第4話 長い放課後

ひよこのママチャリは男子高校生には少し窮屈で、スピードもあまり出ない。

「どこまで行くつもりだよ〜」

けいすけは怠そうにママチャリのペダルを漕ぐ、後ろの荷台にひよこが乗っている。

「いいから漕ぎなさーい!」

屈託のない笑顔で背中をパシパシと叩いてくる。けいすけはまんざらでもない様子で、少し頬かき。

ペダルを漕ぐ速度を少しだけあげる。


「で、どこに向かうんだよこれ」

「LOVISだよ…?」

「LOVISってあのショッピングモールの!?」

「そう!いえーい!」

「…」

今の場所からでいうと、LOVISまでは大体3km程。大した距離では無いが、それは後ろに誰も乗せていない場合の話だ。


鏡川に架かる橋を渡っていると、後ろから聞こえていた歌が止まる。

「ねぇ、けいすけ。あれ三ツ矢君じゃない?隣のクラスの。」

「マジだ。また釣りしてんじゃん」

「また?」

「昨日もこの時間に、ここで釣りしてたんだよ」

「そういえば、三ツ矢君、最近学校来てないことが多いって…」

2人は三ツ矢が学校に来ない理由を考え始める。

真面目な三ツ矢が学校に来ない理由がいいものではないことくらいけいすけにも想像がついた。2人はそれ以上三ツ矢の話を続けることは無かった。


ひよこを乗せてママチャリを漕ぎ始め30分程が経とうとしていた。

元野球部のけいすけもさすがに疲れを見せ始めていた。

「あとちょっと頑張れ!頑張れ!」

息を切らしながら漕ぎ進め、けいすけが切り出す。

「昨日の夜、別れ際なんで泣いてたの」

ひよこはけいすけの質問に返さない。

けいすけは質問を続ける。

「あんな夜遅くに1人で花火って意味わかんねーだろ」


「うるさい!あんただってあんな時間にコンビニにいたくせ!」

「グエッ」

背中を叩かれ、けいすけは抜けた声が出る。

けいすけもひよこのごもっともな反論に言葉を用意出来なかった。

ひよこがけいすけの背中に身を寄せ、少し間が空く。

ひよこは話を始める。

「まだ待って」

「まだ?」

「うん。LOVISで一緒に楽しんでから」

「そしたら教えてくれんの?」

「約束する」

ひよこのその言葉を信じ、今はこれ以上考えるの止めた。そして、目と鼻の先まで来ていたLOVISに顔向ける。

「分かった。それじゃあ今から気合い入れてけよ!?」

「押忍!」


長かった運転手役もようやく終了する。片道の分だけ。


大型ショッピングモール「LOVIS」、水鏡市周辺では1番大きな施設で、スーパーから映画館まで、とにかくあらゆるテナントが入っている。ここに来れば、たいていの目的は達成出来るし、あても無く訪れても、暇を潰すのにこれ以上の場所はない。

休日にもなると、隣街からも人がやって来て、活気で溢れている。

そして今日は平日の水曜日だというのに休日にも劣ら無い程、人で溢れている。


「じゃあ、まずはあそこ行くよ!」

そう言ってひよこが指をさしたのは、若者向けの女性ファッションブランド店。

「…あいよ」

けいすけは腕を引っ張られ、従う様に付いていく。


店に入るとひよこは、とにかく店内を動き回っていた。それをとけいすけはボーッと眺める。

買い物に付き合わされるのは少し面倒に感じたが、ひよこが楽しそうにしてる姿を見てと安心する。

一通り店内の商品を見終えたのか、いくつか商品を持っていた。

「けいすけ、来て!」

そう言って試着コーナーに入っていき、着替え始める。

ひよこが次に姿を見せた時、けいすけは確信させられた。

「どう?かわいいでしょ!惚れてんじゃなーい?」

「えぇ!?一旦試着室に戻って!!」

「は?」

アイドルと遜色の無い容姿に、シックで綺麗めの洋服が彼女を仕上げる。そして眩しいほどのはにかみ。確実に美人と言われる存在だ。そんな女の子に真っ直ぐに見つめられたことに驚き、照れくさかった。

「けいすけ〜、あんた彼女いたことないでしょ〜?」

突然のド直球な言葉に意表を突かれ、けいすけは続け様に壊れる。

「これから出来るんだもん!別にこれまでは関係ないもん!」

そんなおかしな様子を見て、ひよこは背中を曲げ、全身で笑っていた。


結局試着した洋服からアクセサリーを全て持ってレジへ向かい、総額32000円の高校にとっては派手な買い物を済ませ、ひよこは満足そうに店を出た。

荷物持ちとなったけいすけは、再びこの巨大な施設の中をひよこに付いて回り出した。


それからは、雑貨屋、フードコート、アクセサリーショップ、靴屋、あらゆる店を付いて回った。買い物は最初のファッションブランド店でほとんど済ませていた様だが、それでもけいすけの腕にはひよこの買った荷物がいくつか増えていた。

「もう、そろそろよろしいんではないでしょうか…?」

「あと1つ!行きたいとこがあります!」

「ほんとにあと1つでございますか?」

「ほかにも行きたいとこあるの?」

「めっそうもない」


最後に来たのはゲームセンターだった。

何をしにやって来たかはわからないが、とにかくひよこの後を付いていく。

「最後はなにすんの?」

「プリクラ」

ひよこは嬉しそうに目を細める。

「ほぉ…ほぉ…プリクラですか」

これが最後のイベントかと思うと少し楽しみに思えてきた。

「ひよこは男と2人でプリクラ撮ったことあんの?」

「けいすけは女の子と2人で撮ったことあるの?」

「おれ?おれはねーよ。いや、だからお前は?」

「…無いけど」

ひよこは何故か恥ずかしそうに答える。もしやと思ったけいすけはすかさず質問を続ける。

「あれ?あなたみたいな美人がこれまで男と2人でプリクラを撮ったことがない?おかしいなあ…」

この時、けいすけは調子に乗ったあまり、ひよこのことを美人だと言ったことには気づいていなかった。

「ぎゃ」

少し顔を赤くしたひよこはけいすけの顔に正面から張り手を食らわせる。


プリクラの機械の中に入ると思ったより暑い。入って間も無いのにけいすけは手のひらに汗を滲ませていた。隣にいるひよことの距離に力が入ってしまう。それでも自分が思っている程距離を詰められていないらしくひよこから注意される。

「ちょっと、遠いよけいすけ!こんなに離れてると変じゃん。もっと顔寄せて!」

思い切って近づき、顔を寄せると隣からは甘くていい匂いがしてくる。けいすけは額にも汗が滲み出す。

「それじゃいくよー!すっごい笑ってー!」


出来上がったプリクラは満面の笑みの美人の隣に少し引きつった顔で笑うけいすけがいた。

映りが良いといえないにプリクラにいまいち納得がいかなかったが、ひよこが嬉しそうにそうにしてるので良しとした。

2人が写ったプリクラを1枚切り取って、スマホの背面に貼ろうとしているひよこを見て、けいすけは慌てだした。

「何してんだよ!?」

「普通撮ったら貼るでしょ」

そう言って、この時撮ったプリクラをひよこのスマホに大事そうに貼り付けた。


満足したひよこは約束通り帰ると言い出し、2人はLOVISを出ることにした。


帰りはまた荷台にひよこが座る。行きと違い、腕に荷物がぶら下がっているので、無茶な運転はしない様にと心がけた。


夜になり人通りの少なくなった堤防沿いを自転車で走る。

「なぁ、約束したよな」

「したよ」

「覚えてたんならいいや。降ろす時教えろよ」

後ろからは鼻歌が聴こえてくる。


「けいすけ、ここでおろして。ちょっと話してこうよ」

自転車のペダルを漕ぐのを止め、スマホで時間を確認する。

午後8時45分

母親から来ていたメッセージを簡単に返して、少し先の道幅が広くなったところに自転車を止め、2人で川岸に降りる。


木製のベンチに座り、川の方眺めながら話を始めた。

「楽しかったね今日!」

「まぁ、疲れたけど俺も息抜きになったかも」

「それはいいことだね!けいすけ最近元気無く見えたし…」

「お前ほどじゃないけど俺も楽しくやってるぜ?」

「全然だね!けいすけはもっと明るい男の子だよ!」

首を傾けこちらを覗き込む様に見てくるひよこを見ると笑みが溢れる。それと自分の変化に気づいてくれていたことが嬉しかった。

「俺らこんな仲良かったけ?」

「昨日からかな」

「だよな」

やはり突然仲良くなってしまったという認識をお互い持っていた。決して仲良く話したことが無かったわけではないが2人で一緒にいるのは昨日を含めなければ今日が初めてだった。


目の前を流れる川を見つめながらけいすけは、話してくれると約束していた昨日の話を切り出す。

「それで、昨日なんであんな時間に1人でいたんだよ」

この質問に意外にも簡単に返事が返ってくる。

「それはね…ちょっと悩んでたことがあって眠れなかったんだ。あの日だけだよ?」

けいすけは続ける。

「悩みって?」

「勉強とか、部活の悩みとか色々あるじゃん?」

ここまで、2人が夜中外を出歩いていた理由がほとんど一緒であった。

「てか、なんか部活やってたっけ?」

「入学してからずっと軽音部だよ。私はけいすけが野球部だって知ってたのに!」

「元な?それに坊主頭だったし分かるだろ」

2人は一緒になって笑い出す。

けいすけは再び核心に迫ろうと質問を始める。

「昨日、別れ際に泣いてたよな。あれは?」

ひよこは俯き黙り込む。今度はすぐには返事が返ってこなかった。けいすけは彼女のタイミングを待ってあげる。


ひよこは体に軽く力を込め、答えようとする。

「違う。そうじゃないないんだけど…」

ひよこの声は少しづつ弱くなり、膝に涙が落ちるのが見えた。


「今日付き合わされたのは、俺になら言えそうって思ったからなんだろ」

ひよこは小さく頷く。

「好きなタイミングでどうぞ」

ひよこは頬を制服の袖で拭い、大きく息を吸う。


「私はね。1人で戦ってるんだ」


驚くことはなかったが、反射的に聞いてしまう。

「なんでだよ」


「この街にはね、私達が知らない様なことが起こってるの。夜になると不安定な人の心は揺れ出して、やがて暴れ始める。だから私はそんな人達を救ってあげてるんだ」


ひよこは川を見つめる。そこには揺れる月が映っていた。

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