男も放りだされる。
悪魔はこちらを向き口を開く。
「何だ…お前ら。邪魔をするなら殺すぞ」
「やめなよ。あんたそいつらを殺したら人に戻れなくなるよ!」
普段は明るい普通の女子高生であるひよこが語気を強め、怒っているようにも見えた。
「こいつらみたいな腐った奴らを殺せるならかまわないに決まってんだろ」
悪魔が放してしまった男を再び掴みかかろうとした瞬間、ひよこは一瞬で銃を構え、引き金を引いた。
放たれた衝撃波は先程のものより大きく、悪魔にそれがぶつかると人の倍近くある巨大を数メートル先の壁に叩きつけた。
けいすけはようやく体の硬直が解け、震えながら足を動かすことが出来るようになっていた。
「なんだよこれ…慈善活動なんてレベルの話じゃねえじゃねえか」
ひよこは体を落とし、肩で息をしていて、話す余裕は無さそうだった。
再び悪魔の方をみると、そこには悪魔の姿は無く、男が1人項垂れている。
ひよこはその男の元に近づいて行き、手を差し伸べる。
「大丈夫?じゃないよね…」
男は差し伸べられた手を弾き、コンクリートの塀に拳を叩きつける。
「どうして邪魔するんだ!あと少しで、あいつらを殺せたのに…!」
ひよこはそんな男を見て怒ることはなく、悲しい顔していた。
「きっと辛いことがあったんだよね。でもあいつらを殺しちゃったら君は人には戻れなくなっていたんだよ。私でよければ話してよ、なんでこうなっちゃったのか」
そう言って見ず知らずの男を抱擁した。ついさっきまで怒りに駆られていた男は、体をひよこに預け、泣きじゃくる。
その光景はまるで泣きつく子供とそれを受け止める母。
それからは男がこうなった経緯を全てひよこに話し、ひよこはそれを受け止める様に優しい顔で聞いてあげていた。男は全てを話し終える頃には柔らかな表情をしており、何か憑き物が落ちたようだった。
「もう大丈夫?」
「ありがとう。初めて会った人にここまで救われるなんて思ったことが無かった。もう、大丈夫だ。」
「そっか。いつでも辛くなったら連絡してきていいから。私とあいつが相談に乗るから。ね、けいすけ?」
ここまでの出来事に何も出来ず、傍観者としてジッと眺めていたけいすけはひよこからの突然のパスに慌てふためく。
「え、え、え、俺もなのか!?ま、まぁ…相談に乗るくらいなら」
気付けばけいすけが声を発したのは数十分ぶりになる。それほどに自分の脳では理解し難いことが目の前で起こっていた。
「この転ってるヤンキーはどうするんだよ。生きてるはいるようだし大丈夫なんだろうけど、こんなこと言いふらされたりしたらやばいだろ!?」
けいすけの至極もっともな意見にひよこが立ち上がり答える。
「それがね、悪魔になった人を見た人達は気絶して起きると何も覚えてないんだ」
「そんなことありえるのか。まぁ、騒ぎにならないなら…。慈善活動、終わったんだろ?帰ろうぜ、ひよこ」
「うん。帰ろう」
よろめきながら向かってくるひよこに駆け寄りけいすけは肩を貸す。
「じゃあね!君!困ったら相談だよ!」
少し前まで悪魔の姿をしていた男はまだその場に座り込んでおり、ひよこの別れの言葉に腕を上げて返す。
「ほんとにここでいいの?てか俺もここから1人で帰るの怖いんだけど…」
「うん。今日はありがと。けいすけなら大丈夫だよ。たぶん。聞きたいことあると思うけど明日でいいかな…?」
ひよこは笑って話そうとするが疲れが明らかに見て取れる。
「そっか。俺も今日はもう限界。ほんなら」
けいすけは背を向けて手を振り、ペダルに足をかけると、後ろから背中を叩かれる。
「ちょっと、それ私の自転車」
「そっか」
けいすけもまた、疲れ切っており、頭も身体も全く働いていない状態であった。
時間は午後11時半、けいすけはようやく家に帰り着き、永い1日が終わろうとしていた。
激しい疲労には抗えず、自室に入るとベッドに倒れ込み。非現実的な1日を振り返ることも無く、眠りに就いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます