第3話 明くる日
明くる日の午前9時過ぎ、けいすけはゆっくりと自分のまぶたを持ち上げようとしていた。明くる日と言っても、眠りについたのが今日の午前2時頃、とっくに日は明けていたのだ。
眠りから覚醒した瞬間に、直感的に気づいていた。眠りについた時間、外から聞こえる音、ほんの少しだが暖かく感じる室温。決して慌てるようなことは無かった。寝過ごしたのは確実なのだから。
完全にまぶたを開き、ゆっくりと背中を起こす。
念の為に、時計を確認してみる。
午前9時25分
登校時間は午前8時40分。今更どう喚こうが意味の無いことだと悟った。
部屋から出て階段を降り、リビングへ向かう。
トースターに食パンをセットし、冷蔵庫から取りだした牛乳をコップに注ぐ。
朝食の準備が出来たので、椅子に腰掛け、テレビをつけた。
暇な専業主婦か学校や仕事を休んだ奴しか観ないような情報番組にチャンネルを合わせる。画面左上の時間表示はに視線持っていく。
午前9時40分。
けいすけは少し動きを早める。
スマホを取り出すとクラスメイト、担任の先生からの着信が入っていた。
ここからは、いつもの登校前の様に凄まじいスピードで家を出る準備をして、学校へ向かった。
息を切らしながらようやく学校の校門前に着き、大時計を見上げる。午前10時5を過ぎていた。2時間目の授業が既に始まっている。
ここまで全力で走ってきたけいすけはさすがにこれ以上走ることが出来ず、息を整えながら自分の教室まで歩いて向かう。
教室では数学の授業が始まっていた。けいすけの席は教室の一番後ろで、教室のドアの傍にある。しゃがみこみ、ゆっくりとドアを開け教室の中へ入り込む。当然、隣の席の矢作はけいすけが教室へ入ってきた事に気づき、顔を向ける。余計な事を言わせない様に口元に人差し指を立て、合図をする。それを見た矢作も小さく頷く。しかし、この時既に矢作の口角は少し上がっていた。
けいすけが何も無かったかの様に席に座った瞬間、矢作は口を開いた。
「けいすけ、遅かったじゃーん?」
矢作の声は、静かな教室に広がり。クラスメイト、教師の視線が一斉に集まる。その反応に答えるかの様にけいすけも口を開いた。
「おは、おは…Yo!Yo!…ございます。」
発した言葉のしょうもなさに何人かが吹き出し、徐々に教室内がざわつき始めだした。
「時田君、今の時間に登校しても学生の基準なら全然早くありません。あと面白いことを言って教室をざわつかせないでください。」
「すみませんでした…」
数学教師の内山田先生も本気で注意する様子は無く、むしろ生徒と一緒になって笑っていた。
その様子を見て安心したけいすけは窓際の一番後ろの席に目を向ける。そこには、明るく笑っているひよこの姿があった。
午前中の授業が一通り終わり昼休みになった。矢作、黒川のいつものメンバーと一緒に食堂へ向かう。
「やーっと飯食える。朝家から走ってきたから学校着いた時点で腹減ってたよちくしょう」
「てかまだ歩きで来てんのかよ」
矢作が笑いながら返した。それに黒川も続く
「いつまで続くかね」
「卒業までチャリに乗らないって決めたんだからいーんだよ」
けいすけもさらに笑って返した。
食堂のある旧校舎に向かう渡り廊下に差し掛かったところで後ろから呼び止められる。
「けいすけー!おーっす」
振り返るとひよこがこっち向かってきていた。
「うい」
昨日のことを思い出すが、あえて切り出しはしなかった。
「今日、放課後ヒマ?」
「なんも予定はないけど」
「それじゃ、付き合って!じゃ放課後!」
ひよこは一方的に会話を済ませ、風の様に去って行った。けいすけもいろいろと話したい事があったので無理だとは返さなかった。
この後、昼休みの間ずっと、矢作と黒川からしつこく2人の関係性について聞かれ、けいすけは適当な事を言って誤魔化し、なんとか切り抜けた。
午後の全ての授業もようやく終わり、ホームルームが始まり忙しなかった学校での1日が終わろうとしていた。席に座ってけいすけの隣と前の席の矢作と黒川と喋っていると教卓から大きめの声で名前を呼ばれる。
「けいすけ!あんた今日遅刻したでしょ!それに私からの電話ちゃんと返しなさい!内山田先生が登校したこと教えてくれたから安心したけど」
担任教師の伊瀬先生。生徒想いで優しく厳しい。それに故にけいすけの様なタイプはよく叱られる。
「ごめん。伊瀬先生!でも2時間目には間に合ったよ!?」
おどけた風にけいすけは返した。
「2時間目に登校しても間に合ってないでしょ!」
ふざけ続けると本当に怒らせかねないので、この辺で反省をしてるそぶりを見せる。
「すんませんでした…」
伊瀬先生は大きくため息をつく。
「遅刻してしまったのはしょうがないから、私か友達にくらいには連絡してちょうだい。黒川とかでもいいから…心配するんだから。」
すぐに黒川がなんで自分だと返して教室内が笑い声で満ちる。
伊瀬先生が本当に心配してくれてたことを理解し、けいすけは担任の教師が彼女であることを嬉しく思った。
ホームルームも終わり、矢作と黒川に挨拶をして教室を出ようとしたところで後ろから肩に手を掛けられた。
「けいすけ、完全に忘れてたでしょ!?」
ハッとし、ここで昼休みにしたひよことの放課後の約束を思い出す。
「真っ直ぐ家に帰ろうとしてた。」
凛々しい表情で正直に答える。
「もうあんたねぇ…まぁ捕まえられたしいっか。それじゃ行くよ!」
「どこに?」
「行くよ!」
けいすけは場所も目的も告げられることなく、ひよこに腕引っ張られ連れていかれる。
終わりかけていた1日はまだ続く。
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